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Dear…  作者: Dear
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第十九話 ―羽瀬 時乃―

 月日が過ぎていく中で変わるモノと、変わらないモノがある。

 移り往くのは季節と、時と、そして周りの環境。変わらないのは、傍に在る温もりと、キミへの想い。

 手紙を待ち続けることが怖かった。もしかしたら、もう彼は手紙をくれないんじゃないかと――いつも不安で不安で仕方がなかった。


「おはよ、時乃」


 後ろから声を掛けられ一瞬息が止まる。

 悪びれる様子もなく肩を叩いて笑うのは親友の――宮坂安理だ。

 月日が過ぎ、彼女の両親は予定通り離婚という形で決着をつけたらしい。その間に色々と親権やら財産分与やらで揉めたらしいが、安理は結局自分から母親を選んだ。

――あの人、一人にしとくと危なっかしいからさ…。

 そう自嘲気味に笑った彼女は今にも泣きだしそうで、時乃は何も言わずに抱きしめていた。

 一瞬驚いて身体を離そうとしたが、安理はただ黙って――それから少しだけ泣いた。哀しくない訳がない。辛くて、泣き叫びたくて、それでも彼女は我慢してきたのだ。

 自分が両親の負担になってしまわないように…。

 そうして彼女は「月島」から、母親姓の「宮坂」へと変わった。


「今日はいやにご機嫌ね、安理ちゃん」


 時乃の言葉を後目に「ん~?」と惚けた声を出して、安理が自分の靴を下駄箱へとしまう。同じように時乃も学生靴から上履きに履き替えると、先を行く安理の背中を追い越して、その顔を覗きこんだ。


「何かあったの?」

「……」

「安理?」


 見下ろすように視線を向けた安理が「何も」と言って、時乃の鼻を抓む。言葉にならない声を出して時乃はその場に蹲った。またスタスタと安理が歩きだす。

 いよいよ意味の分からない彼女の行動に時乃は遠くなる背を見つめながら首を傾げた。


                              *

 放課後――。

 部活動が賑わう運動場とは違い、教室内は人影もなく静まり返っていた。

 高校生ともなれば楽しみは沢山ある。部活動だけではなく、アルバイトに、恋に、友達と遊ぶ事。その為、遅くまで校舎内に残っている様な生徒は稀だ。

 西日の差し込む机の間に二人の影は長く伸びていく。時乃と安理だ。


「…でっ? 例の彼とはどうなったよ」

「ん?」


 静かな室内に不釣り合いなビニールの音と、スナック菓子を頬張る小気味よい音が交差する。もぐもぐと口を動かしては「これ美味しいね」と二人は談笑に花を咲かせていた。


「どうもこうも…最近ぷっつりよ」

「――っ!?」

「…手紙が返ってこないもの。分からないわ」


 視線だけで「マジ?」と問いかける安理に、少しだけ頬を膨らませて時乃は恨めしそうに彼女を見やる。止まった手からスナック菓子がポロっと落ち机に音を立てた。咳払いを一つ。だらしなく座っていた姿勢を正すと汚れた指を叩いて真っ直ぐに時乃に向き直す。その姿に時乃もつられてお菓子を食べるのを止めた。


「――いつから?」

「……」

「いつから手紙がないのさ?」


 いつになく真剣な安理の姿に瞠目する。

 そういえば敬君の話が出るのは久しぶりな気がする。

 安理が学校に出てきたことで時乃に向いていたイジメの的は見事に撃ち落とされ、何事もない平和な日常生活が戻ってきた。イジメが無くなったからだけじゃなく、安理がそこにいる毎日が楽しくて、無意識に自分の事を話すのを控えていたのかも知れない。

 心配させちゃいけない。そう思う心が時乃の中の不安要素である“敬君からの返事”を消していた。

 安理の真剣な眼差しに気圧されて時乃は数えるように指を折る仕草をする。本当は何カ月来ていないのか即答できるが、それでは待ち焦がれていると宣言しているようで悔しかった。だから、わざと気にしない風で数えて見せたのだ。


「ん~…半年ぐらいじゃないかな?」


 時乃の言葉に安理から呆れにも取れる溜息が零れる。

 その眼は明らかに不満を宿していた。


「薄情者」

「薄情者って…」

「彼がそんなに手紙を寄越さなかったのに、気にも留めてなかったの?」

「……」


 親友の言葉が胸に突き刺さる。

 気にしていなかった訳がない。むしろ毎日郵便受けを覗いては溜息を零していた。

 フイッと横を向いてまたお菓子を抓む安理に時乃は少しだけ躊躇って、それから不安を口唇に出した。ずっとずっと怖くて言い出せなかった言葉を――。


「辞めちゃったのかも知れない…」

「――っ?」

「敬君、もう嫌になっちゃったのかも」


 言うと同時に知らず零れた涙が時乃の頬を伝う。

 一度零れた雫は留まる事を知らずに後から後から溢れだしては、目の前に居る安理を慌てさせた。瞠目した彼女がポケットからハンカチを取り出して慌てて時乃の顔に押しつける。塞がれた視界の先で安理の「ごめん」と小さく呟く声が聞こえた。俯く時乃の頭を安理が撫でる。


「大丈夫だよ。ほらっ、またすぐに手紙が来るってっ!」

「……ホント?」

「私を信じなさい!」


 場の空気を明るくしようと安理が冗談口調で時乃を宥める。

 先ほどよりも日が傾いた教室内に彼女の声は良く響いた。


――不思議…力強く優しく笑う安理を見ていると、いつだって大丈夫だと思えてくる。


 もう少し、もう少しだけ。

 不安な自分に言い聞かせ、時乃は手紙を待つ事に決めた――。



「ただいま~」

「遅かったわね、時乃」


 家に着いたのは、もう日も落ちて暗くなった午後19時。

 玄関を開けて声をかけると、奥からパタパタと歩くスリッパの音がして母が顔を出した。門限に厳しい方ではないが、それでも女の子が遅く帰ると心配なのが母親と言うモノである。時乃は靴を脱ぐと真っ直ぐに台所に行っていつものようにお弁当箱を流しに出す。


「うん。安理とデートしてた」


 心配げに時乃の背中を見つめる母に一言告げる。彼女はそれ以上の詮索をしようともせずに「あら、そう」と少し笑ってから、何かに気がついたように短く声を漏らした。その声に時乃も振り返る。


「そうそう、貴方に手紙が来てたのよ」

「――っ!?」

「お待ちかねの男の子かしらね」


 揶揄するように手紙を掲げる母の手から、封筒を奪取する。その頬が少し紅く色づき、時乃は震える手で封筒の裏を見た。そこには――鳥月 敬――確かに彼の名前が書かれている。


――敬君…。


 久しぶりの彼の字に鼓動が高鳴る。

 嬉しさと緊張で足ががくがくと震えてくる。これは重症かも知れない。

 近くで息を吐く音が聞こえて、「御飯よ」と母が告げる。胸がいっぱいで、御飯も喉を通りそうにない。

手紙を見つめて息を飲む事が精一杯だった。

「ご飯いらないっ」

「――っ。 時乃っ!?」

 呼び止める母の声も聞かずにバタバタと自室に駆け込むと、後ろ手でドアを閉めてその場に座り込む。落ち着かない鼓動を抑える為に深呼吸を何度か繰り返し、もう一度名前を確認する。

――鳥月 敬…。

 その名前を見るだけでドキドキして、頬が熱くなる。

 手紙が来ないかもしれないと不安だった月日の分だけ、彼からの手紙が嬉しかった。

 封を切り、中から便箋を取り出す。

 一枚の紙に書かれた言葉の量は少なかったが、時乃は無言でその手紙を呼んだ。

「……」

 端的な言葉だけが並べられた手紙の内容からは彼の心情を図り知ることは出来ないけれど、それでも書かれた言葉たちが彼の素直な気持ちなのだと思いたい。だから…。


 鳥月 敬様


 お久しぶりです。

 私は元気です。敬君もお変わりないでしょうか。


 手紙を有難うございました。

 本当の事を言えば、敬君からお手紙が来ない間不安で不安で仕方がありませんでした。

 敬君を信じる。 そう決めたはずなのに情けないですね。

 きっと敬君には敬君の事情があって、私がそうなように気持ちが揺れ動いたり、色々と思うこともあるはずです。

 だから、この先たとえどんな結末が待っていても、私はそれを受け入れようと思います。

 私は大丈夫です。


 最近のお祖母ちゃんの様子を書きますね。

この頃はとても安定しています。

 この間は一時帰宅を許されて、一日でしたが一緒に過ごす事が出来ました。

 清四郎さんはお元気ですか?


 寒くなってきたので、敬君もお身体を大事にしてくださいね。


 羽瀬 時乃より


思った事を、今思っている事を素直に手紙に(したた)めた。

嘘も偽りもなく、本当に敬君が出す答えなら受け入れられるような気がしたのだ。同じように悩み、もがこうとしてくれた彼だからこそ、時乃は信じている。それが途中で終わりを告げようとも…。


――やろうとしたことは無駄じゃない。そうでしょう?


 止まっていた時間が動き出す。

 封筒にしっかりと封をして、時乃は大きく息を吸うときらきらとした瞳で天井を見つめる。変わり映えのしない白い天井に会った事もない敬君のことを思い描いて、その頬が緩む。

 嬉しさが溢れて止まらない。誰かに聞いて欲しくて安理に電話をかける。

 その電話は夜中まで途切れることなく続いていた――。


年明け初の投稿。

お久しぶりです。今年もよろしくお願いします。


スロウペースな二人の恋の行方ですが、見守ってください^^

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