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Dear…  作者: Dear
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第一話 ━羽瀬 時乃━

 

 『DEAR…』

 手紙の書き出しは、いつもこれだった。

 相手が誰でもこの言葉に悪い気はしないと思うし、何より「親愛」の証だから。

 『親愛する、貴方へ』

 その気持ちを込めて、この━手紙━を送ります。



 四月一日。エイプリルフール。

 天気は雲ひとつない青空。晴天。

 白い花柄のカーテンがそよそよと風に揺れる窓際の机に腰掛け、私は朝から頭を抱えている。

 この日、私は何度もペンを握っては置いて、書いては消してを繰り返していた。

 悩んで、辞書を引っ張りだしてはまた迷って…こんなことなら授業、ちゃんと受けておくんだった、と心底後悔する。

 そうまでして何を書いているのかといえば、それは一通の「手紙」。

 私の大切な人が書いた、「送る宛のない手紙」。

 この手紙を見つけた時、私に出来る「唯一」の事を見つけた気がした。

 今もなお、病院のベットで昏睡状態にある大切な祖母。美鶴ばあちゃん。

 彼女の遺した「初恋」を私は届けたかった━。



 東京・立川市。

 駅ビル「ルミネ」や「伊勢丹」「高島屋」などが集まる立川駅からモノレールで13分。

 私の家は「玉川上水駅」という駅を降りて更に歩く。

 この辺りは割と静かで、駅から離れてしまえば人もそんなに多くはない。

 そうはいっても、通勤・通学時間には駅に人が溢れ、バスにも人が溢れ、無料の駐輪場だって自転車がはみ出すほど停められているのだから、利便性はあると言える。

 緑の多いこの町が、私のお気に入りだ。

 暖かな日差しを受けながら家までの道を辿る。

 3月に入り、大分春めいてきた。花粉症に悩ませられると分かってはいても、毎年この時期はマスクもなしに街を歩くのが私の習慣だった。

 

 羽瀬 時乃(はせ ときの)、つい先日中学校を卒業したばかりの15歳である。

 卒業したての解放感からか、今日も友達数名と映画を見に行っていた。この辺りには映画館が二か所あるから、そんなに混雑することもなく入れる。そこがまた良いのだ。


(明日は何しようかな~?)


 そんな事を考えながら整備された歩道を歩いていると、不意に携帯電話が賑やかな着信音を鳴らした。お母さんからだ。


「もしも~し、何?」

『……』

 すぐに通話ボタンを押して、耳にあてる。電話の向こうでは、母らしき声の人物がゴニョゴニョと何かを呟いていた。風の音が更に邪魔をする。


「聞こえないよ~?もしもし、お母さん??」


 時乃は周りに人がいる事を気にしながらも、出来る限りの大きな声で喋った。そして…。


『……。』

「えっ…」


 ━お祖母ちゃんが、倒れた━


 母の声は、確かにそう言っていた。

 時乃は慌てて走り出す。携帯の終話ボタンを押すのさえ忘れて、家までの道を走った。



「お母さん!!」

 それからすぐ、時乃は玄関の扉を勢いよく開けると中に居る母の元に駆け込む。

 その表情(かお)は、青ざめていた。

「時乃、おかえり」

「おば…っつ、お祖母ちゃんは!?」

 乱れたままの呼吸で何とか息をつぐと、時乃は箪笥から服を取り出す母に詰め寄り尋ねる。畳の上には大きな旅行カバンが用意されていて、どうやら母は祖母の入院の準備をしているようだった。

「…まだ、どうなるか分からないって」

 カバンと母を交互に見やって、時乃は心配そうに目を細める。今にも泣いてしまいそうだ。

「どういう事??」

 訳が分からなくて聞き返す。母は苦笑いを浮かべて、間近に迫る時乃のおでこをチョンッとつっついた。

「お祖母ちゃん…脳梗塞だって」

 テレビでしか聞いた事のない病名に、時乃の頭は一瞬真っ白になる。それくらい衝撃的だった。

「脳梗塞…」

「うん」

 母は淋しそうに笑う。時乃はそれ以上何も言えなかった。



 入院の準備をする母の横で、時乃も服を出すのを手伝う。二人はただただ無言のうちに荷物を作った。

 荷物を作りながら、優しいお祖母ちゃんの事を思い出す。時乃は祖母に育てられたも同然だった。

「あら…?」

 不意に母が何かを見つける。それは着物の間に挟まっていた。

 薄汚れて黄色くなった封筒には、しっかりとした祖母の字で「鳥月 清四郎様」と書かれている。

「なに…手紙だよね?」

 母の後ろからその薄汚れた封筒を覗きこむ。

 「鳥月 清四郎」…聞いた事の無い名前に、母も時乃も首を傾げた。

「誰かしらね…」

 母は不思議そうに呟くと、すぐさまその手紙を元あった場所に戻す。その手を時乃が留めた。

「見ないの??」

 時乃の率直な言葉に母はそっと首を横に振ると、重なる手を外し手紙を戻してしまった。

「どうして?」

「……これは、お祖母ちゃんの秘密だから」

 母は一言だけ呟き、また作業を始める。時乃は納得できない感情を押し殺して、自分も仕方なく作業に戻った。

 『お祖母ちゃんの秘密』…その言葉が、時乃の心に引っかかっていた…。



 その晩。

 皆が寝静まったのを確認すると、時乃はこっそり部屋を抜け出して和室へと足を向けた。昼間見た「手紙」が気になる。

 確かに誰に宛てた物なのか、何が書かれているのかに興味もあったが…それよりも強い「お祖母ちゃんの為に何かしたい」という気持ちが、彼女を突き動かしていた。


(お祖母ちゃんは、今動けないから…)


 不安になる自分に一生懸命言い聞かせると、時乃はその「手紙」を取り出す。薄汚れて黄色くなった封筒。封は開いていた。

「拝啓 鳥月 清四郎様…」

 花のあしらわれた白い縦書き便せんには、懐かしい祖母の字がびっしりと詰まっている。難しい言葉を何とか読み砕きながら、時乃は手紙を読む。時間にして5分程度のことだったろう……それでも、一瞬辺りの時間が止まったのではないかと思えるほど、静かな時間が流れた。

「……お祖母ちゃん」

 全てを読み終えて、ようやく時乃は気づく。母の言った「言葉」の意味を…。

 

 ━……これは、お祖母ちゃんの秘密だから━


 母は何処かで分かっていたのかも知れない。

 祖母の叶わなかった願いに……実らなかった「初恋」に。

 いつの間にか頬を伝っていた熱い(もの)を袖口で拭うと、時乃は手紙を封筒に戻しパジャマのポケットに突っ込んだ。箪笥にもう一度仕舞う気はない。

 これは、この願いだけはどうしても叶えて上げたかった……。


(お祖母ちゃん、待ってて……私が必ず「清四郎さん」を連れてくるから…)


 心の中で何度もそう呟いて、時乃は部屋へと戻った。

 祖母の『秘密』をしっかりと胸にしまって……。



 そして、現在に至る━。

 未だに辞書と睨めっこを続け、ようやく手紙を書き終えた時には16時を回っていた。

 

「ヤバい!…最終便までに出さなきゃ!!」


 駅前のポストの最終回収時刻は17時。急いでいけば間に合うはず…。

 慌てて手紙をバックに入れると、時乃は駅前へと走った。



 四月一日。

 まるで「冗談」の様な、その「手紙」は謀らずも「四月一日エイプリルフール」の日付印を押され彼の元へ届けられる事になる……。


 それがこの「文通」の始まりだった…。


初めまして。

この物語は、二人の高校生男女が「文通」という今どき珍しい手段によって繰り広げていく交換型恋愛物語りです。

 

少女と、少年の行く末をどうか見届けて下さい…。

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