015 嫌な予感と良い予感
その後も順調に進み、俺たちは魔物を狩り続けた。
「さすがに宝箱はないか」
「宝箱って、その辺にポンッとあるものなの?」
アリサが魔石を拾う。
固有スキルを発動していないが、それでも疲労の色が窺えた。
「ああ、その辺にあるよ。唐突に現れるんだ」
「そうなんだ。何が入っているの?」
「色々だよ。魔石の詰め合わせとか、装備とか」
「装備!?」
アリサの目がキラキラと輝く。
「他の冒険者が着けていたものだけどな」
「え? そうなの?」
「宝箱の中身って、そのダンジョンで死んだ冒険者の遺品なんだよ」
「そうなんだ……」
「死んでからしばらくすると、魔物も人間も忽然と消えるんだ。で、それがどういう仕組みかは知らないけど宝箱に入って現れる」
「じゃあ、他人のマイナンバーカードとかも出てくるのかな?」
アリサが面白いことを言い出した。
「いや、魔石と武具が大半だよ。たまに別のガラクタとかもあるけど、マイナンバーカードはないかな」
「レンって物知りなんだね」
「前世の記憶があるからね」
「……その面白くないネタ、まだ擦るの?」
「これは失礼」
話が終わったところで、俺は足を止めた。
「そろそろ帰るか。石拾いは十分だろう」
「思ったより働かされたわ。ちょっとは換金して分け前をよこしなさいよ」
「何を言っているんだ? 換金ができるのはEランクになってからだぞ?」
「え、そうなの?」
「嘘だよ。換金に制限があるわけないだろ」
アリサが「かぁ!」と顔を赤くして怒る。
その様子を見て、俺は声を上げて笑った。
「さて、戻るか……ん?」
来た道を戻ろうと振り返ると、遠くから近づいてくる冒険者に気づいた。
ガラの悪い男の四人組だ。
年齢は20代半ばくらいで、うち二人の腕にはタトゥーが入っている。
明らかに俺たちへ近づいてきていて、何だか嫌な予感がした。
「おいおーい、ダンジョンでデートかぁ?」
「羨ましいねぇ! でもいけないねぇ!」
「子供だけでダンジョンに来ちゃいけないって常識っしょお?」
「つーか、めっちゃイイ女じゃん! うひょひょ!」
案の定、連中は俺たちに絡んできた。
どう見てもザコである。
中学時代にしばいた黒門よりも弱いだろう。
なので俺は何とも思わなかったのだが――。
「レン……どうしよ……」
アリサは怯えていた。
予想だにしない事態に怯えきっている。
「どうもこうもない。相手にしないでいいよ」
俺は「行こう」とアリサの手を掴んで歩き出す。
しかし、四人組が道を塞いできた。
「なーにシカトこいちゃってんの、お前」
「金だけ巻き上げるつもりだったけど気ぃ変わったわ」
「女も置いていけや」
「さもないと……殺すぞ?」
男たちが刀剣をちらつかせてくる。
「お前ら、ダンジョン内で他の冒険者に危害を加えたら逮捕されるぞ。冒険者保護法を知らないのか?」
俺は冷静に対応した。
ダンジョン内の平和が維持されているのは保護法があるからだ。
ここで問題を起こすと、ロビーに出たところで逮捕される。
AIが自動的に犯罪を検知する仕組みだ。
刑罰は地球上での犯罪よりも厳しく、軽い暴行でも懲役刑になる。
「冒険者保護法だぁ?」
「なに言ってんだおめぇ!」
「そんな法律あるわけねーだろ!」
「ダンジョン内は無法地帯、これジョーシキ!」
連中が「ギャハハハ」と笑っている。
(こいつら、冒険者保護法を知らないのか? いや、そんなはずはない)
冒険者保護法が施行されると決まった時、世間で大きな話題になった。
大規模なデモが起きて、軽いパニックになったくらいだ。
それを知らないなどということは絶対にあり得ない。
(そうか! この時代にはまだ冒険者保護法が存在していないんだ!)
冒険者保護法の具体的な施行日は知らない。
だが、施行されていればダンジョン内で悪さをしようとはしないはずだ。
つまり――。
「ダンジョン内は無法地帯か。それはいいことを聞いた」
「「「「えっ」」」」
ザシュッ。
俺は迷うことなく悪党の足首を斬った。
「んぎゃあああああ! 俺の足がァアアア!」
「騒ぐなよ。絡んできたのはお前たちだろ?」
「こいつ! 許さねぇ!」
「殺せ! 殺すんだ!」
「死ねやぁあああああああああ!」
残りの三人が襲い掛かってくる。
俺は怯えるアリサを後ろに下げ、悪党どもを返り討ちにした。
手足に深い傷を与え、地面に血だまりを作ってやる。
「ゆる……ゆるじてぐだじゃい……」
悪党の一人が命乞いをしてくる。
「言われなくても殺しはしねぇよ」
俺は剣に付着した血を振り払うと、アリサの背中に左手を回した。
「行こう、アリサ。怖がらせてすまなかった」
「う、うん、大丈夫……! レン、すごかったね」
「こう見えて強いからな、俺」
「ふふ、知ってる!」
アリサがニコッと微笑む。
昨日とはまるで別人のような態度に、俺は「お、おう」と驚いた。
◇
ロビーに戻ると、不要分の魔石を換金した。
Eランクとはいえ、数が多かったので12万円になった。
「ほら、これが取り分だ」
俺はアリサに8万円を渡した。
「え、こんなに? 半分なら6万だよ。もしかしてこんな簡単な計算もできないの?」
アリサは驚いた様子で言った。
「失礼な奴だな。さすがの俺でもそのくらいの計算はできる」
「なら、なんで?」
「俺は自分用に魔石を持って帰るからな。それも換金していたら約16万円になっていただろう。その半分ということで8万円だ」
「なるほど。そういうことなら遠慮なくもらうね。ありがと!」
「おう」
「これが初めての報酬かぁ……なんか嬉しいね」
アリサはウキウキした様子で財布を取り出し、8万円を入れた。
◇
ダンジョンが終わったので解散。
――と思いきや、アリサが夕食を提案してきた。
腹も減っていたので承諾し、二人で適当なファミレスに入った。
店は彼女が決めた大手のチェーン店だ。
「ファミレスって美味しいもんだね! 安すぎて不安だったけど、普通に美味しくてびっくりした!」
夕食を終えて店から出ると、アリサが妙なことを言い出した。
「ファミレスに行ったことがないのか?」
「うん。実は私の家、わりとお金持ちなんだよね。それで、外食って言うとドレスコードのあるところばっかりで、こういう大衆的なところは初めてだったの」
「なるほど」
言われてみればお嬢様っぽいと思った。
「国魔に入ったらファミレスに行くって決めていたんだよね」
「国魔に入る前に行けなかったのか?」
「親の束縛が厳しかったからねー。国魔に入るのも『危ないからやめろ』って猛反対されてさ。それでも入ったから今は半ば勘当状態! 家も追い出されて、国魔の寮で生活してるよ」
「なかなか大変そうだ」
入学式の翌日だから当然ではあるが、俺は仲間のことを何も知らなかった。
アリサだけではなく、ユキナやシズハの家庭環境なども不明だ。
機会があったら、そういうことも話してみようと思った。
「ま、お互いに頑張ろうぜ。じゃあ、またな」
俺は解散の言葉を口にした。
「いやいや、『またな』じゃないでしょ!」
すると、何故かアリサが止めてきた。
「何か忘れていたか?」
「これってさ、一応、デートでしょ?」
アリサが上目遣いで見てくる。
「建前はそうだが……」
嫌な予感がする。
ふざけて言った「デート」を盾に何か言うつもりだ。
「デートだったらさ、ちゃんとレディを家まで送り届けなさいよ」
「……は?」
訂正する。
嫌な予感ではなく、非常に良い予感がしてきた。
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