3-1
次の朝。
席に着く衿奈を待っていたかのように、横川たちがそばにきた。
「聞いたよ。決測部に入ったんだって?」
あれから十二時間と経っていない。どうやら生徒たちの情報網はかなり充実してるらしい。
「友達に強引に誘われたんだ。まだ正式に届けは出してないんだけど、いつの間にか、そういうことになってるみたい。競馬とか、何もわからないのに」
「いいんじゃない?衿奈は頭いいから向いてると思う。それに、有名になったらテレビとかにも出られるじゃない」
前夜に打ち明けた両親は、二人が学生の頃に経験したような、普通の部活を望んでいたようで、苦笑い以上の反応をもらえなかった。それを見て、クラスメートに知られたときの言い訳を、あれこれ考えていたが、幸いにも、好意的にとらえてくれているようだ。
入部の決意をできぬまま登校したが、期せずして、放課後の誘いを大っぴらに断る言い訳が周知された今、それ以外の選択肢は閉ざされたのだと思う。
「あと、聞いたんだけどさ、例の三年の柄の悪い人、同じ部なんだって?もう会った?やっていけるの、あんな人と」
「部長さんがすごくいい人で。他にも優しい二年の先輩がいるからどうにか」
昼休み、再び横川に声をかけられたが、教室の入り口に赤坂が立っているのが見え、丁重に断った。
何もなかった中学時代を思えば、昼食を何人もから誘われる境遇など、夢のようだ。
赤坂を横目に、廊下を歩きながら、離陸しそうになる。
舞い上がっていることを悟られないよう、いつもより声を低くした。
「土曜日まであと三日しかないけど――わたし、何かしなくていいのかな」
「それやったら、とりあえず馬券の種類とか、簡単なことから覚えようか」
素人目にも、それが相当に初級の項目であることはわかった。この道を真剣に歩んできた上級生との勝負を前に、準備としてまるで足りている気はしなかったが、本格的な知識は夏休みまでにゆっくりつければいいのだと、彼女はまるで気にする様子がない。
「あなたがそう言うなら従うけど――。そういえば、あの大阪のお友達と一緒に食べなくていいの?」
そう言うと、レジに並ぶ列であからさまに挙動不審になった。ランチのトレイをテーブルに置きながら、周囲を警戒するように声を低くする。
「そうやねん。幸い、今は親と一緒に海外に行ってるんや」
幸い、の意味がわからない。
決測部に誘わない理由を尋ねると、今度は怯えた表情に変わった。
「そんな毎日、考えたない。ずっと息を止めてなあかんやん」
「もしかして、苦手な相手だったりする?」
これまでの態度を総合的に考慮すれば、そう結論づけざるを得ない。
だが、彼女の答えは違っていた。
「まさか。そんなはずないやん」
大人が、三歳児の他愛ない質問に応えるときの表情だった。
ただの否定なら、「そんなことない」になるはずで、強調した表現の意味がわからない。
さらに追撃したかったが、相手が、今はこれ以上触れないでほしいという雰囲気を出している気がして、仕方なく話題を打ち切った。
テーブルで弁当を広げると、赤坂はまじまじと中を見つめた。
「それ、自分で作ったん?」
「夕食の残りだよ。っていうか、余るようにお母さんに作ってもらってる、っていうのが正しいんだけど」
「そやけど、詰めたんは衿奈なんやろ?」
「いや、それくらいはするでしょ」
軽く馬鹿にされているのかとも思ったが、相手は「十分やん」と、なぜかうれしそうにした。
金持ちの行動や思考回路に、衿奈が驚きを感じているように、持てる人間の側も、庶民の感性を新鮮に感じているのだろうか。




