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Dear…  作者: Dear
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第十四話 ―鳥月 敬―

 十月も後半に差し掛かってきたが、依然として照りつける日差しは暑い。


 目前に迫った体育祭の準備に駆り出され、一時間も校庭を動き回っていれば、汗が頬を伝って来る。

 肌を撫でていく風だけが、唯一秋の気配を纏っていた。



「けーい、そっち終わりそうかぁ?」


 校庭に黙々とラインを引いている敬に、具紀が歩み寄ってくる。

 ヒラヒラと振られている手は、一年間倉庫にしまわれていたテントのせいで薄汚れていた。体操服も、所々にまだら模様ができている。


 最後のラインを引き終えて、敬は一息ついた。


「これで終わりだよ」

「んじゃ、サッサと帰ろうぜ。もーオレ限界、疲れた」

「だっらしねぇ。体力なさすぎ」


 他愛もないやり取りをしながら、二人は教室へと向かった。



 コンクリート作りの建物の中は、ひんやりとした空気を以って迎えてくれる。陽射しで火照った体には、その冷気が染み入るようで心地よかった。


「そーいや、最近『羽瀬さん』とはどうよ?」

「どうって……別に、特に変化はないよ。普通にやり取りしてる」

「イロケがねぇなぁ、敬ちゃんは」


 至極つまらなそうに、具紀は汚れた体操服を丸めてカバンに詰め込む。対照的に、きっちりと畳んでいた敬は、彼の行動と言動に眉を顰める。


「何でさ、男と女が交流持つと恋愛絡みにするんだ? 男女間に恋愛関係しか想像できないのは、欲求不満の表れらしいぞ」



 敬としては嫌味のつもりで言ったのだが、具紀は平然と頷いてみせた。


「欲求不満じゃない男子高生とかいるのかよ」


いっそ気持ちが良いくらいの開き直りに、一瞬面喰う。二、三回口をパクパクさせて、敬は咳払いをした。




「俺は別に欲求不満じゃない」

「あーはいはい。敬は『特殊型』だもんな」


 真面目に否定する敬を、具紀は手をひらひらとさせてあしらった。




 無言でシャツに袖を通していると、すでに着替え終わった具紀は机に腰掛けて、好奇心一杯の眼でこちらを見た。


「なぁなぁ、時乃ちゃんてどんな子? 可愛い?」

「はぁ?」


 時乃の名前に反応し、敬は目付きをきつくした。

 何故か、恋愛絡みの話題で彼女が引き合いに出されるのは腹立たしかった。



「何だよ、隠し事すんなよな〜。親友だろ」


 小さな子供のように頬を膨らませる彼を見ていると、その怒りも萎んでしまう。




 フッと短く息を吐き出し、無機質な天井を見上げる。思うのは、彼女の手紙。


 そして、はたと気付く。




「どう……って聞かれて答えられる程、俺も羽瀬さんを知ってるわけじゃないんだ」




 小さな、小さなその呟きは、誰に向けられたわけでもなく、ポツリと落とされた。


 別にこれまで、積極的に知ろうともしなかった。だが今、何故か心に隙間風が吹くように空しい。



 そんな敬の心情を、具紀は見逃さない。いつものような人懐っこい笑顔で笑う。



「知りたい?」

「……」


 俯いたまま、敬は答えない。

 深入りしたくない警戒心と、踏み込みたい好奇心がせめぎあう。まだ見ぬ少女一人が、少年の頭の中を埋めていた。




「また辛気臭い面してっ!」

「痛っ……!」


 うなだれた背中に、具紀の平手が軽快な音を立てて打たれた。衝撃でよろめき、一歩踏み出す。



「悩むのは、肯定の証拠なんじゃねぇの?」



 振り返る先には、自信に満ちた友の笑顔。


 それでも、まだ首を縦には振れなかった。臆病な、小さい自分。




「敬は、頭で考え過ぎ。片足突っ込んでんだからさ、もう両足突っ込んでも一緒

だっての。それに……」

「それに?」


 眉をしかめる敬の背を、具紀が両手で力強く押す。

 また反動でふらついたが、今度は両足を揃えて立つ事ができた。



「何だよ!?」


「両足揃ってた方が、反って安定すんじゃない?」



 同意を求めるように「なっ」と笑い掛けると、具紀は一人先を歩いていく。




 呆然とその姿を見つめたまま、しばらく動けずにいた。眼を落とすと、しっかりと地を踏み締める両の足がある。


今立っている地面をずっと辿っていけば、彼女のいる場所へと繋がっている。




「同じトコロに……立ってんだよなぁ」




 窓の向こうには、暮れかけた空が広がるばかりで、けれども、その空さえ、彼女に繋がっているのだとわかった。





 急いで親友を追い掛け、冷たい廊下を駆ける。


 階段を降りた先に、具紀が待っていた。



「答え、出た?」



 聞かなくともわかるだろうに、静かな笑みを湛えている。声に出させる事で、敬の迷いを断たせる為に、わざわざ尋ねているのだ。



「……ん。『共犯者』が、お互いの素性知らないんじゃアレだしな」



 照れ隠しに言ったつもりが、どこか自分がおかしくて笑いが込み上げてくる。



「『共犯者』?」

「らしいよ。羽瀬さんが言ってた」

「ふーん。何か、面白そうな子だな」

「どうだろ、少し変わってはいるかも。ほとんど男と話したことないらしい」

「ソレ言ったら敬だって、ほとんど女子と口きかないじゃんよ」

「……ああ、そう言われればそうだな」


 曇りない秋空に、二人の笑い声が吸い込まれていく。





「あ、ワリィ。具紀、ちょっと待ってて」


 ふと校庭の端に目をやり、敬が走り出す。目指すその先には、一本の色付いた紅葉が凛と立っていた。


 根元に敷かれた鮮やかな葉を二枚拾い上げて、具紀の元に戻ってきた。



「お待たせ」

「何? 紅葉持って帰んの?」

「この前の手紙に、お祖母さんが紅葉好きだって書いてあったから」

「へぇ、喜んでもらえると良いな」

「うん」


 優しく眼を細める親友に、敬は子供のような笑みを返した。






 家に帰り、敬は紅葉の押し花作りに取り掛かった。小学校の図画工作で習った方法を、頭の隅から引っ張り出す。

 水分を吸収させる為の紙で挟み、上から重石を載せておく。乾燥し切ったら、形を崩さないように色画用紙に添えて、フィルムでコーティングした。簡単ではあるが、紅葉の栞が出来上がりだ。



 樋野氏へは紅が映える若草色を、時乃へは桜色の画用紙を選んだ。


 敬の中で、時乃は「桜」のイメージが強かった。ふんわりと優しく、温かみのある桜。


 二枚の栞を手紙と共に、そっと封筒へ入れる。





羽瀬 時乃様


 長く続いていた暑さも落ち着きつつあり、こちらは朝晩冷え込んできました。東京はどうでしょうか?


 時乃さんにも、仲の良い幼馴染みがいるんですね。

 お互い、良い友人に恵まれていますね。僕も、支えてくれる友人に感謝する毎日です。


 先日、彼から「時乃さんは、どんな子か」と聞かれました。

 僕は、その問い掛けに答えられなかった。今更ながら、時乃さんのことをあまり知らないことに気付かされました。

 そして、何故だかそれが無性に空しかったです。

 だから……もっと、知りたいと思いました。迷惑だったらすみません。


 一方的に知りたいというのも失礼なので、もう少し僕のことも書かせて頂きます。


 僕は、四人家族で、妹と二人兄妹です。妹は今年受験生で、草子といいます。何だか、日に日に口が達者になってきているようで、最近関わるとロクな目に遭いません。人をからかうのが好きで、少し困った妹です。


 高校では、弓道部に所属しています。あまり馴染みのないスポーツですが、やってみると結構ハマります。弓を引いている時の、道場の緊張感と、真っ白な精神状態が心地良いです。


 女子が苦手なのは、すぐ傷付けてしまうから。うまく、気遣いができないんです。泣かれたりすると、本当にどうしようもないです。あとは、集団で固まってるのが、何か近寄りがたくて避けてしまいます。他人と一緒にしたがる所も、よくわからないです。嫌いというよりは……苦手です。


 性格は、友人曰く「特殊型」。僕にとっては僕の感覚が当たり前になってしまっているのでよくわかりませんが、どうも世間一般の男子高生からはちょっと外れているようです。

 大勢の輪に加わって騒ぐよりは、外からそれを眺めているのが好きです。なので、人付き合いが悪いと思われがちみたいです。



 自分のことを書くって難しいですね。とりあえず、僕はこんな感じの人間です。


 良かったら、時乃さんのことも少し教えて欲しいと思います。



 最後に、校庭の紅葉が綺麗だったので、栞を作ってみました。

 若草色のは樋野さんへ、桜色のは時乃さんへです。

 使ってもらえると、嬉しいです。



 これから、どんどん冬へ近付いていきます。

 お身体に気を付けて、お過ごし下さい。



                                平成22年 10月22日 鳥月敬





 封をしてから、恥ずかしさが湧きあがってくる。




 ――時乃さん。




 近付きたくて、名前で呼んでみた。

 慣れないことをして、耳まで熱くなる。



「向こうも名前で呼んできてるし、大丈夫だよな……」



 

 今までの手紙の中で、一番出すのが緊張する一通。



 敬から踏み出した一歩。


 遠く繋がる少女に、想いは届くのか――。



 涼やかな虫の唄声が、大丈夫と慰めるように、澄んだ夜に響いていた。


お待たせ致しました、敬編更新です(^_^;)


ようやく踏み出した、敬の一歩。

小さな小さな一歩ですが、「特殊型」の彼にとっては、とてつもなく大きな一歩なのです。


さて、時乃の反応は――?

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