表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/22

021 魔工研の天才科学者

 その後、当然ながら俺にも“お説教”が待っていた。

 校長室に呼び出され、優しい口調で厳重注意を受けたのだ。


 国魔では、暴力行為は厳罰になるという。

 通常であれば、俺の行為は余裕の退学レベルだった。

 ただし、今回は大目に見てもらえることになった。


 理由は二つある。


 一つは青山の発言が度を超して侮辱的だったからだ。

 それに加えて、俺は完全な第三者ではなく、シズハのPTに所属している。

 仲間を守る行為として、情状酌量の余地が認められた。


 もう一つは、青山が学校側に正式な被害届を出さなかったからだ。

 被害を訴えた場合、彼自身も侮辱的な発言によって処罰されてしまう。

 その点を嫌がって、青山は「転んで顔面を打った」と主張した。


 とはいえ、俺の暴行は多数が目撃していた。

 場所も職員室だったので、現行犯ということで厳重注意になったのだ。


 この件では、仲間にも迷惑を掛けてしまった。


「レン、あんたやりすぎよ! 気持ちはわかるけど、もっと大人の対応ってものがあるでしょ?」


 アリサからは心配気味に怒られた。


「こんなこと言っちゃダメだけど……私はスカッとしたよ」


 ユキナは、ぽわんと頬を赤らめながら優しい言葉をかけてくれた。


「私のせいで、レンくんにこんな迷惑をかけちゃった。ごめんね……」


 一方、シズハは申し訳なさそうな顔で俯いていた。


「気にしないでください、シズハ先輩。俺が悪いんです。ああいう発言を許せるほど、できた人間じゃないんで」


 そう答えると、シズハはハッと目を見開き、照れたように微笑んだ。


「……ありがとう。本音を言うと、嬉しかったよ。私のこと、庇ってくれて」


 これ以降、俺たちのPTについて抗議する生徒はいなくなった。

 どうやら「王城レンはキレるとヤバイ」という噂が広まったようだ。


 ◇


 次の日。

 待ちに待った柳生さんと会う日がやってきた。


「ふぅ……。どうにか熱海に着いたぞ」


 この日、俺は現世で初めて電車に乗った。

 そのせいで、前世と勝手が違っていて苦労した。


 というのも、2025年はまだICカードが主流なのだ。

 改札機にカードをタッチするという行為自体を忘れていた。

 2030年を過ぎた頃には、手ぶらでも自動認証で通れるようになる。

 その感覚でいたものだから改札で弾かれて軽く混乱した。


(2025年にもっと適応しないとな……)


 駅前でタクシーを拾い、シオン校長から聞いていた住所を告げる。

 運転手がいるのもこの時代ならではだが、その点は既に慣れていた。

 そこらの道路に車が走っているからね。


「指定の住所はここだけど、いいのかい? こんなところで」


 ポツンと佇むログハウスの前でタクシーが停車した。

 表札に「柳生」と書いてある。


「はい、ここで問題ありません!」


 スマホで支払いを済ませて下車する。


(最先端の科学者が住みそうな場所に見えねぇな)


 建物からは木目のあたたかみが感じられる。

 周囲には深い緑と小鳥のさえずりが広がっていた。

 俺は深呼吸してからインターホンを押した。


「入りたまえよーん」


 スピーカーから陽気な男性の声が返ってくる。


「よーん……?」


 首を傾げつつ、俺は静かに扉を開けた。

「お邪魔します」といいながら、ログハウスの中に足を踏み入れる。


 入ってすぐに、広々としたリビングスペースがあった。

 壁際にはホワイトボードや謎の計測器具らしき装置が並んでいる。

 床には配線が散らばっていて、いかにも理系の研究室という雰囲気だ。

 この家の主――柳生さんが目当ての人物っぽいと思えて安心する。


「やっほーい!」

 奥のソファに腰掛けている初老の男性が、俺に向かって手を振ってきた。

 年齢は70代半ばくらいで、短く刈った髪がところどころ白くなっている。

 丸眼鏡をかけていて、痩せ型で、ジャケットを羽織っている。


(思っていたよりも話しやすそうな雰囲気だな)


 この手の科学者は頑固者で人格に難がある、というのが定番だ。

 しかし、柳生さんはそういったタイプではなかった。


「君がレンくんだね。シオンちゃんから聞いているよーん。こう見えて私は女の子が好きでね。女装でもかまわないから女の子になってくれないかい?」


「は?」


「冗談だよ。半分本気だけどね」


 柳生さんは楽しげに笑うと、傍のテーブルに置いてあるマグカップを取った。

 何が入っているのかは知らないが、グビッと一気に飲み干す。


「あの、柳生さん、本日はお時間をいただきありがとうござ――」


「あー、いい! そういう堅苦しいの、いらん!」


 柳生さんが「いらん、いらん!」と手を振る。


「シオンちゃんの話によると、君は前世で2040年まで生きたあと、時空の歪みから大量にやってきた魔物と戦って死に、15年の時を遡って現世にやってきた、ということだね?」


「そうです。それで、このままだと2040年にまた魔物の大規模侵攻が起きるかもと思っていて、どうにかしたいと思っています。馬鹿げた話かもしれませんが、俺は本気でそう考えていて、柳生さんのお力をお貸しいただければ嬉しいなぁ、みたいな……」


「なるほどなぁ」


 柳生さんは空のマグカップをテーブルに置くと立ち上がった。


「君の話が真実だと仮定しても、現世ではまず問題ないだろう、と私は考える」


「問題ないとは……?」


「前世の君は現世と違う行動をしているだろ? それによって未来が変わってしまったので、前世と現世では別の未来になるということさ」


「は、はぁ……?」


 俺には全く理解できなかった。


「要するに、2040年問題の対処をしようとしなくても、君が前世と全く違う行動で派手に立ち回れば問題は解決する。例えばロト7を連続して当てるとか、将来的にとてつもなく株価の上がる会社の株を買い漁るとか。そういうことをするだけで社会に大きな影響を及ぼして、未来が変わるということさ」


「すみません、さっぱり分からないです……」


「おいおい、本気かい? タイムトラベル系の映画では定番だよ?」


「あー、そういうことですか」


 その説明なら、俺でも理解できる。


「俺は柳生さんみたいに賢くないので分からないのですが、『俺が派手に立ち回れば2040年問題は絶対に解決できる』というわけではないですよね?」


「まぁな」


「俺は2040年問題は起こると考えているんです」


「そう仮定して話を進めてほしいということだね?」


「たぶんそうです!」


 柳生さんは「ふむ」と言ってしばらく黙り込んだ。


「普通ならこの手の与太話には取り合わないのだが、シオンちゃんの紹介だし、何より君は本気だ。だから私も真剣に答えるが、仮に2040年問題が確実に起こるものだとしても、私が協力できることは何もないよ」


 柳生さんはきっぱりと断言した。


「でも、柳生さんは魔工研のエリートなんじゃ……」


「エリートなんて言葉で片付けられては困る。私は天才科学者だよ。魔石に込められた魔力を様々なエネルギーに変換する技術を開発したのは私だし、〈ロビー〉を開発したのも私だ。もちろんポータルの位置を調整できるようにしたのも私だ」


「すごい……! それなのに手立てがないのですか?」


 柳生さんは「うむ」と頷いた。


「私が君の立場でも、基本的には同じ行動を取っているよ」


「対魔防衛軍の総司令ですか」


「君の場合はそうだな。あいにく私は戦闘のセンスがないから、私だったら前世の知識を活かして政財界を牛耳るだろう。そして、対魔防衛軍に圧力を掛けたり、別の組織を設立したりして、2040年問題に対する備えを強化している」


「なるほど……」


 俺が馬鹿なりに考えて辿り着いた答えが、一応の最適解だったのだ。

 柳生さんに言われると、納得するしかなかった。


「すまんね、役に立てなくて」


「いえ、すごく参考になりました。それに、自分の行動に自信を持てるようになりました。今後は今よりも派手な立ち回りを意識しつつ、対魔防衛軍のトップになれるよう頑張ります。そして、必ずや魔王軍に勝てる軍隊を作ります!」


 目標を再認識できただけでも、熱海に来た甲斐があったというものだ。

 俺は柳生さんにお礼を言い、足早に去ろうとした。

 そんな時だ。


「気になったんだが……魔王軍って何だ?」


 柳生さんが妙なところに食いついてきた。


「魔王軍というのは、2040年に地球へ侵攻してくる魔物の軍勢のことですよ」


「魔物に階級や組織といった概念はないはずだが……『魔王軍』という名称は、君が勝手に名付けたものか?」


 俺は「いえ」と首を振った。


「魔物の中に『魔人』と呼ばれる種族がいるんですけど、そいつらは人間の言語を話せるんです。それで、そいつらが『魔王軍』と名乗っていて、大量の魔物を率いて攻め込んでくるんです」


「なっ……! それは本当か!?」


 突然、柳生の目の色が変わった。


「は、はい、本当です。俺自身、前世で魔人族と話しています。魔王の姿は見たことないのですが……」


「レンくん、そんな大事な情報があるなら最初に言うべきだろ!」


 柳生さんが目をキラキラと輝かせながら詰めてきた。

 俺の両肩を掴んで激しく前後に揺らしてくる。


「そ、そんな大事な情報ですか? 魔人族って……」


 たしかに魔人族は珍しい種族ではある。

 前世でも、魔王軍の侵攻が始まるまでは見たことがなかった。


「大事どころではないぞ! 今ので一つ閃いた!」


「閃いた!?」


 柳生さんが「ああ!」と頷く。


「レンくん、私は2040年問題の解決に繋がる糸口を見つけたかもしれん!」


「本当ですか!?」


 全身の血が沸騰するような、そんな感覚に襲われる。

 それほどまでに、柳生さんの発言は衝撃的だった。

評価(下の★★★★★)やブックマーク等で

応援していただけると執筆の励みになります。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ