013 勝利の見返り
フィールドの建造物が音もなく消えていく。
つい今しがたまであった市街地が跡形もなくなった。
俺に付与されていたゴブリンの力も消えていく。
「おい、見たかよ! 王城の動き!」
「Aランクのスキル持ち二人を相手取って勝ちやがったぞ!」
「立ち回りがプロって感じだよなー!」
「どれだけの場数を踏んだらあんな動きができんだよ!」
観戦席から生徒たちの興奮する声が聞こえる。
「逆に鳳条院と小野寺は大したことなかったな」
「どっちもスキルはAランクなんだろ?」
「入試の順位だって二人とも一桁……鳳条院なんて1位だぜ」
「やっぱり入試の順位は当てにならないな」
アリサや小野寺を嘲笑する声も聞こえてくる。
勝者には賛辞が、敗者には罵倒が飛んでくるわけだ。
「鳳条院、お前のせいでとんだ恥をかいたぜ! 畜生!」
小野寺はそう吐き捨てると、フィールドから去っていった。
アリサは何も言い返すことなく地面を眺めている。
呆然とした様子で「こんなの……嘘よ……」と繰り返していた。
「レンくん、ユキナさん、本当にお疲れ様! アリサさんもナイスファイトだった! 最後のリボンを使ったスキル、すごかったね!」
シズハが駆け寄ってきた。
アリサに対して気遣いを見せているが――。
「ありえない……私が……負けた……」
残念ながらアリサの耳には届いていなかった。
虚ろな目で地面を見つめたままだ。
『八神、戸締まりをしておくようにな』
風間教官はこちらに来ることなくその場をあとにした。
他の教官や生徒たちも続々と演習場を去っていく。
最後には俺たちのPTだけが残った。
「さて、アリサ――」
俺はアリサの肩に右手を置いた。
「最後はユキナに助けてもらう形になったが、勝利は勝利だ。だろ?」
「……え……?」
アリサが顔を上げて俺を見る。
艶やかな金色の髪が汗で服に張り付いていた。
「戦う前にした約束、覚えているよな? お前が勝ったら俺は退学、俺が勝ったらお前は俺の言うことを何でも聞く――そうだろ?」
「くっ……!」
アリサは悔しそうに唇を噛んだ。
目を伏せて、俺の顔を見ようとしない。
「な、何をすればいいのよ……」
しばらくして、アリサが言った。
表情だけでなく声まで悔しさに満ちている。
「まずは俺たちに謝ってもらおう。自分の過ちを認めて、今後は協力すると誓うんだ」
俺の言葉を聞き、アリサは苦々しげに顔を歪めた。
すぐには答えずに沈黙するが、やがて低く押し殺した声で言う。
「……ごめんなさい。私が意地を張りすぎて……迷惑をかけたことも認める。あと、色々と馬鹿にする発言をしてしまったのも……反省している。これからは……少しだけ、協力してあげるわ」
ひどく不本意そうなアリサ。
それでも、彼女は非を認めて謝罪した。
「よろしい!」
俺は笑顔で許した。
ユキナとシズハも安堵の表情を浮かべている。
「じゃあ、また何か命令したいことができたら言うから、連絡先を教えておいてもらえるか?」
「はぁ!?」
アリサが素っ頓狂な声を出した。
ユキナとシズハも驚いた表情をしている。
「何を驚いているんだ? 俺が勝ったんだから、今後も俺の命令には何でも従ってもらう。そういうルールでの勝負だろ?」
「いやいや、普通に考えてこれで終わりでしょ! いつまでも従うとか聞いてないんだけど!」
猛反発するアリサ。
対する俺は肩をすくめ、鼻で笑った。
「あのさぁ!」
アリサの肩に腕を回し、我ながら悪そうな笑みを浮かべて言う。
「俺は一度たりとも『一回でいい』とは言っていないよなぁ?」
「そうだけど……」
「それに、俺は退学を賭けたんだぜ? なのに謝罪一発で終わりって、割に合わないっていうか、常識的に考えてありえないよなァ? 鳳条院アリサさんはそういうご都合主義オッケーな感じっすかァ!?」
全力で追い込む。
「うっ……!」
アリサは反論を飲み込むように唇を噛んだ。
「レ、レンくんって、意外と怖いところがあるのね……」
「私も思いました……」
シズハとユキナは引きつった笑みを浮かべている。
どうやら二人は俺を聖人君子とでも思っていたようだ。
残念ながら俺は善人ではない。
むしろ、どちらかといえば畜生の部類に入るだろう。
未成年なのにアダルトサイトの年齢確認で18歳以上を選択するしな。
「それでぇ? どうするのかなァ!?」
「……分かったわよ。いいわ。従ってあげるわよ」
アリサは渋々ながら承諾した。
反故にすることをプライドが許さなかったのだろう。
「じゃあ、今日の晩にでも新たな……いや、いいことを閃いた。今から新たな指示を出そう」
話している最中に名案が浮かんだ。
「何よ……」
アリサは眉をひそめる。
「幸いにも明日は休日だろ?」
「そうだけど、それが何よ?」
「だからさ、アリサ、明日は俺とデートしろ」
「「「はぁっ!?」」」
アリサだけでなく、ユキナとシズハも仰天した。
◇
次の日――。
昼過ぎ、俺は東京タワー前にいた。
地味なパーカー姿で、一人寂しく突っ立っている。
目の前には縦長のブラックホールみたいなものが浮かんでいた。
ポータルと呼ばれる転移装置だ。
これを通ることでダンジョン――ではなく〈ロビー〉に行ける。
ロビーとは、地球とダンジョンの境界に位置する準備区画のこと。
各ランクのダンジョンへ繋がるポータルや、魔石の換金所が存在している。
PTメンバーの募集などもロビーで行うのが一般的だ。
「相変わらず、こういう施設は人が多いな……」
観光客と冒険者が入り乱れて大賑わいだ。
(それにしても遅いな……って、まだ待ち合わせ時間の10分前か。なら俺が早すぎたんだな、クソ)
スマホで時間を確認しながらアリサを待つ。
(つーか、やっぱりスマホって不便だな……)
2040年だとスマホは使われていない。
俺が生まれる前に主流だったガラケーと同じで廃れているのだ。
「ごめん、待たせた?」
不意に、聞き慣れた声が背後から響く。
振り返ると、そこには私服姿のアリサが立っていた。
「おお……!」
無意識に声が漏れた。
アリサの私服姿は、誰もが二度見するほど魅力的だった。
黒を基調としたレザージャケットにミニスカートという格好だ。
全体の雰囲気は少しゴシック寄りだが、クールさも演出している。
細身なのに胸のボリュームは健在で、黒のニーハイが太ももを強調していた。
もちろんレイピアの装備は忘れていない。
皆の注目を集めているせいか、アリサは恥ずかしそうに頬を染めていた。
「やっぱり外見は別格だな……!」
「は? 何か言った?」
「いや、何でもない。さて、デートを楽しむとしようか」
「何がデートよ。変な言い方をせず素直に『石拾い』って言いなさいよ」
俺は「ふっ」と笑った。
アリサの言う通り、魔石の回収を手伝わせるのが今回の目的だ。
二人で作業をしたほうが効率がいいので協力してもらうということ。
ただし――。
(本当は他にも理由があるんだけどな)
俺にとって石拾いはオマケに過ぎない。
真の目的は別にあった。
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