018 シオン校長のお話
「シオン校長、王城です!」
校長室の扉をノックすると、すぐに「入りなさい」との返答があった。
「失礼します!」
扉を開けて中に入る。
(これが校長室……!?)
視界には、普通の学校だとあり得ない光景が広がっていた。
床には淡い紺色のカーペットが敷かれ、左右の壁は一面がパネルになっている。
中央には合金製の大きなデスクがあり、校章のホログラフィックが浮かんでいた。
この時代では間違いなく近未来的で、俺にとっては懐かしさを感じる空間だ。
「よく来てくれたわね。できれば『そこのソファにでも座りなさい』と言うべきところだが、見ての通りこの部屋には来客用の椅子がなくてね」
シオン校長は純白のリクライニングチェアに座りながら言った。
「別に立ったままでかまいませんが、俺に何の用でしょうか?」
恐る恐る切り出す。
「そう構えなくていい。ただ君の話を聞きたくなっただけよ」
「俺の話?」
「レンくん、君は神威中将と命懸けの勝負をしてまで本校に入ることを希望した。そして、その理由に『対魔防衛軍の総司令になること』を挙げている。そうよね?」
「はい、その通りです」
「私が知りたいのはその理由よ。あと、できれば君ほどの実力者が神威中将と戦うまで埋もれていた理由も知りたいわね。通常なら、どこかしらで名を轟かせているはずだから」
「なるほど」
心の中で安堵の息を吐く。
退学や停学になるような話ではないようだ。
校長室に向かう途中、「もしかして……」と思うことがあった。
ダンジョンで遭遇した悪党四人組の件だ。
正当防衛とはいえ、俺は彼らを半殺しにしてしまった。
そのことかと思ってヒヤヒヤしていたのだ。
「シオン校長の質問に答えてもいいのですが、絶対に信じないと思いますよ」
「かまわないわ。これでも心は純真なのよ? 大抵の話は素直に信じるタイプだから」
入学式で朝食について語っていた時と違い、柔らかい雰囲気のシオン校長。
「そういうことなら……」
俺は本当のことを話した。
2040年1月1日に、世界中の上空に時空の歪みが生じること。
そこから「魔王軍」と呼ばれる魔物の大軍勢が攻めてくること。
俺が最後の生き残りであり、何の因果か15年前に遡ったこと。
包み隠さず全てを伝える。
シオン校長は適当な相槌を打ちながら話を聞いていた。
アリサと違って鼻で笑うことはなく、最後まで真剣な表情だった。
そして、俺が話し終えると言った。
「全くもって信じがたい話ね」
ズコーッと転ぶ俺。
てっきり信じてもらえていると思ったのだ。
「でも、これが本当なので……」
「でしょうね」
「え? でしょうねって?」
「話の内容は信じがたいけど、レンくんが嘘をついていないことは分かるわ。私、男のウソを見抜く力には自信があるから」
「本当ですか」
俺は苦笑いを浮かべた。
入学式における朝食の話もそうだが、どうにもこの人は掴めない。
威厳も貫禄もあるけれど、それ以上に強烈なミステリアスさを秘めている。
「2040年から時を遡ってきたとか、魔王軍がどうとかいうのは脇に置くとして、時空の歪みから魔物が出てくるという話自体はあり得る……というか、既に起きているのよね」
「なっ……!?」
俺は愕然とした。
「SNSで『魔物 出た』とか『魔物 地球』とかで検索してみると分かるけど、そういう発言をしたり写真を載せたりしているアカウントが見つかるわよ」
「マジかよ……!」
その場でスマホを取り出して調べたところ、本当に出てきた。
前世だとSNS自体が無縁だったので気づきもしなかった。
「あれ? どの発言もフェイク扱いされていますよ」
「情報統制がかかっているのよ。日本だけじゃなくて世界的にね。だからSNSでこの手の話をしても、『陰謀論者』とか『妄想癖』といって片付けられるだけ」
「なんでそんなことを……!」
「魔物はダンジョンで厳重に管理されていて、うっかりロビーに出ることはあっても地球まで出ることはない……そういうことにしたいからよ。滑稽な話よね、数十年前までは地球に魔物が出現するなんて当たり前だったのに」
「え?」
これまた知らない情報が出てきた。
「知らないの? 地球にダンジョンが現れてすぐの頃って、地球に魔物が出ることなんて日常茶飯事だったのよ」
「そうだったんだ。知りませんでした」
「その様子だと、地球とダンジョンを結ぶ中継地点が存在しなかったことも知らなさそうね」
俺は静かに頷いた。
「よかったら、その辺の話を詳しく教えてもらっていいですか?」
ダンジョンの成り立ちを知れば何か分かるかもしれない。
そんな予感がして、俺はシオン校長に尋ねた。
「図書館に行けばいくらでも分かることだけど……まぁいいわ。私の質問に答えてもらったお礼に教えてあげる」
そう言うと、シオン校長は詳しい話をしてくれた。
「世界中にダンジョンが現れると同時に、人類は固有スキルが発現した。でも、この時は今ほど整備されていなくて、ポータルの場所もバラバラだし、不定期に変動したりしていたの」
「じゃあ、家の裏庭にポータルが出るとかもあったんですか」
「そんなの日常茶飯事よ。で、現在の対魔防衛軍に当たる部隊が駆けつけた頃にはポータルが消えて魔物だけが残っている……みたいなこともよく起きた」
「酷いな……。そこからどうして今の形に?」
「日本はまだマシだったんだけど、国土のわりに人口が少ない国……米国やロシアなんかがそうだけど、そういうところでは被害が甚大だったの。そこで、世界で協力して魔物の問題を解決しよう、ということで研究機関が設立された」
「それって〈世界魔力工学研究所〉ですか?」
「なんだ、知っているじゃないの」
「名前だけですが……!」
世界魔力工学研究所――通称「魔工研」は、俺でも知っている有名な組織だ。
魔石の魔力をエネルギーに変換する技術などを開発したことで知られている。
「それなら話が早いわね。魔工研の人らがアレコレ頑張ったことで、ロビーができ、ダンジョンのポータルを一定の地点に留めることが可能になったの」
「それでロビーにはランクごとにダンジョンポータルが並んでいたわけですね」
「そういうこと。……で、今は魔工研の技術によってポータルの位置が固定化され、魔物が家の裏庭に出てくるなんて事態もなくなったのだけど、たまにイレギュラーな存在が現れるのよね」
「なるほど……」
シオン校長と話していて、改めて思った。
俺は馬鹿だ、と。
地球にダンジョンが現れて数十年。
少なくとも100年前にはダンジョンなどなかったわけだ。
もちろん固有スキルだって存在していない。
であれば、ダンジョンが現れてすぐの頃はどうだったのか。
その点を調べるのは、むしろ当たり前のことだと言えた。
なのに、俺は全く考えが及んでいなかったのだ。
「シオン校長には信じられないと思いますし、それが普通ではあるんですけど、俺は本気で2040年に魔王軍の大侵攻があると考えているんです。だから、もし何か知恵があるならお貸しいただけませんか?」
アリサとの会話によって、俺は“予防”という考え方を身に着けた。
シオン校長に頼ることで、具体的な予防策が見つかるかもしれない。
「協力してあげたいけど、私には何のアイデアもないわ」
残念ながら、思い通りにはいかなかった。
――と思いきや。
「でも、アイデアを出せそうな人なら知っているわよ」
「本当ですか!? 誰ですか!? もしかしてミコト!?」
「いいえ、あの子は私たちと同じで馬鹿よ」
シオン校長が笑いながら首を振る。
当たり前のように「私」ではなく「私たち」と言っていた。
俺も仲間ということだ。
「柳生ソウイチロウって知ってる?」
「いえ! 知りません!」
「今は75歳かそこらの老いぼれなんだけど、魔工研の創立に携わった天才科学者よ」
「シオン校長、そんな人と知り合いなんですか!?」
「知り合いってほどでもないわ。バーでナンパされて、一方的に連絡先を教えられただけの関係だから」
またしてもズコーッと転ぶ俺。
「でも、この手の話ならあの爺さんが一番だと思うわ。表向きはアメリカの手柄ってことにされているけど、魔工研の革新的な技術は基本的に柳生の爺さんが開発したものだから」
「すげぇ……!」
「会いたいならアポを取ってあげるけど……どうする?」
俺の答えは決まっていた。
「是非! よろしくお願いし――」
「あ、OKだって。来週の土曜13時に熱海ね。レンくん、君の健闘を祈る!」
ズコーッ!
俺が言い終える前に、シオン校長はアポを取っていた。
話をしながらテーブルの下で柳生さんにメールを送っていたらしい。
ありがたいけれど……やっぱり読めない人だ。
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