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004 神威ミコトは負けず嫌い

「ははっ、この期に及んで面白いことを言う奴だ」


 先ほどまでの殺気が嘘みたいに、ミコトは声を上げて笑った。


「どれだけ笑おうと絶対に負けは認めないぞ! もう悪夢の2040年を迎えたくないからな……!」


 俺はミコトを睨みながら言い放つ。

 できれば負傷した肩を押さえたいが、それすらも許されない雰囲気だ。

 動けば殺されるという状況は変わっていない。


「悪夢の2040年が何を意味するのか私には分からんが、お前のその執念が並大抵のものではないことは分かる」


 ミコトは俺の右手を掴んで立たせた。

 それから、こちらに背を向けて観戦スペースに向かって手を挙げる。


「軍曹、私の負けだ」


「「「えっ?」」」


 俺と軍曹、そして受付のお姉さんが驚く。

 赤髪の女校長だけは腕を組んだまま動じずにいた。


「これが戦場だったら、レンは左手の位置に気づくことなく私の首を刎ねていた。そして、私にはそれを防ぐ術がなかった。故に、彼が馬乗りになった時点で、私が敗北が確定したと考えるべきだろう」


「中将が……負け……?」


 軍曹は1495万2980を812で割ったらいくらになるか尋ねられた時の俺みたいな顔をしていた。

 ちなみに答えは1万8415だ。


「お、おい、そういうことなら俺の肩を刺す必要はなかったんじゃないか?」


 俺がそう言うと、ミコトは口元を緩めた。


「悪いが、こう見えて私は負けず嫌いでな。素直に負けを受け入れることはできないたちなんだよ」


 ミコトはレイピアを振り、刀身に付着していた俺の血を払い落とした。


「それに、その傷は特例を認める条件――いわばハンデだ」


「ハンデ?」


「負傷した状態で試験に臨めと言っているのだ。国魔の入試が行われるのは2月中旬……既に1ヶ月を切っている。つまり、自然治癒ではどうやっても左肩の回復は間に合わないからな」


「治療したらいけないのか? 回復スキルは例外としてフィールド外での使用が認められているはずだ。対魔防衛軍にだってこの程度の外傷なら瞬時に直せるヒーラーがいるだろ?」


「それは認めん。もちろん消毒と縫合をし、包帯を巻くくらいのことはしてやる。菌が入って化膿しては困るからな」


「なんでハンデなんか設けるんだ?」


「お前は私に勝つだけの実力を持ち、さらには私と同じで容赦しない性格だ。普段の力で試験に臨めば、実技試験を満点で通過するだけでなく、他の受験者が活躍する機会を奪ってしまいかねない。かつての私のようにな」


 要するに高く評価している、ということだ。

 それは結構だが、肩が痛むのは鬱陶しい。


「そういうことになったが、校長、かまわないな?」


 ミコトが振り返り、女校長に目を向ける。

 校長は赤いロングヘアを揺らしながら、迷うことなく頷いた。


「結構よ。この学校は対魔防衛軍の管轄下にある。中将のあなたが決定したのであれば、私にとやかく言う権利はないわ」


 これで状況が確定した。


「ありがとう、ミコト……じゃないや、神威中将」


「ミコトでかまわない。君は軍人ではないからな」


「なら遠慮なく……。ミコト、改めて感謝するよ」


「それは結構だがな、レン――」


 ミコトがニヤリと笑った。


「――間違っても試験に落ちるなよ?」


「落ちるわけないだろ」


「だといいが、万が一にでも落ちたら、その時は私がお前を殺すからな」


「は?」


「お前は初めて私を負かした男だ。そんな男が国魔の入試にすら通らないとなれば、私は軍の笑いものになるだけでは済まない。恥ずかしくて生きていけないだろう。だから、お前を殺して私自身も潔く自害する」


 ミコトは笑っているが、その発言に嘘はない。

 脅しでも何でもなく、試験に通過しなければ殺しにくるだろう。


「分かったよ。絶対に合格して、あんたの名誉も守ってやる」


「ああ、そうしてくれ」


 ミコトが「また会おう」と去っていく。

 その後、俺は出願の手続きを済ませて家に帰宅した。


(これで来年度からは国魔に入れるぜ!)


 正直、この時は浮かれていた。


 ◇


 月日は流れ、2月中旬。

 ついに国立対魔高等学校、通称“国魔”の受験日がやってきた。


 試験は筆記と実技の2つに分かれている。

 筆記試験は30点満点で、実技試験は70点満点。

 合計100点のうち、上位100人のみが合格できる明快なシステムだ。


「受験生は約1500人か。倍率は15倍ってことになるな」


 校門前で他の受験生が不安そうに呟いている。

 実技試験があるため、俺を含めて全員が武器を携帯していた。


 俺の武器はシンプルなロングソードだ。

 ミコトとの戦いで用いたもので、そのまま貰うことになった。


(左肩が恐ろしく痛むが、俺は右利きだし実技試験は問題ないだろう)


 問題があるとすれば筆記試験だ。

 俺はテストの成績が非常に悪く、内申点は常に最低レベル。

 1495万2980÷812の解が1万8415と瞬時に分かるのも暗記していたからだ。


(ま、問題ないか。ここの筆記試験は学力を測る問題じゃねぇしな)


 国魔の筆記試験では戦闘に関する知識が問われるらしい。

 これが理科や数学なら絶望的だが、戦闘系の知識なら大丈夫だろう。


 なにせ前世では10年以上もソロの冒険者として活動してきた。

 ダンジョンに棲息する魔物の特性は完全に把握している。


「さて、軽く終わらせるか」


 俺は国魔の校門をくぐった。


 ◇


 試験会場の教室に到着すると、受験番号の書かれた席に座った。

 周囲には同年代の生徒たちがいて、緊張に満ちた顔をしている。


 固有スキルが云々。

 冒険者ランクが云々。

 色々な話が小声で飛び交っている。


「えー、本日、試験官を担当します小早川です。配布された試験用紙は裏返したまま、開始の合図があるまで触れないでください」


 試験官が淡々と説明を始める。

 スタッフが用紙を配り始めると、部屋は静寂に包まれた。

 悪くない緊張感だ。興奮してきた。


「始め!」


 試験開始の宣言と同時に、俺は用紙をひっくり返す。

 筆記試験は30点満点だが、とりあえず20点ほど稼げればそれで――。


「なんだ……これは……」


 問題を見た瞬間、俺の顔が歪む。

 予想に反する難問ばかりが並んでいたのだ。


『万が一にでも落ちたら、その時は私がお前を殺す』


 ミコトの言葉が脳裏によぎった。


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