007 波乱の入学式
あれから、俺の周囲は一気に騒がしくなった。
国魔に合格したと知った父親は大喜びで、親戚中に電話しては「ウチのレンが国立対魔高等学校に受かったんだぞ!」と自慢しまくりだ。
母親も「ホントに合格するなんて……!」と毎日のように興奮気味で、近所の人に話を広めていた。
だが、それ以上にすごかったのは学校での扱いだ。
国魔に受かったと知られた瞬間、皆の俺を見る目が変わった。
学校の連中が、こぞって「レン、LINE交換しよう!」「卒業旅行、一緒に行こうよ!」などと声をかけてきたのだ。
まるで大物の芸能人にでもなったかのような反応だった。
また、入学準備の一環として、ダンジョン攻略にも励んだ。
俺の固有スキル〈魔石吸収〉を発動するには魔石が必要になる。
そのため、ダンジョンで魔物を狩る必要があったのだ。
国魔での生活に備えて腕を磨く意味でもちょうどよかった。
ただ、この活動では予想外のトラブルもあった。
俺が中学生ということだ。
中学生が挑めるダンジョンはFランクだけと決まっている。
棲息している魔物も当然ながらFランクのザコばかり。
倒して得られる魔石も文句なしのFランク。
とはいえ、魔石を持っていない状態よりは遥かにマシである。
仕方がないので、俺はゴブリンやスライムを乱獲することにした。
そのうち、いくつかは換金した。
他の冒険者に事情を説明して、高ランクの魔石を売ってもらうためだ。
もっとも、買えるものなどDランクが関の山である。
魔石の換金レートは指数関数的に上がる仕様だからだ。
Fランクの魔石を山ほど積んでもCランクの魔石1つにすら及ばない。
そうこうしている間に卒業式を迎え、俺の中学生活は終わった。
卒業式の日には、多くの女子から告白された。
他にも、二人きりでの卒業旅行に誘ってきた女子もいた。
しかし、俺は全て断った。
全ては対魔防衛軍の総司令になるためだ。
魔王軍との戦争に勝つには、国魔に集中する必要があった。
◇
そして、4月。
ついに国立対魔高等学校に入学する時がやってきた。
入学式といえば、普通は大きな講堂や体育館、グラウンドで行うものだ。
ところが、国魔では皆大好き演習場で行われることになった。
しかも保護者の参加は認められておらず、初っ端から生徒と教師だけだ。
(何も生成していないとこんな感じなのか)
演習場で、俺は「へぇ」と呟きながら周囲を見る。
さながらコンクリートの体育館といったような雰囲気だ。
ミコトと戦った荒野や実技試験の森林は魔力で生成されたものらしい。
周囲の生徒が話しているのを盗み聞きして知った。
レッドマンティスを再現したのもそうだが、かなり先進的な技術だ。
(緊張も武者震いもしないが……何だか馴染まないな)
初めて袖を通したブレザータイプの制服に違和感を抱く。
ダークネイビーのジャケット、白いシャツに深い赤のネクタイ。
ズボンは同じ紺色で、足元は学校指定のローファー。
いかにも“エリート校”といった装いで、俺には合わなかった。
周囲に目を向けて女子の制服を眺める。
男子と同じダークネイビーのブレザータイプだ。
下は同じ紺色のスカートで、丈の長さは人によって異なっている。
短めの子もいれば膝上くらいで落ち着いた雰囲気の子もいるようだ。
(それにしても生徒の数が多いな……。100人どころじゃないぞ)
どう見ても100人以上がこの場にいる。
ざっくり数えた限り約200人といったところか。
上級生もこの場にいるようだ。
「一年生の諸君、入学おめでとう。私は校長の朱鷺宮シオンだ。気軽にシオンと呼んでくれ」
前方の壇上にシオン校長が上がり、マイクを持って話し始めた。
「……と、言うと思ったかな? 目上の人間に対しては必ず敬称を付けるように。さて、私は形式張った校長らしい話を好まないので、今日の朝ご飯について話そうと思う」
そう言うと、シオン校長が朝食について語り始めた。
納豆の栄養がどうとか、あの会社の食パンは質がどうやら。
どうでもいい話を真剣な表情で熱弁していた。
もちろん、俺たち一年生は混乱した。
だが、教師や上級生を見る限り日常茶飯事なのだと分かった。
誰もが呆れた様子で話が終わるのを待っているのだ。
「今後は朝食をきっちり食べるように。私の話はこのくらいにしておくとして、続きは実技担当の風間ハルト教官から説明してもらう」
シオン校長が話を終わり、新たに男性の教師がステージに上がった。
年齢は30代近くで、黒髪の短髪をきりっと撫でつけた目つきの鋭い男だ。
「風間ハルトだ。実技全般を担当している。シオン校長の話にもあった通り、本校には一般的なクラス制度は存在しておらず、PT単位でカリキュラムをこなしていく」
風間教官が話し始める。
当たり前のように進めているが、シオン校長の話にクラス制度の件は含まれていなかった。
「PTは4人1組を基本とし、編成は既に学校側で決めている。諸君には1年間、PTメンバーと苦楽をともにしてもらう。今から俺が学年と名前を呼んでいくから、呼ばれたメンバーは列から出てPT単位で固まるように。その後の詳細は追って説明する」
一年の連中がザワつく。
教官や上級生たちは涼しい顔をしていた。
(筆記試験でもPTに関する問題が多かったし、当然と言えば当然の流れか)
周囲とは違い、俺は風間教官の説明に納得していた。
大なり小なり違いはあれど、この展開は想像できていたからだ。
例外といえば――。
「次、1年の桐生コタロウと吉田ブンタ、2年の山岡トーマ、3年の藤岡フジミ」
――PTに上級生が含まれていることだ。
どうやら1年2人に2年と3年が1人という構成らしい。
生徒の数が約200人なのも納得できた。
(ん? 入学時はきっちり100人のはず。2年と3年の残り50人はどうしたんだ?)
そんなことを考えていると、俺の名前が呼ばれた。
「次、1年の鳳条院アリサ、白峰ユキナ、王城レン、2年の八神シズハ」
「「「「はい!」」」」
俺と同じタイミングで3人の女子が列から出る。
1年は気の強そうな金髪ロングと気の弱そうな白銀のセミロングだ。
2年はダークブラウンのショートボブで活発そうな雰囲気が漂っている。
(俺の仲間は女子ばかり……というか、1年コンビの胸がデケェ!)
どちらがアリサでどちらがユキナか分からないが、どちらも巨乳だ。
特に白銀の女は凄まじくて、シャツのボタンが外れて谷間が見えていた。
これには俺だけでなく全ての男子の目が釘付けになる。
「最後のPTは3年がいないから、リーダーは八神、お前が担当するように」
「はい、分かりました」
シズハ先輩が緊張した様子で返事をし、俺たちに微笑みかけてくる。
制服の袖を軽くまくり上げていて、左腕にはリーダー腕章が巻かれていた。
その様子から察するに、事前にリーダーになると分かっていたようだ。
「それでは、これから1年を共にする仲間たちと自己紹介をしてくれ。10分後に次の指示を出すから、それまでに済ませるように」
風間教官が話を終えてステージから下りた。
(次の指示って……入学式の日に何かやらされるのか?)
てっきり今日は話を聞くだけで終わりだと思っていた。
おそらく一般的な高校だとそういう流れのはずだ。
さすがは日本最難関の冒険者高校……常識では計り知れないぜ。
「えーっと、そんなわけで、私がリーダーの八神シズハね。個人的には呼び捨てでもかまわないのだけど、学校の規則があるから『八神先輩』とか『シズハ先輩』って呼んでね」
俺たちはコクリと頷いた。
「じゃあ、名前と希望するロール、あとスキルのランクを簡単に話していってもらおっか」
ロールとは戦闘における役割のことだ。
魔物を倒す“アタッカー”や仲間を回復する“ヒーラー”など。
俺はアタッカーが適任だろう。
「すみません、先輩、一ついいですか?」
金髪の女が手を挙げた。
「いいわよ。えっと、名前は……」
「アリサです。鳳条院アリサ」
「アリサさんね。どうしたの?」
「順位も加えてほしいです」
アリサがきつい口調で言い放つ。
「え、順位……?」
「国魔には、学年ごとに変動制の順位制度がありますよね?」
シズハが「そうね」と頷く。
「そうだったのか」
「勉強になります」
俺と白銀の巨乳――ユキナは順位制度を知らなかった。
そんな俺たちに対し、アリサは半ば呆れたような表情で説明する。
「私たち1年の場合、最初は入試の順位が適用されるの。合格通知書に書いてあった順位のことね」
「すると俺は35位か」
「す、すごい……ですね……」
ユキナがビクビクした様子で言う。
「ふん、35位じゃ全然ね。私は1位よ。スキルのランクはA。もちろんアタッカー希望よ」
アリサがドヤ顔で言い放つ。
彼女の声が聞こえていたようで、他所のPTからも「すげぇ」という声が聞こえてきた。
「なるほど、優等生ってわけか」
「だから足を引っ張らないでね、35位くん」
なかなか鼻につく女だ。
この女と1年を共にすると思ったら気が滅入る。
可愛くて胸が大きいのは素晴らしいが、性格は最悪だ。
「次は私ね」
そう言うと、シズハは申し訳なさそうな顔で言った。
「スキルのランクはCで、ロールはサポートかな。これで戦うから」
シズハの言う「これ」とは、背中に装備している大きな弓だ。
「あと、順位は……ごめんね、50位なの」
「え? 50位? 本当ですか?」
アリサは露骨に顔を歪めた。
「50位なら真ん中だし、別に悪くないと思うが」
「何言っているのよ。2年に上がれるのは上位50位までなんだから。50位と言えば、2年の最下位よ」
アリサが冷たい口調で説明する。
どうやら正しいようで、シズハが「そういうこと」と頭を掻いた。
「そっちの、えっと……ユキナだっけ? あんたは?」
アリサに指名されると、ユキナは「ひぃ」と震え上がった。
「ほら、時間がないんだから早く答える!」
「は、はい! 白峰ユキナ、武器は、このロッド――」
「それは見れば分かるわよ。スキルのランクと順位とロール!」
「なぁアリサ、そんなにトゲトゲしなくても――」
「35位は黙っててもらえる? ザコなんだから」
俺はため息をついた。
シズハも苦笑いを浮かべている。
「スキルのランクはDで、サポートを希望します。私、戦闘が苦手で、でも、固有スキルで皆を守れるから、その……」
「そういうのはいいから、順位は? 順位!」
「99位です……」
「きゅうじゅうきゅう!?」
アリサが信じられないほどの大声で言った。
「すみません……99位で……」
「50位の先輩に99位と35位が仲間って、嘘でしょ……」
この世の終わりとでも言いたげなアリサ。
俺のスキルランクを知ったら、今以上に絶望するだろうな。
「あとはあんたね……。35位のレン。スキルのランクとロールは?」
「ロールはアタッカー希望だ」
「いいね。順位は残念だけど、前に出て戦おうって根性は悪くないわ。スキルのランクはB? C? それとも私と同じA?」
「Fだ」
「「「は?」」」
アリサだけでなく、ユキナとシズハも固まった。
「な、何かの冗談よね? 国魔に入るにはDランク以上じゃないとダメなんだし……」
「それは入試を受ける資格のことだろ? 俺は特例で入試を受けることができた。で、合格したからこの場にいる」
「はぁ? ふざけないでよ!」
アリサが怒鳴った。
これには全てのPTと教官が見てくる。
周囲から「なんだなんだ」という声が聞こえてきた。
「特例って……それ、コネじゃん! そんな奴が同じPTとかあり得ないから! 順位だってどうせインチキしたんでしょ!」
「いや、試験は堂々と受け――」
アリサは俺の言葉を無視して、くるりと踵を返した。
こちらに背を向けた彼女が見ているのは――シオン校長だ。
「校長先生! こんな理不尽、あんまりですよ!」
「理不尽とは?」
シオン校長が真顔で返す。
「私は1位で入試を通りました! なのに仲間が50位の先輩に99位の落ちこぼれ、さらにはコネで入ってきた35位なんてあり得ない!」
そこで言葉を区切ると、アリサは鬼の形相で言い放った。
「PTの即時変更を要請します!」
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