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Dear…  作者: Dear
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第九話 ━羽瀬 時乃━



 夏休みを迎え、街には若い子たちが溢れている。

 駅の近くまででれば、「映画館」に「駅ビル」…「昭和記念公園」のプールなど子供の遊び場はいくらでもあるから退屈することはない。地面からの照り返しと空に輝く太陽の熱に火照った身体で時乃は走った。

 今日も今日とて安理と待ち合わせの最中である。


「あーりーっ、ごめーんっ」


 待ち合わせから五分が経過したところでようやく待ち合わせ場所へと辿りつく。目印はアイスクリーム屋とドーナツ屋の間。バスのロータリーのある駅前は日陰となっていて涼しいし、何より安理はここのドーナツがお気に入りなのだ。


「遅い!」

「ごめ~ん」


 態と頬を膨らませて怒った表情を作る安理に、時乃は両の手を合わせて“このとおり!”と拝む姿勢で頭を下げる。時折ちらっと視線だけで安理の顔を盗み見て機嫌を窺ってしまうのは昔からの癖の一つ。ふと頭上からプッと吹き出す音が聞こえて安理が笑うと、時乃も頭を上げて微笑んだ。


「しゃーないなぁ…じゃあ、ドーナツは時乃のおごりね!」


 満面の笑みで安理が腕を組むと、引きずられるように店の中へと連れて行かれた…。



 店内はエアコンが効いていて何とも涼しい。汗をかいてべたついた素肌には少し肌寒いくらいだ。


「で…?」


 グラスの中に入った氷を突っつきながら安理は急に口を開く。グラスの中味はカフェオレだ。


「今日はどうしたよ?」

「……む~」


 目の前のドーナツと睨めっこをしたまま唸り声を上げると、安理はストローを加えてカフェオレを乾いた喉に流し込んだ。そして一呼吸おいて…。


「っは~…変わらないねぇ」


 グラスの半分ほどを一気に飲み干すと、安理は徐に頬杖をついて時乃を見つめた。


「…だって」

「“だって”…じゃないだろ?」

「…は~い」


 まるで“お母さん”と“子供”のようなやり取りに眼を向ける人はいない。皆各々の話で盛り上がり、他人を気に留める人はいなかった。


「ほら~…言っちゃいなよ?」

「……」


 少し考えてから息をつく。

 ココ何日間か、夜も眠れないほど悩んでいたはずなのに…その挙句に彼女を呼びだしたというのに……こういう時決まって口は重い。言いたい事も出て来ない。

 重い空気が流れて安理が溜息をつくと、無言でドーナツを食べ始める。時乃もただ黙ってそれを見ていたが、やがて覚悟を決めて拳を握った。


「てっ…手紙がっ!」

「…?」


 勇気を振りしぼって出した言葉は見事に裏返ってその場の注目を集める。さっきまで気にする人なんて誰もいなかったのに、今確かに店内の視線は二人へと集まった。


「ちょっ、時乃!?」

「…ごめん……」


 視線を集めた事に俯いて謝ると、すぐに店内も元のざわめきを取り戻す。安理が目の前で慌てている姿が見えた。


「…手紙が…こないの…」

「…手紙?」


 安理からの問いかけに小さく頷くと、時乃はそれきり下を向いてしまう。また微かな溜息。安理のものだ。


「手紙って例の?」

 言葉に首を縦に振る。

「出し忘れてるんじゃなくて?」

 今度は横に…出し忘れなんてありえない。きちんとポストの前で最終確認までしたのだ。

 吐き出すような溜息が洩れて、安理の手が頭に触れるとその手首から柑橘系の彼女らしい香りが鼻先を擽った。


「ほら、顔上げな」

「ん…」


 綺麗な指先が時乃の髪を梳くと、キュッと頬を抓まれる。そのまま顔を上げると安理の優しい笑顔があった。


「そんな顔しない!向こうだって思春期だろ?部活だって、バイトだってしたい時期だろうし」


 一生懸命に慰めてくれようとしている事が分かる。あーだ、こーだと理由をつけて納得させようとしていることも…その気持ちが微笑ましかった。


「ありがと…安理ちゃん」

「っんだよ…照れるし。ってか、“期末”!!!期末テストあったじゃん!」


 思い出したように安理が声を張り上げると、店内の視線はまたもや二人へと集まった。


「……テストのせいで忙しかったんじゃないの?」

「う~ん…」


怪訝そうな表情で視線を向けてくる他の客に対し、二人して申し訳なさそうに縮こまって話す。その声は勿論小声だ。


「気にすること無いって。第一、あんた自分で時々(・・)で良いって言ったんでしょ?」

「…そうだけど~」


 安理の言うとおり、確かに送った手紙には「時々、気が向いた時でいい」と書いた。でもそれはあくまで社交辞令的なものであって、本当は返事が待ち遠しくて仕方ない。清四郎さんの容体を知りたいのと同時に、手紙をくれた「鳥月 敬」君にも興味が湧いていた。


「わがままかなぁ~?」


 不安そうに呟く時乃に安理は眼を丸くする。

 そして意地の悪い笑みを浮かべると“良いんじゃないの~?”と時乃前髪をクシャッと撫でた。


「もうっ、安理真面目に聞いてない!」

「あ~、もうココ出よっ!?」


何度目かの大声に、安理は慌てて氷が解けて薄くなったカフェオレの残りを流し込みトレイを持って席を立つ。これ以上店内に居るのは申し訳なくて居たたまれなかった…


 夏はまだ始まったばかり。

 楽しい毎日を過ごすうちに時乃の心の中にあった”手紙”への思いも次第に薄れて行った…。


滞った手紙を気にかける時乃。

その理由を色々と模索してみるが、答えは出ない。

次第に夏特有の解放感に満たされ手紙の事を忘れていく…。


敬からの手紙は再び届くのか!?

こうご期待。

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