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005 絶望の筆記、楽勝の実技

「そこまで! 試験用紙を回収するので動かないように!」


 地獄のような筆記試験が終わった。


「思ったより簡単だったな」


「やっぱり実技がメインなんだな」


「筆記は満点が前提だな、こりゃ」


 そんな会話が周囲から聞こえる。

 一方、俺は大きなため息をついていた。


(だいぶ苦しいな……!)


 国魔の筆記試験は戦闘に関する問題で構成されている――。

 その前情報は概ね正しかったが、厳密には少しだけ違っていた。

 “PTでの戦闘”に関する問題だったのだ。


 例えば――。


『理想的なPTの人数は何人なのか? また、役割ロールの配分はどうするべきか?』


『PT内で意見の対立が起こった場合、どのように解決するべきか?』


『即席のPTでダンジョンを攻略している最中に、宝箱からどうしても欲しいアイテムが出た場合、どのようにしてメンバーと交渉するべきか?』


 そんな問題が大半を占めていた。

 どれも冒険者にとっては“常識”とされる内容だ。

 もちろん、俺も知識としては知っている


 ただ、実地での経験がなかった。

 何しろ前世の俺は万年ソロの冒険者だったのだから。


 俺にとってロールの配分など存在しない。

 アタッカーもヒーラーもタンクも、全て自分でこなすしかなかった。


(それっぽいことは書いておいたが、不正解を前提にしておくべきだろうな)


 問題文には配点も書いてあった。

 全30点のうち、俺が自信を持って正解だと言えるのは5点だけだ。

 PTとは関係のない問題がそれだけしかなかったということ。


「続いて実技試験を行います。受験番号の呼ばれた方は、私についてきてください」


 試験官の小早川が、手元の資料を見ながら受験番号を読み上げていく。

 俺の番号も含まれていたので、席を立って教室を出た。


(周囲の様子を見る限り筆記試験で(おく)れを取ったのは確実だ。実技試験で挽回しないとな。さもなければ――マジで死ぬ)


 俺は深呼吸を繰り返す。

 まさか入試で緊張することになるとは思わなかった。


 ◇


 実技試験は50人1グループに分かれて受けるそうだ。

 試験は2つあり、どちらも演習場で行うらしい。

 ということで、俺を含む50人の受験生は演習場にやってきた。

 フィールドではなく、観戦スペースに案内される。


「すげー!」


「演習場のフィールドって魔力で作ってるんだよな?」


「本物にしか見えねー!」


 受験生たちが声を弾ませる。

 透明な強化防壁の向こうに森林のフィールドが見える。

 巨木が生い茂り、小動物の鳴き声までシミュレートされていた。

 受験生が興奮するのも無理はない。


「今から実技試験の説明を行います!」


 試験官がフィールドに左手を向けた。


「あなたたちには、この森林フィールドで魔物を狩ってもらいます」


「「「魔物!?」」」


 受験生に動揺が走る。


「といっても、我々が再現した疑似個体となっています」


「なんだ、レプリカか」と、受験生の一人が安堵する。


「ただし、強さや行動パターンは本物を完全に再現しています。もちろん魔物はあなたがたを殺すつもりで襲ってきますし、出願時に提出された誓約書にも書いてありました通り、実技試験中に命を落とす危険もございます」


 受験生たちがゴクリと息を呑む。


「それでは、魔物を召喚しますね」


 試験官が慣れた手つきでパネルを操作する。

 すると、森林フィールドに大量の魔物が現れた。

 真っ赤な体が特徴的なカマキリ型のモンスターだ。


「あれは……」


「レッドマンティス――Dランクの魔物になります」


「Dランク!?」


「Dって大人の冒険者でも危ないやつじゃん!」


「俺たち受験生なんだけど……!」


 衝撃を受ける受験者たち。

 そこへ、試験官の無慈悲な追撃が入る。


「フィールドには全部で200体のレッドマンティスが存在しています」


「「「200体!?」」」


 200体――という数字に一気にどよめきが広がる。


「皆さんには、制限時間内にできるだけ多くのレッドマンティスを倒していただきます。採点基準は『倒した敵の数』と『自分およびPTメンバーの負傷度合い』となっております。また、PTを組むかどうかは自由であり、PTを組んだからといって減点されることはありません」


「ならPTで戦ったほうが得じゃん!」


 受験生の誰かが言うと、他の連中が同意した。


「ただし、PTメンバーを含む他の受験生に被害を与えた場合は減点対象となります。故意かどうかは関係なく、被害の程度によって減点度合いが決定します」


「すみません、自分の固有スキル、範囲攻撃なんですけど……それも減点対象になるんですか?」


 受験生の一人が手を挙げた。


「もちろん、固有スキルによって他の受験生が被害を受けた場合もペナルティが発生します」


「そんな……」


「説明は以上となります。5分の準備時間を与えますので、PTを組むのであれば、その間にメンバーを決めて申請してください」


 試験官が言い終えると、受験生たちが一斉に動き出した。

 互いのスキルを確認し合い、即席のPTを結成し、試験官に申請している。

 国魔を受けるだけあって、どいつもこいつも手慣れている様子だ。

 普段から冒険者として活動しているのだろう。


「なあ、そこのお前、俺たちと一緒に組まないか?」


 壁際で突っ立っていると、三人組の男子が声を掛けてきた。


「別にかまわないが……本当に俺を誘っていいのか?」


「は?」


「俺の固有スキル、Fランクだぜ?」


「おいおい、時間がないのにつまらない冗談はよせよ」


 連中は信じてくれなかった。

 Dランク以上の固有スキル保持者しか入試を受けられないからだろう。


「残念ながらマジなんだよな、これが」


 俺は受験票を見せてやった。

 固有スキルのランク欄に、堂々と“F”の文字が刻まれている。


「マジでFランクじゃん」


「なんでFランクがこの場にいるんだよ」


「おい、別の奴にしようぜ!」


 連中はそそくさと離れていった。

 話を聞いていたであろう他の生徒も俺を避けている。


 別に問題なかった。

 こちらとしても最初からPTを組むつもりはない。


「時間になりましたので、試験を始めますね!」


 試験官の女性がフィールドに繋がるゲートを開いた。


「「「うおおおおおおおおおおお!」」」


 受験生たちが一斉にフィールドへ雪崩れ込んでいく。


「軽く頑張るか」


 俺もロングソードを右手に持ってフィールドに向かった。


 ◇


 制限時間は30分。

 受験生たちは短すぎると嘆いていた。

 だが、俺にとっては長すぎる。


「他の奴に取られたら困るからな。初っ端から本気で行くぜ」


 俺は懐からゴブリンの魔石を取り出した。

 Fランクの最弱モンスターであり、魔石の価値も非常に低い。

 実技試験があると知っていたので、予め準備しておいたのだ。


「〈魔石吸収〉、発動――」


 ゴブリンの魔石が消えて、右腕にゴブリンが宿る。


「つくづく見た目だけは悪くないな」


 ストック中の変化に苦笑する。


「おい! あぶねーだろ! 考えてスキルを使えよ!」


「うるせぇ! お前が鈍くさいからだろ! 当たったら俺が減点になるんだから考えて動けよ!」


 近くで受験生同士が揉めている。


「ぐっ……! やっぱりDランクは強い!」


「固有スキルを発動できれば……! でも、他の人に当たっちゃいそうだし……!」


 別のPTは減点を恐れるあまりスキルを使えずにいた。


(こりゃ楽勝だな)


 俺はストックしている魔力を解放した。

 ゴブリンの強烈な嗅覚を自らの鼻に付与する。


 鼻がゴブリンのように尖った。

 レッドマンティスや受験生の位置が臭いで分かる。

 まるで犬並みの嗅覚だ。


「戦闘開始だ!」


 フリーのレッドマンティスを集中的に倒していく。

 敵の動きは完全に覚えているので、攻撃する暇を与えずに殺す。

 相手がザコなので、左肩の負傷は何のハンデにもならなかった。


「グェェー!」


「1体!」


「グェェー!」


「2体!」


「グェェー!」


「3体!」


 俺のカウントが止まることはない。

 あっという間に数十体を超え、そのまま100体を突破した。


「なんだあいつ……!」


「一人で駆け回って余裕そうに倒していやがる……!」


「相手はレッドマンティスだぞ……!?」


 俺の戦いを見た受験生たちは唖然としていた。


(大人げないとは分かっているが、2040年の悪夢を防ぐためには仕方のないことだ)


 心の中で、他の受験生たちに「すまんな」と謝りながら敵を皆殺しにする。

 そして――。


「試験官、制限時間が終わる前に魔物が全滅しちまったよ」


 戦い終えた俺は、観戦スペースまで戻った。


「え、えと、えぇぇぇぇ……」


 女性試験官の小早川は言葉を失っている。

 彼女の背後にあるデジタル時計を見ると、10分も経っていなかった。


「さぁ、次の試験を始めてくれ。あと一つあるんだろ?」


 俺はロングソードを鞘に戻す。

 ふと小早川の手元に目を向けると、魔物の討伐数が表示されていた。

 どうやら俺は一人で180体ほど狩ったようだ。


「じゃ、じゃあ、次の試験に……」


「待ちたまえ」


 小早川の声が遮られる。

 観戦スペースの自動ドアが開き、声の主が入ってきた。

 赤色のロングヘアが特徴的な大人の女性だ。


「あんたは……」


 俺はその人物を知っていた。


朱鷺宮(ときのみや)校長!」


 小早川が、相手の名を口にした。

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