010 鳳条院アリサは認めない
「ちゃんと足を引っ張らずに戦えたようね」
アリサは勝ち誇った顔で、見下すような目を向けてきた。
「何とも心強い発言だが、ずいぶんと汗だくじゃないか」
アリサの首筋には滝の如き勢いで汗が流れている。
肩は大きく上下に動いていて、その顔は疲労の色に染まっていた。
制服も汗でグショグショだ。
シャツが肌に張り付き、セクシーな下着が透けている。
汗は剥き出しの太ももからもしたたり落ちていた。
「当たり前でしょ。一人で稼がないといけないんだから。フィールド中を駆け回って敵を皆殺しにしていたのよ」
「敵の攻撃は受けなかったのか?」
「受けていたら今ごろは医務室に送られているわよ」
アリサは「馬鹿じゃないの」と鼻で笑った。
(魔物の仕様に気づいていないようだな)
俺とユキナ、シズハは顔を見合わせた。
敵に攻撃力がなかったことを教えるべきかどうか。
悩んでいると、風間教官のアナウンスが始まった。
『テスト結果を反映した最新の学年別順位を表示する。各自、今後の成績に大きく影響するから確認するように!』
スコアボードの表示が切り替わった。
この場にいる生徒の名前と学年、そして変更前と後の順位が映る。
「お、かなり上がってるぞ!」
俺の順位は35位から20位になっていた。
「私も上がってる! 77位になりました!」
「99位の次は77位か。ユキナはぞろ目に縁があるな」
「そうみたい」
ユキナが「えへへ」と笑う。
最初に比べてビクビクしていない。
「私も最下位を脱出できたわ。レンくんとユキナさんのおかげで」
シズハが安堵したように笑う。
彼女の順位は2年の最下位である50位から40位に上がっていた。
(さて、残すは……)
必然的に、俺たちの目がアリサの順位に向く。
他のPTも、自身の順位を確認し終えてアリサに注目していた。
上級生も「1位で入学した子、無双していたよな」と興味を示している。
ところが――。
「う……嘘よ……これ……」
――アリサの順位は、15位に落ちていた。
「こんなの……間違ってる……」
アリサはその場で膝をつき、呆然と地面を見つめている。
先ほどまでの強気はどこへ消えたのか、今にも泣きそうな顔になっていた。
「あれ? でもあの女子、すげー暴れてなかったっすか?」
「たぶん稼いだ点以上に減点があったんだろうな」
「1位で入学する生徒って火力だけのパターンが多いんだよね」
「彼女もそうみたいだな」
他のPTが話しながらその場をあとにする。
上級生たちは、アリサの順位を見て興味を失せているようだった。
「アリサさん、今回の魔物は本物と違って――」
シズハが駆け寄り、アリサの肩に手を置く。
「さわらないでよ!」
しかし、アリサはその手を払って立ち上がった。
「あ、あなたたちがポンコツだから私の順位が下がったのよ!」
「はぁ?」
俺は首を傾げた。
シズハとユキナは言葉を失っている。
「だって、そうじゃない! レン、あんたは20位でしょ? もしあんたらの活躍が1位に匹敵するものだったら、もっと上の順位になっているはず! 私は必死に頑張ったのに、あなたたちが不甲斐ないからPTとしては20位程度の評価ってことになって、それに合わせる形で私の順位が落ちたのよ!」
アリサが謎の独自理論を主張している。
「ペチャクチャとうるせぇ女だ……。面倒だしタイマンで決着をつけよう」
「「「えっ?」」」
「弱い者いじめは性分じゃないが、これ以上、お前に足を引っ張られるのは困るからな。変動する順位なんかより、実力で白黒付けたほうがお前も満足するだろ?」
俺は何が何でも首席で卒業しなくてはならない。
「いい考えね。私の〈ヴァルキュリー・ブレード〉を見たあとでも強気でいられるなんて」
「ミコトの〈アストラル・ドミネーション〉に比べたらカスみたいなスキルだしな」
「ミコト様を呼び捨てにするのも許せないけど、私のスキルをカス扱いするのも許せない! 二度と偉そうなことを言えないように、この場で叩き切ってやる!」
アリサがレイピアを抜いた。
俺もロングソードを構えて一触即発の空気が漂う。
「何をしている」
そこに風間教官がやってきた。
「風間教官、実は……」
シズハが事情を説明した。
「なるほど。鳳条院、君の考えは全くもって的外れだ」
「なっ……!」
真っ向から否定されて、アリサは愕然とした。
「まず君は誤解している。テストの順位と学年別の順位は別物だ」
「え、そうなんですか? でも、テストの結果が順位に反映されるんじゃ?」
「結果は反映されるが、それは“テストでの振る舞いが反映される”という意味だ。仮にテストで1位だとしても、その行動が“PTの質を落としている”と判断された場合、AIは容赦なく順位を下げてくる。今回の君のようにな」
「…………」
アリサは何も言い返せなかった。
「それと、テストの順位という観点で述べても、鳳条院、君は三人の足を引っ張っていたぞ」
「え……?」
「君は誰よりも魔物を倒したが、それ以上に攻撃を受けていた。このテストでは攻撃を受けると大幅に減点される」
「攻撃を受けた……? 怪我は負っていませんが……」
「それは生成する魔物の設定をそうしてあるからだ。他の三人は気づいていたぞ」
「そんな……」
アリサは呆然としていた。
「魔物の仕様についてはともかく、単独で突っ込むなど論外だ。八神、二年とはいえリーダーだろ? ブリーフィングの時に作戦を決めなかったのか?」
風間教官が苛立った様子で詰めると、シズハは深々と頭を下げた。
「すみません……」
「違うんです、風間教官。今回の作戦を採用するように進言したのは俺なんです」
見ていられないので、俺は話に割り込んだ。
「ほう?」
風間教官が興味深そうな目で見てくる。
「作戦自体はアリサの提案したもので、シズハ先輩はそれに反対しようとしていました。しかし、俺が『採用すれば、どちらが正しいかはすぐに分かる』と言って強引に採用してもらいました。なので責任は俺にあります」
「レンくん……」
シズハが申し訳なさそうな顔で見てくる。
「なるほど、君は最初からこの結果を見越していたわけか」
「さすがに1位から15位まで落ちるとは思いませんでしたが、似たような結果になることは想像に容易かったです。入試から一貫してPTにこだわっていますから、国魔は」
「その通りだ。本校の主旨をよく分かっているな。朱鷺宮校長がお認めになるだけのことはある」
風間教官が笑みを浮かべる。
俺の背後では、ユキナが「おー!」と感嘆していた。
「そういうわけだから、鳳条院。今後はPTでの連携を心がけるように。そして今回は君に誤りがあった。分かったな?」
風間教官が言うと、アリサは力強い口調で答えた。
「分かりません!」
予想外の返事に、その場の全員が固まってしまう。
「PTにこだわる理由も、今回のテスト結果も、私の順位も理解できません! だってミコト様は一人で活躍されているじゃないですか! 私はそんなミコト様に憧れてこの学校を選んだんです! 仲良しこよしで群れるためじゃない!」
そう言うと、アリサはレイピアの切っ先を俺に向けた。
「レン、タイマンよ! 元はと言えばあなたから申し出た勝負。まさか断らないでしょうね?」
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