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Dear…  作者: Dear
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第十五話 ―羽瀬 時乃―

 手紙と同時に届けられた“紅葉の栞”は、時乃の心を温かくした。

 祖母と、時乃自身の為に作られた栞。色違いの画用紙に載せられたその紅はとても綺麗で、その日から時乃のお気に入りになる。今も手帳の白い頁の間に挟まれていた…。


「安理、おはよ」

「…? はよ。今日は早いね」


 教室内に入って一番に眼についたのは、幼馴染の憂い顔だった。

 人気のない早朝の教室は11月だと言う事もあって肌寒い。ダッフルコートを脱ぎながら時乃は彼女の元へと近づく。窓際の自席でそっと頬杖をつく安理は視線を窓の外に向けて何やら物思いに耽っているように見える。いつもなら明るい表情で話しかけてくる彼女が今日に限って大人しい事に不安感を抱く…何があったのだろうか。


「安理、元気ない」

「ん~」

 

 頬杖をつく彼女の顔を覗きこみ時乃は眉根を寄せる。それでも安理は生返事を返すだけで視線を合わせようとはしない。寂しい気持ちを押し留め時乃は彼女の前の席に腰掛けた。


―どうしたんだろ…。安理らしくない。


 憂いの理由を聞いて良いのか分からずに口を閉ざし俯けば、頭上で不意に笑う息遣いが聞こえる。その主は勿論彼女―安理が困ったように微笑む。その笑顔はとても綺麗だった。


「なに?」

「えっ―」

「何か聞きたいんでしょ?」

「……うん」


 促されるままに安理に“聞いてもいい?”と了承を得ると、彼女は伏し目がちに頷いた。


「うちさ、親が不仲だったじゃん」

「……うん」

「…離婚…するらしいよ」

「っ!?」


 淡々と話す彼女の視線はやはり窓の外へと向けられている。その瞳には哀しいとか寂しいとかそういう感情よりも“苛立ち”とか“虚しさ”が滲んでいるように思えた。胸が締め付けられたように痛む。いつも明るくて元気な彼女のこんな憂いを帯びた笑顔を見るのは耐え難かった。


「…良いんだけどね」

「……」

「不仲を見せつけられるより、よほど清々するよ」

「安理…」


 辛気臭さを一転させるようにわざと明るく言うと、安理は大きく伸びをして時乃の顔を見つめた。ニッといつもの笑顔を浮かべ“やめやめ”と早々に暗い話題を切り上げてしまう。それ以上の追及も出来ずに時乃は一人戸惑った。その時。


「そういえば、彼はどうした?」

「…?」


 不意に掛けられた言葉に時乃の頭上を疑問符が飛び交う。真剣に悩む彼女のカバンを手に取ると、安理は何を言うでもなくその中身を漁った。事態に気が付いて止めに入れば時すでに遅し…安理の手には時乃の手帳が握られている。あの“紅葉の栞”入りの…。


「こ~れ」

「ちょっ、安理っ」

「誰から貰ったんだっけ~?」

「――……もうっ、返して!」


 からかうように意地悪な表情を浮かべた安理の手の中から手帳を救いだすと、時乃は確認するように栞の挟んである頁を開く。この栞を見るたびに“負けない”と自分に言い聞かせていた。

 ホッと息を吐いて漸く安理の視線に気づくと、そこには思いがけず優しい瞳が見つめている。いつもと同じ―妹を見守る姉のような―優しい瞳が。


「順調そうじゃん」

「……う~ん」

「?? 違うの?」

「…何を書けばいいのか分からないんだ」


 呟くような小さな声に耳を傾けると、安理は“ハッ?”と不思議そうに眼を見張ると、急に曇った彼女の瞳を見つめ、その頬に安理はそっと触れた。


「どういうこと?」


 優しく語りかければ、時乃は俯いていた顔を上げる。その眼は揺れていた。

 それでも安理の真剣な瞳に諦めに似た息を吐くと、頬に触れた彼女の手を離す。そしてまっすぐに彼女の瞳を見つめ返した。


「お互いの事を知らないから、知りたい。それは当然の事なんだけど。彼は自分の事を教えてくれてけど」

「…うん?」

「私は…なにを書いて良いのか分からない」


 困ったように微笑む彼女に安理は更に困った表情で見つめる。脈絡のない会話はさすがの安理も要領を得ない様子で、小さく頭を掻くと“…で?”と言葉の先を促した。


「ごめん。分かんないよね」

「うん」


 はっきりと返された返事に曖昧に笑うと、時乃は彼の手紙に書かれていた事を掻い摘んで話す。短い相槌を打つ彼女は至極真剣だ。


「…それで“わからない”か」

「……」


 安理の言葉に頷くと、今度は盛大な溜息が零れる。呆れたように零れた溜息に眉を顰めて見上げれば、目の前には安理の綺麗な手があり、不意にその手が時乃のおでこを弾いた。


「痛っ!!」

「…ば~か」


 思いがけない安理の言葉に時乃は眼を見張る。そこには変わらずに呆れた表情を浮かべる安理。そして。


「変わりたいんでしょ。あんたそう言ったじゃん。だったら迷わずに思った事書けばいいよ」

「…でも」

「彼は真剣にあんたに向き合った。それをあんたは誤魔化すの?」

「……」


 安理の言葉に時乃は口を閉ざす。

 彼女の言いたいことはよく分かっていた。だから言葉も出ない。


「何怖がってんのか…想像はつくけど」


 呆れたように呟いて“でも”と安理は言葉を続ける。静かな教室内にあるのは二人のシルエットだけ。とても静かな時間が流れていた。


「彼を信じるんでしょ」

「…うん」

「じゃあ、ありのままのあんたでいいよ」

「ありのまま?」

「そう。嘘偽りない時乃自身の言葉を彼に伝えなよ」


 優しく諭すように安理は告げるとそっと時乃の頭を撫でる。その手に苦い笑いを返すと時乃は“分かった”と頷いて安理の手をそっと外す。安理も納得したように頷いてその手を下した。


―ありのままの自分…。

 

To.鳥月 敬様


 こんにちは。

秋の期間は短く、夏から冬へと一気に様変わりしてしまったような気がしますが風邪などひかれていませんか。

私は風邪の方が裸足で逃げ出すほどの元気の持ち主なので、毎日元気です。


敬君について教えてくれてありがとうございました。

知りたいと言って貰えた事、とても嬉しかったです。

 私はどちらかというとウジウジ思い悩んでは行動に移せないタイプの人間で、前回のお手紙にも書いたように幼馴染の親友に背中を押して貰っては前に進んでいるような状態です。

 本当は自分の事をどう伝えればいいのかも、よく分かりません。

 親友には“ありのままの自分で”と言われましたが、思ったままに書くことはとても怖いです。

 それでも真剣に向き合ってくれた敬君から逃げたくはありません。

 上手く伝えられる自信はあまりないけど、私自身の事を書きます。


 私は三人姉妹の二番目で、上には就職した姉・結子、下には中学一年生の妹・千夏がいます。私の名前は祖母が考えてくれました。今時ではないから幼い頃は“古風”だとよくからかわれましたが、それでも私はこの名前が大好きです。

 祖母はこの名前に―時間を大切に―という意味を込めてくれました。それはきっと“後悔のないように生きろ”ということなのだと思います。

 高校は都立で普通科ですが、福祉の事を学ぶコースが付いていて私は今“福祉”について学んでいます。


 先に書いたようにどちらかというと頭で考え込むタイプなので、言いたい事を言う事は苦手です。

 でも曲がった事が嫌いな頑固なので、そう言う時には後先考えずに口を挟んで親友を冷や冷やさせているようです。

 部活は、盛んな学校では無いので私はもっぱら帰宅部ですが、その分祖母に会いに行く時間が出来る事は嬉しいと思います。

 

 今語れることはこのくらいでしょうか。

 敬君が言うように、自分の事を語るのは難しいです。


 お互いにゆっくりでも歩み寄っていければ良い。きっと私の親友ならこう言うしょう。

 私も今はそう思います。


 最後になりましたが、紅葉の栞。

 温かい気持ちと共に色付いた葉が鮮やかで、とても嬉しかったです。

大切に使わせて頂いてます。

 祖母も、久しぶりに明るい笑みを浮かべきらきらと眩しそうに何度も「綺麗ね」と呟いていました。

 敬君はうまく気遣いが出来ないといってましたが、そんなことはないと思います。

 少なくとも私と祖母は、敬君の心遣いに感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。


 これから本格的に寒い冬を迎えます。

 お体ご自愛くださいね。


 平成22年11月1日   羽瀬 時乃



 手紙を書き終えて、時乃はふと気付く。

 ずっと付きまとっていた違和感。それにようやく気が付いたのだ。


―初めて…名前で呼ばれた。


 今まで彼が自分の事を呼ぶ時はいつも“羽瀬さん”だった。

 その事実に気が付いて時乃の頬は赤く染まる。

 もしも彼が知っていてこんな風に言うのなら、相当なものだと思う。

 照れながら封をすると、時乃はその熱が冷めやらぬうちに手紙をポストへと落とした。


 これが届く頃、自分はどう変わっているのだろう。

 そして安理は、彼女の家族はどう変わっているのだろう。思いを馳せながら見上げた空は今日も快晴だった――。


彼から貰った紅葉の栞は時乃の心を温めた。

ありのままの自分を伝える事は怖い、でも真剣に向き合ってくれた彼に嘘はつきたくない。

その一心で、時乃はありのままの自分を手紙に書いた。


彼の変化に嬉しさと僅かな戸惑いを持ちながら-。


一月ずつだと内容を進めるのが難しい事に今更気がつきました^^;

それでも話は進むのです!


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