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現象学的純文学論 4

 視覚的イメージや聴覚的イメージを具体化させたものが、すべての表現が行き着く先としての完成型だと見なしているならば、当然ながら語彙や比喩表現等はすたれるだろう。絵に描き起こす際に役に立たないような描写は割愛され、ナレーション、台詞、傍白、歌声等にあらかじめなるべく近づけておこうと文面を口語そのものに占めさせるように努めるだろう。

 表現媒体への書き起こしは、効果の完全なる外在化であり、外がわにあるものを洗練させる。が、言語表現は効果の炸裂する起点を人間の深部にある能動的器官へと移しかえ、効果を内在(受動)化させると共に、読み起こす意識自体をして内がわにあるものをその都度洗練させるように仕向けさえするのである。洗練は読み起こす意識による能動である。言語表現は言語表現‐後も読み起こす意識によって或る意味で洗練されつづけている。

 したがって、言語表現‐後は、以前にもまして内在していることがらに重きが置かれる状態の到来を告げる。隠された形で明らかにされたことに対し言わず語らずの裡に意識において共感的に響き合うという状態の到来を。これはまたしてもあの言語に先立つイメージの内在ではない。書き言葉(空間的エクリチュール)がエーテル化=時間化したのちに完全に照応し響き合うところの、意識のもつ声の残響である。

 より視覚的あるいは聴覚的に具体化させるという局面は訪れず、言語表現が読み手のなかに何を内在化させたのかが一心に問われてくる。揮発してきた書き言葉と平仄を合せて現象学的声が響きはじめるのに対し、所記シニフィエは必然的にわずかずつながらずれをもたらす。このずれに再生産あるいは洗練の可能性が透けて見える。言語表現のもつ声は現象学的声において反響し変奏される。

 言語表現‐以前は、一方で、声によって内在してはいないものの神話化=深遠化の傾向を示していた。言語に先立つイメージに同じく、好悪もまた然りである。なお、好きか嫌いかに価値を見出すのは感じている当人だけである。好悪は、好悪という結果からさかのぼってその発端にいたりつくまでの、内在する論理を言語によってあとづけ挙げて明らかにしたとき、はじめて価値が生れる。好悪の原理の類型化は、好悪自体を絶対視することをふせぐからである。

 好きで創作をしていると言うとき、人は所与のイマジネーションにとぼしい裸かの現実に最も近いところで何かを書き起こすことが好きなのではなく、純文学以外の他の表現媒体が提供する創作上の諸前提(code規定、慣習)の上で何かを書き起こすことが好きな場合が、昨今はことに多くなってきた。逆に言えば、純文学以外のコードを借りなければ、彼等はおそらく何も書けない。

 純文学は、純文学を好きで書こうとする者に対し、須臾の間に或るつきしろうような不気味な掣肘を加える。裸かの現実というほとんど想像を容れる余地のないものから想像上の原資を汲みとろうとすれば、たちどころにそれらが自分の自由にならないことに気がつくからである。実存を取巻いている必然性と他我と意志との関係性を、どのように文体において調停すべきかにとまどうのである。

 創作上の諸前提は、人間存在をまずは還元する。人間に似て非なるものを人間存在そのものの代理に立て、人間存在そのものが抱えている果てのない不確定性および自然状態における意味の欠如を、終わりのある筋書きへとつなぎとめて、確定的でそれでいて死後の虚無へと溶け出さない意味のあるものたらしめる。これによって世界は自己親和的=たがいに非‐排他的な羊水のなかへと還るのである。

 不確定性および無意味を還元したあとに残るものは、確定性および意味ではない別の何かである。純文学はこれを還元しない。人間存在の実存性をそのままに、その外がわに確定性および意味を措定するのだが、これは人間存在にとっての確定性および意味ではなく、その不確定性および無意味の陰画としてはからずも得られるものである。確定性と意味とは、登場人物らの陰画のように――より正しくは、登場人物らこそが陰画であるかのように彼等の抱える一切の心事の闇が反転せられ、夜に入ってなおも落ちない高光る日のもとにあらわされることで、運命たらしめられる。創作上における人間存在と対をなすものは運命であって、運命が人間存在と共に内蔵されてあるのではない。ただ内と外とにわかれてその境を接しているのである。純文学はこの普からんからにとらえがたい灝氣を運命として実体化させることをおのが本分として心得ているのではあるまいか。

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