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Dear…  作者: Dear
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第三話 ━羽瀬 時乃━


 麗らかな日差しが碧く色づいた葉を照らす、五月。

 世の中はゴールデンウィークの真っ只中で浮足立っている。

 春の穏やかな陽気の中の大型連休ともなれば、仕方ないのかも知れないが…私はあまり好きにはなれない。いや…ずっと、嫌いだった。


「ゴールデンなウィークねぇ…」

 

 ゴールデンウィークだろうがなんだろうが生活はいつもと変わる訳ではなく、両親は相変わらず仕事で忙しいし、私はすることもなく暇なのに周りは家族でお出かけ…誰も遊んでくれる人もいない。毎年、この時期は憂鬱になる。

 今年は祖母が入院しているから尚更だ。


「お見舞い…行こっかな~」


 独り言を呟く。

 今、家の中には自分しか居ないのだから返事が帰ってくる訳もない。

 外はポカポカ良い天気で何ともお散歩日和なのに、四角い部屋に閉じこもって頬杖をついている自分がなんとも情けなくなってくる。このままじゃ駄目だ。そう思った。

 溜息と共に身体を伸ばすと、机の引き出しを開ける。そこにはあの薄汚れた「お祖母ちゃんの手紙(ひみつ)」が入っていた。


「届いたのかな…」


 あれから一月が経った。

 なのに面会に来る気配もなければ、返事が返ってくる様子もない。音沙汰がないとは正にこの事だろう。

 手紙を眺めている内に、また頬杖をついていることに気づく。かぶりを振ると、今度こそ出かける為に動き出す。

 カジュアルパンツに、薄手のトレーナー、その上にはカーディガンを羽織ってお気に入りのスニーカーを履く。髪が長い為か、顔が幼い為か、哀しい事にこういうカジュアルな格好は余り似合わないのだが、動き易さにこしたことはない。そう自分を納得させて家を出る。そこには、なんとも言えない「別次元」が広がっていた。


 春の匂い。

 お日様と、新緑の木々、揺れる木漏れ日。

 駅までの道を歩きながら、その風景を満喫する。息を思いっきり吸い込んで春の匂いを堪能する。

 途中、道端にタンポポや春紫苑をみつけて思わず携帯を取り出すと、迷わずその姿を写メにおさめた。

 カシャッ

 シャッターの切れる音がして画面には見たままの花々の姿が映っている。綺麗だ。

 本来なら自然の中に咲いている姿が一番いいと思う。でも、祖母は…。

 祖母へのお土産に道々咲いている花を撮る事にすると、駅までの数分の道を只管ゆっくりと歩く。一つでも多く…その一心で携帯を傾けていた。



「こんにちわ~…」

 それから30分程経っただろうか、ようやく病院に着くとナースステーションに顔を出し面会者欄に記入を済ませる。

 入院者名「樋野美鶴」、面会者「羽瀬 時乃」、続柄「孫」。

 不慣れな手つきで迷い迷い書いていくと、看護師さんが声をかけてくれる。

「あれ、樋野さんのお孫さん?」

 頭上からの突然の問いかけに、勢いよく顔を上げる。そこには若い感じの男の看護師さんが立っていた。

「はっ、はい」

 声が裏返りそうになりながら返事を返すと、そのお兄ちゃんはにこっと微笑んでくれる。

「ご苦労様。樋野さん、今日は調子良さそうだよ」

「ホントですか!?」

 お兄ちゃんの言葉に思わず声が大きくなると、慌てた様子でお兄ちゃんが自分の口に一本指を立てた。

 ━静かに…━

 無言の訴えに、私も口を両手で押さえる。ここは病院の中、大声はいけません…よね。

周囲の冷やかな視線に見舞われながら、今度は小声で話しかける。

「ホントですか?」

 お兄ちゃんも、軽く180位あるんじゃないかという長身の身をかがめ「ホントだよ」と囁いてくれた。

 その一言だけで、満面の笑みになる。顔が緩むのを感じながら小さく会釈すると、看護師のお兄ちゃんに手を振ってナースステーションを後にした。



「失礼しま~す…」

 恐る恐る病室に入り、カーテンで仕切られた部屋の中を進む。

 祖母の入院する部屋は、4人部屋。その中で祖母は奥の窓際左側。

 そっとカーテンを開けて「おばあちゃ~ん」と小さく声をかけてみるが、返事はない。

 お祖母ちゃんは眠っていた。

 すやすやと静かな寝顔に、一瞬ドキッとさせられる。まるで亡くなった人のように白い祖母の顔に私は背筋を冷たい物が通ったような気がした。

「おばあちゃん…?」

 思わず掛け布団から出ていた手に触れる。細くしなびた皺だらけの手。何度となく頭を撫でてくれた優しくて温かい「魔法の手」。

 共働きの両親の代わりに、祖母は私を育ててくれた。

 

 美鶴お祖母ちゃんは、お母さんの「お母さん」。

 お祖父ちゃんはお母さんが小さい時に亡くなってしまって、それから女手一つでお母さんを育ててくれた人。

 お母さんは一人娘でお祖母ちゃんが心配だったから、私が生まれるのと同時に同居を始めたんだって。その方が、お母さんもお父さんも働けるし何よりお祖母ちゃんと一緒に暮らせるのは嬉しかった。

 三姉妹のうち、真中の私だけがお祖母ちゃんに名づけられた子。

 「時乃」…今どき古風な名前で、ちっちゃい頃は凄く嫌だったのを覚えてる。幼稚園で男の子に馬鹿にされて、泣きじゃくって喚いてお祖母ちゃんを困らせたっけ…。

 あの時、お祖母ちゃんは初めて私に名前の意味を教えてくれたんだ。


 ━…時を、時間を大切に生きなきゃいけないよ…時乃…━


 最初は何の事だか分からなかった。

 幼稚園児の子供にそんなこと言ったって理解できるはずもないのに、お祖母ちゃんは少し淋しそうに笑って私の頭を撫でてくれた。

 今なら分かるよ、おばあちゃん。

 戦争を経験したお祖母ちゃんだから言えた、あの一言が…私の名前の意味が。

 だから今は古風なこの名前が…お祖母ちゃんがつけてくれたこの名前がとても好き。気にいってる。

 

 そんな事をふと思い出していると、祖母の目がうっすらと開けられる。

 祖母の目は確かに私を捉えていた。

「こんにちは、おばあちゃん」

 にっこりと微笑むと、祖母は少し目を細めて笑う。優しい皺くちゃの笑顔。大好きなお祖母ちゃんの顔。

 

 入院から一カ月、祖母は意識を取り戻した。

 だが、「脳梗塞」は祖母にその爪痕を残していく。

 彼女の半身は動かない……命は取り留めたものの、身体には「麻痺」が残っていた。


 来ない手紙を待ちながら、時乃はお土産話を始める。あの春の花々と共に…。 



高校生になって初めてのゴールデンウィーク。

届かない思い…返らない手紙を待ちながら、彼女はそれでも信じている。祖母と、祖母の大切な人を。

手紙が繋いだ不思議な縁…まだまだ続きます!

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