021 魔工研の天才科学者
その後、当然ながら俺にも“お説教”が待っていた。
校長室に呼び出され、優しい口調で厳重注意を受けたのだ。
国魔では、暴力行為は厳罰になるという。
通常であれば、俺の行為は余裕の退学レベルだった。
ただし、今回は大目に見てもらえることになった。
理由は二つある。
一つは青山の発言が度を超して侮辱的だったからだ。
それに加えて、俺は完全な第三者ではなく、シズハのPTに所属している。
仲間を守る行為として、情状酌量の余地が認められた。
もう一つは、青山が学校側に正式な被害届を出さなかったからだ。
被害を訴えた場合、彼自身も侮辱的な発言によって処罰されてしまう。
その点を嫌がって、青山は「転んで顔面を打った」と主張した。
とはいえ、俺の暴行は多数が目撃していた。
場所も職員室だったので、現行犯ということで厳重注意になったのだ。
この件では、仲間にも迷惑を掛けてしまった。
「レン、あんたやりすぎよ! 気持ちはわかるけど、もっと大人の対応ってものがあるでしょ?」
アリサからは心配気味に怒られた。
「こんなこと言っちゃダメだけど……私はスカッとしたよ」
ユキナは、ぽわんと頬を赤らめながら優しい言葉をかけてくれた。
「私のせいで、レンくんにこんな迷惑をかけちゃった。ごめんね……」
一方、シズハは申し訳なさそうな顔で俯いていた。
「気にしないでください、シズハ先輩。俺が悪いんです。ああいう発言を許せるほど、できた人間じゃないんで」
そう答えると、シズハはハッと目を見開き、照れたように微笑んだ。
「……ありがとう。本音を言うと、嬉しかったよ。私のこと、庇ってくれて」
これ以降、俺たちのPTについて抗議する生徒はいなくなった。
どうやら「王城レンはキレるとヤバイ」という噂が広まったようだ。
◇
次の日。
待ちに待った柳生さんと会う日がやってきた。
「ふぅ……。どうにか熱海に着いたぞ」
この日、俺は現世で初めて電車に乗った。
そのせいで、前世と勝手が違っていて苦労した。
というのも、2025年はまだICカードが主流なのだ。
改札機にカードをタッチするという行為自体を忘れていた。
2030年を過ぎた頃には、手ぶらでも自動認証で通れるようになる。
その感覚でいたものだから改札で弾かれて軽く混乱した。
(2025年にもっと適応しないとな……)
駅前でタクシーを拾い、シオン校長から聞いていた住所を告げる。
運転手がいるのもこの時代ならではだが、その点は既に慣れていた。
そこらの道路に車が走っているからね。
「指定の住所はここだけど、いいのかい? こんなところで」
ポツンと佇むログハウスの前でタクシーが停車した。
表札に「柳生」と書いてある。
「はい、ここで問題ありません!」
スマホで支払いを済ませて下車する。
(最先端の科学者が住みそうな場所に見えねぇな)
建物からは木目のあたたかみが感じられる。
周囲には深い緑と小鳥のさえずりが広がっていた。
俺は深呼吸してからインターホンを押した。
「入りたまえよーん」
スピーカーから陽気な男性の声が返ってくる。
「よーん……?」
首を傾げつつ、俺は静かに扉を開けた。
「お邪魔します」といいながら、ログハウスの中に足を踏み入れる。
入ってすぐに、広々としたリビングスペースがあった。
壁際にはホワイトボードや謎の計測器具らしき装置が並んでいる。
床には配線が散らばっていて、いかにも理系の研究室という雰囲気だ。
この家の主――柳生さんが目当ての人物っぽいと思えて安心する。
「やっほーい!」
奥のソファに腰掛けている初老の男性が、俺に向かって手を振ってきた。
年齢は70代半ばくらいで、短く刈った髪がところどころ白くなっている。
丸眼鏡をかけていて、痩せ型で、ジャケットを羽織っている。
(思っていたよりも話しやすそうな雰囲気だな)
この手の科学者は頑固者で人格に難がある、というのが定番だ。
しかし、柳生さんはそういったタイプではなかった。
「君がレンくんだね。シオンちゃんから聞いているよーん。こう見えて私は女の子が好きでね。女装でもかまわないから女の子になってくれないかい?」
「は?」
「冗談だよ。半分本気だけどね」
柳生さんは楽しげに笑うと、傍のテーブルに置いてあるマグカップを取った。
何が入っているのかは知らないが、グビッと一気に飲み干す。
「あの、柳生さん、本日はお時間をいただきありがとうござ――」
「あー、いい! そういう堅苦しいの、いらん!」
柳生さんが「いらん、いらん!」と手を振る。
「シオンちゃんの話によると、君は前世で2040年まで生きたあと、時空の歪みから大量にやってきた魔物と戦って死に、15年の時を遡って現世にやってきた、ということだね?」
「そうです。それで、このままだと2040年にまた魔物の大規模侵攻が起きるかもと思っていて、どうにかしたいと思っています。馬鹿げた話かもしれませんが、俺は本気でそう考えていて、柳生さんのお力をお貸しいただければ嬉しいなぁ、みたいな……」
「なるほどなぁ」
柳生さんは空のマグカップをテーブルに置くと立ち上がった。
「君の話が真実だと仮定しても、現世ではまず問題ないだろう、と私は考える」
「問題ないとは……?」
「前世の君は現世と違う行動をしているだろ? それによって未来が変わってしまったので、前世と現世では別の未来になるということさ」
「は、はぁ……?」
俺には全く理解できなかった。
「要するに、2040年問題の対処をしようとしなくても、君が前世と全く違う行動で派手に立ち回れば問題は解決する。例えばロト7を連続して当てるとか、将来的にとてつもなく株価の上がる会社の株を買い漁るとか。そういうことをするだけで社会に大きな影響を及ぼして、未来が変わるということさ」
「すみません、さっぱり分からないです……」
「おいおい、本気かい? タイムトラベル系の映画では定番だよ?」
「あー、そういうことですか」
その説明なら、俺でも理解できる。
「俺は柳生さんみたいに賢くないので分からないのですが、『俺が派手に立ち回れば2040年問題は絶対に解決できる』というわけではないですよね?」
「まぁな」
「俺は2040年問題は起こると考えているんです」
「そう仮定して話を進めてほしいということだね?」
「たぶんそうです!」
柳生さんは「ふむ」と言ってしばらく黙り込んだ。
「普通ならこの手の与太話には取り合わないのだが、シオンちゃんの紹介だし、何より君は本気だ。だから私も真剣に答えるが、仮に2040年問題が確実に起こるものだとしても、私が協力できることは何もないよ」
柳生さんはきっぱりと断言した。
「でも、柳生さんは魔工研のエリートなんじゃ……」
「エリートなんて言葉で片付けられては困る。私は天才科学者だよ。魔石に込められた魔力を様々なエネルギーに変換する技術を開発したのは私だし、〈ロビー〉を開発したのも私だ。もちろんポータルの位置を調整できるようにしたのも私だ」
「すごい……! それなのに手立てがないのですか?」
柳生さんは「うむ」と頷いた。
「私が君の立場でも、基本的には同じ行動を取っているよ」
「対魔防衛軍の総司令ですか」
「君の場合はそうだな。あいにく私は戦闘のセンスがないから、私だったら前世の知識を活かして政財界を牛耳るだろう。そして、対魔防衛軍に圧力を掛けたり、別の組織を設立したりして、2040年問題に対する備えを強化している」
「なるほど……」
俺が馬鹿なりに考えて辿り着いた答えが、一応の最適解だったのだ。
柳生さんに言われると、納得するしかなかった。
「すまんね、役に立てなくて」
「いえ、すごく参考になりました。それに、自分の行動に自信を持てるようになりました。今後は今よりも派手な立ち回りを意識しつつ、対魔防衛軍のトップになれるよう頑張ります。そして、必ずや魔王軍に勝てる軍隊を作ります!」
目標を再認識できただけでも、熱海に来た甲斐があったというものだ。
俺は柳生さんにお礼を言い、足早に去ろうとした。
そんな時だ。
「気になったんだが……魔王軍って何だ?」
柳生さんが妙なところに食いついてきた。
「魔王軍というのは、2040年に地球へ侵攻してくる魔物の軍勢のことですよ」
「魔物に階級や組織といった概念はないはずだが……『魔王軍』という名称は、君が勝手に名付けたものか?」
俺は「いえ」と首を振った。
「魔物の中に『魔人』と呼ばれる種族がいるんですけど、そいつらは人間の言語を話せるんです。それで、そいつらが『魔王軍』と名乗っていて、大量の魔物を率いて攻め込んでくるんです」
「なっ……! それは本当か!?」
突然、柳生の目の色が変わった。
「は、はい、本当です。俺自身、前世で魔人族と話しています。魔王の姿は見たことないのですが……」
「レンくん、そんな大事な情報があるなら最初に言うべきだろ!」
柳生さんが目をキラキラと輝かせながら詰めてきた。
俺の両肩を掴んで激しく前後に揺らしてくる。
「そ、そんな大事な情報ですか? 魔人族って……」
たしかに魔人族は珍しい種族ではある。
前世でも、魔王軍の侵攻が始まるまでは見たことがなかった。
「大事どころではないぞ! 今ので一つ閃いた!」
「閃いた!?」
柳生さんが「ああ!」と頷く。
「レンくん、私は2040年問題の解決に繋がる糸口を見つけたかもしれん!」
「本当ですか!?」
全身の血が沸騰するような、そんな感覚に襲われる。
それほどまでに、柳生さんの発言は衝撃的だった。
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