020 お説教
翌日以降も、俺たちのPTに課されるプログラムは『コミュニケーションの強化』を目的としたものばかりだった。
AIが決めたテーマで雑談をしたり、何故か中学の勉強を教え合ったり。
一方、他所のPTに目を向けると、俺たちとは全く違っていた。
演習場で実戦形式の活動をしていたり、グラウンドを走っていたり。
まさに俺たちが思い描いていたような活動をしているのだ。
「私も去年は実戦的なプログラムばかりだったんだけど……」
シズハも困惑している様子だった。
そこで俺は、ある日、風間教官に質問してみた。
「教官、俺たちのPTだけ異様にぬるいプログラムなのはどうしてなんでしょうか?」
風間教官は短い黒髪を軽くかき上げると、さらりと答えた。
「それだけAIがレンくんたちの戦闘力を高く評価しているということだ。だから互いを深く知ることが上達の近道――そう判断しているのだろう」
その説明には納得できる。
俺は学生に負けるほどヤワじゃないし、アリサも腕が立つ。
そこにユキナとシズハのサポートも加われば、学内では負けなしだろう。
実際、AIは俺たちの活動内容を高く評価していた。
アリサは数日で1位に返り咲き、俺もいつの間にやら3位だ。
入学時に99位だったユキナは22位に達し、シズハも25位である。
順位が上がっているので文句はない。
だからといって不安が払拭されることもなかった。
今は順調でも、後半に追い上げられるような事態は避けたい。
そこで俺たちは、午後になると演習場に通いまくった。
実戦形式で連携を高めて、個人ではなくPTとしての強化を行う。
時には二人ずつに分かれて倒した魔物の数を競うなどの遊びも混ぜた。
あと、俺の魔石を回収する都合もあってダンジョンに行くことも。
もちろん、そうした午後の活動はAIの評価対象外だ。
俺たちの順位については、あくまでも午前の活動のみが反映されている。
つまり、教室でのお喋りだけで1位や3位や22位や25位になっているわけだ。
当然、他所のPTは納得しなかった。
◇
そうして迎えた翌週の金曜日。
「レン、今日も午後は演習場だからね! 昨日は負けたけど今日は勝つから! 覚悟しなさいよ!」
午前の活動を終えて食堂に向かう道すがら、アリサが言ってきた。
「昨日どころか一昨日もその前の日もこてんぱんに負けているだろ」
「う、うるさい!」
アリサとは、ほぼ毎日にわたって模擬戦をしていた。
学校のルールでタイマンが不可能なため、形式的にユキナとシズハも参加している。
今のところ俺の全戦全勝だ。
彼我の実力差は歴然としており、負ける気配がない。
それでも、侮ることはできなかった。
アリサの上達速度が異常なのだ。
俺を打ち負かそうと努力しているからだろう。
最初の頃と違って固有スキルを連発することもなくなっていた。
もちろん俺も成長している。
ただ、差が縮まりつつあることは否めなかった。
「シズハ先輩、私たちも頑張りましょう!」
ユキナが言うと、シズハは「もちろん!」と微笑んだ。
「あのPTだけ楽して順位を上げて不公平っすよ!」
職員室の前を通っていると、生徒の怒声が聞こえてきた。
その言葉に、複数の生徒が「そうだそうだ」と賛同している。
「なんだ?」
俺たちは開きっぱなしの扉から中の様子を覗いてみた。
「人間が採点すると、どれだけ頑張っても私情が入ってしまう。だから国魔ではAIが全てを評価するシステムになっている」
男性の教官が答える。
校内で何度か見かけた顔だが、名前は分からない。
俺が知っているのは風間教官くらいだ。
「そんな説明じゃ納得できませんよ! 俺たちなんてダメージ設定ありのレッドマンティス100体と戦われたんですよ! それでアツシは30針も縫う羽目になったんだ!」
生徒たちは「不公平」や「インチキ」と連呼している。
すぐに彼らが何に対して抗議しているのか分かった。
俺たちのPTについて怒っているのだ。
「見てくださいよ、この順位。王城や鳳条院は百歩譲っていいとしても、白峰なんて入学時は99位だったんですよ! なのに今は22位だ! 教室で喋っているだけでこの順位なんてズルですよ!」
ユキナが「うっ……」と声を詰まらせる。
悲しそうな目で俯いた。
「八神が25位ってのもおかしいと思う。アイツ、1年の時はずっと60位台だったんだ。それが奇跡的に最後の最後で50位になって退学を免れた。そんな奴が、新学期が始まって2週間足らずで25位ってどうかしている」
2年生と思しき生徒が言う。
「八神のことなら俺も知っているぜ。アイツ、戦闘力は大したことないし、スキルだってCランクの微妙なやつだ。一気に順位が上がるタイプじゃない」
その言葉を聞いたシズハが、申し訳なさそうに小さく笑う。
「情けないけど彼らの言う通りよね……アハハ」
ユキナは俯き、アリサは怒りのこもった表情で眉を吊り上げた。
「あいつら、許せない!」
アリサが職員室に突撃しようとする。
「やめておけ。時間の無駄だ」
俺はアリサの肩を掴んで止めた。
「でも……!」
「俺たちは何も後ろめたいことなどしていない。それに、弱い犬ほどよく吠えるものだ。あいつらが喚いている間に、俺たちはもっと強くなればいい。他のPTが追いつけないほどにな」
アリサは一瞬だけ俺を睨んだが、すぐにフッと息を吐いた。
「……言うじゃん。そうね、あんな奴らの相手をする暇があったら、その時間を鍛錬に費やすほうが賢いわ」
「レンくん、いいこと言うね。カッコイイ……!」
ユキナは頬をわずかに赤らめ、音が鳴らない程度の小さな拍手をした。
「ありがと、レンくん。ごめんね、不甲斐ないリーダーで」
「そんなことありませんよ。シズハ先輩はすごくいいリーダーです」
アリサとユキナが頷く。
「だといいんだけど。でも、もっと頑張らないとね!」
シズハが笑みを浮かべる。
そして、俺たちは大人しくその場を去ろうとしたのだが――。
「AIが公平にジャッジしているって言うけど、少なくとも八神シズハに関しては違いますよね」
――そんな声が聞こえてきて、足が止まった。
発言したのは青髪の生徒で、雰囲気的に二年か三年だろう。
シズハについて話しているので二年の可能性が高い。
「何を言っている?」
男性の教官が尋ねると、その生徒はヘラヘラと笑い出した。
「二年の間じゃ有名な話ですよ。八神が最後の最後で50位になって退学を免れたのって、風間教官が裏で順位をいじったからだって」
「馬鹿なこと言うな!」
男性の教官が怒鳴る。
それでも、青髪の生徒は話を続けた。
「あそこまで露骨だと答え合わせしているようなもんですよ。1年の時の八神は、PTでいるよりも風間教官といる時のほうが多かった。噂じゃ、風間教官に体を売っているとかなんとか」
さすがに行き過ぎた発言だ。
「酷い……」
ユキナが口に両手を当てる。
アリサは言葉を失い、シズハは目に涙を浮かべていた。
「悪いな三人とも、ちょっと用事ができた」
俺は職員室に入っていく。
「あ、ちょ、レン!」
アリサが呼んでくるが、俺は止まらなかった。
大股で生徒の群れに突っ込んでいき、青髪野郎の肩を掴む。
「おい」
「なん――ブヘホッ!」
青髪野郎が盛大に吹き飛ぶ。
振り返りざまに、俺が左頬に右フックをぶち込んだからだ。
場が静まり返り、皆が俺を見てきた。
「てめぇ……何しやがんだ!」
青髪野郎が俺を睨む。
「分かっているだろ? 馬鹿な先輩に“お説教”をしに来たんだよ」
次の瞬間、俺は青髪野郎の顔面を踏みつけた。
「おい青山! 大丈夫か!」
慌てて別の生徒が固有スキルを発動する。
青髪野郎こと青山の顔面が綺麗に回復した。
「ほお? お前、いい回復スキルを持っているな」
これなら青山を好きなだけ“お説教”できる。
ということで、俺は再び青山の顔面を踏みつけた。
「おい、回復スキルで治してやれ」
「は、はい」
青山の傷が癒えると、再び顔面を踏みつける。
何度も、何度も、何度も。
「回復スキルだ」
「はい……」
その後も、顔を踏んでは回復させるという行為を繰り返した。
青山は外傷こそ負っていないものの、服は鼻血によって赤く染まっていた。
周囲の生徒は言葉を失っており、教官も顔を真っ青にしていた。
「お、おい、王城、その辺りで……」
「なんだ? お前が代わりに“お説教”を受けたいのか?」
「いえ、何でもありません……」
しばらくの間、職員室には鈍い音が響き続けた。
逃げようとする生徒には声を掛けて、“お説教”を直視させる。
「このくらいでいいだろう」
青山の意識が途絶えたので、俺は“お説教”を終了した。
そして、他の生徒たちを睨みながら言う。
「AIの評価には俺たちだって納得していない。だから、お前たちが文句を言っても気にしない。逆の立場なら俺だって不満に思うだろう。だがな、個人的な侮辱は断じて許さない。シズハ先輩だけではなく、アリサやユキナについても同様だ。文句があるなら俺が相手になってやる。分かったな?」
生徒たちは怯えきった表情で俯いていた。
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