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001 終わりと始まり

 空が真っ赤に染まっていた。

 人類の血が大地を覆い尽くして生まれた血の赤に。


 地平線の向こうまで無数の魔物がうごめいていた。

 炎と煙が混ざり合い、どす黒い渦を巻いている。

 まるで世界そのものが業火に焼かれたかのようだった。


 その中心に、俺は立っていた。

 片手に握りしめたロングソードは、何度も魔物の血を浴びて汚れている。

 身体中からは痛みと疲労が絶え間なく押し寄せる。

 呼吸をするだけでも肺がきしんだ。


 付近には無数の魔物と、人間の死体が折り重なるように転がっている。

 生きている魔物は山ほどおれど、生きている人間は俺しかいなかった。


「強いな……。最後の1人になっても抗い続けただけのことはある」


 目の前の魔人が嘲笑うように笑う。

 体を俺に貫かれ、死を前にしているとは思えぬほど愉快そうだ。


 こいつは、人類を滅亡に追いやった魔王軍の幹部。

 魔物の中でも数少ない、人間の言語を話すことのできる存在だ。


「うるせぇ、黙って死ね」


 俺は最後の力を込め、魔人の首を一閃した。


 魔人は首を落とされてもなお、不気味な笑みを浮かべている。


「あの世で待っているぞ、王城(おうじよう)レン」


 その言葉とともに、魔人の頭部が地面に崩れ落ちた。

 俺も力尽きるように両膝をつき、荒れ果てた大地に手をつく。

 視界の端には、まだ数十万体の魔物が押し寄せてくる光景が見えた。


 引き裂かれた服のあちこちから血が流れ続け、ひどく身体が冷えていく。

 それでもなぜか、悔しさばかりが胸を焦がしていた。


「もっと本気で……もっと早くから……」


 約1ヶ月前まで、あと50年は生きているものと思っていた。

 死んでいった人間の誰もが、今の状況を予想していなかっただろう。


 だからこそ、俺は怠惰な人生を送っていた。

 今では、そのことが何よりも悔しくて恨めしい。


「「「グォオオオオオオオオ!」」」


 力が尽きた俺の身体に、大群の魔物たちが一斉に飛びかかってくる。


 剣を振るどころか、立つことすらできない。

 一瞬にして意識がブラックアウトしていく。


 ――そこで、全てが終わった。


 ◇


 突如として地球にダンジョンが出現して数十年。

 人類は発現した固有スキルを駆使し、ダンジョンに棲息する魔物を倒していた。

 そして、魔物を倒すと得られる魔石を活用することで、文明を発展させていた。


 ところが、ある日、世界中の上空に大きな時空の歪みが発生。

 歪みの中から魔物の大軍勢――魔王軍が現れ、地球に侵攻してきた。


 圧倒的な魔物の物量と奇襲攻撃の前に、人類は為す術がなかった。

 最初の数日で全人口の過半数を失い、約1ヶ月で完全なる滅亡を迎えた。


 ――はずだった。


 ◇


「何をボーッとしてるの」


 甲高い声が耳を打ち、俺はハッと顔を上げた。


「ここは……」


 我が家の玄関だ。

 それも何だか妙に綺麗な状態である。


「何が『ここは……』よ。早く靴履いて出なさい。学校に遅れるわよ」


 視界に女性の顔が映る。

 俺の母親だ。

 最後に話した時よりも遥かに若い。


(どういうことだ? 俺はたしかに死んだはず……)


 呆然としながら周囲を見回す。

 すると、カレンダーが目に飛び込んできた。

 2025年1月と書かれている。


(なっ……!? 2025年だと!? 今は2040年だろ!?)


 魔王軍の大規模侵攻は2040年1月1日に始まった。

 ちょうど新年を迎えて、世界が馬鹿騒ぎしていた時だ。

 俺は冒険者としてダンジョンで狩りをしていたっけか。


(つまり、15年前に戻ったっていうのか!?)


 玄関の鏡で姿を確認する。

 そこには、中学の制服を着た幼い顔付きの俺が映っていた。


 間違いない。

 俺は2025年――中学3年の1月に戻ってきたのだ。


「レン、どうしたのよ! 早くしなさい!」


 母親に背中を小突かれる。

 とても懐かしい感じがして、思わず泣きそうになった。


「あ、ああ、分かったよ、母さん」


 俺は慌てて靴を履いて家を出る。

 1月の冷たい風が頬を打ち、平和な世界が俺に告げた。

 二度目の人生が始まったことを。


 ◇


「よし! この機会に後悔のないように楽しみまくってやるぜ! 勉強も、恋愛も、何もかも全力だ!」


 最初はそんな風に意気込んでいた。

 しかし、通学路を歩いている最中にふと思った。


(2040年になったら、また同じ惨劇を繰り返してしまう……!)


 どうにかして避けねばならなかった。

 しかし、俺が腕を鍛えるだけでどうにかなるものでもない。


 魔王軍の侵攻は全世界で同時に行われるのだ。

 俺が孤軍奮闘したところで、結果は前回と同じになる。


「軍自体を強くしなければ……!」


 どの世界にも、魔物との戦いを専門にした軍が存在している。

 日本の場合は『対魔防衛軍』と呼ばれる組織がそうだ。

 自衛隊とは異なる独立した機関であり、魔物対決のエキスパート集団。

 日本における魔物対策を決定するのもこの組織だ。


(対魔防衛軍の総司令になり、戦力を大幅に増強する!)


 それが俺の目標になった。


 ◇


 学校に着くと、俺は自分の席に座って考え込んでいた。

 対魔防衛軍の総司令になるにはどうすればいいのか。


(ダメだ! 何も浮かばねぇ)


 悲しいことに俺は馬鹿だった。


「私さ、やっぱり高校のランクを落とそうと思うんだよね」


「俺は冒険者高校に行く予定だぜ! 勉強しなくていいし、冒険者って稼ぎまくれるし!」


「高ランクのダンジョンを攻略できるようになったら年収数千万だって夢じゃないもんなー」


「でも、せっかくの学歴がもったいなくね? 冒険者になること自体は誰でも可能なんだし」


「冒険者高校に行ったら冒険者としての技術が身につくじゃん!」


 教室では、受験を控えた生徒たちが進路について話している。

 俺には友達がいないので、「レン、お前はどうすんの?」などと話しかけてくる者はいなかった。


「おい、全然足りねぇじゃんかよぉ! 俺、言ったよなァ? 今日までに1万円持ってこいってよォ!」


 そんな時、教室の後ろでトラブルが起きた。

 黒髪に赤いメッシュが目立つ男が、気の弱そうな男子に絡んでいる。


(あいつ……たしか黒門(くろかど)カイトだっけ?)


 冒険者高校の中でも上位に入る名門校にスカウトされた男だ。

 それをいいことに、学校では威張り散らしていた。


「そ、そんなこと言われても、もう、僕にはお金が……」


「だったら親の財布からくすねるなりしてくりゃいいだろーがよォ!」


 黒門が拳を振り上げる。

 周囲の生徒は恐れをなして止めに入ろうとしない。


「やめろよ」


 だが、俺は違う。

 黒門如き、魔王軍に比べたら屁でもないザコだ。

 迷うことなく席を立ち、黒門の腕を掴んだ。


「あぁん? なんだおめェ」


「なんだお前、耳が悪いのか? やめろと言ったんだよ」


「ずいぶんと舐めた口調だなぁ! もういっぺん言ってみろ」


「だからうるさいんだって」


 俺は黒門の胸を軽く小突いた。

 すると、黒門は面白いほど大袈裟に吹き飛んだ。


「痛ェ……! てめェ、やりやがったな」


 黒門の目の色が変わった。

 明らかにブチ切れた様子で立ち上がると――。


「ぶっ殺す!」


 なんと固有スキルを発動しやがった。

 奴の影がぐにょぐにょと意志を持っているかのように動き出す。


「おいおい、ダンジョン以外で固有スキルを使うのは違法だろ」


「うるせェ! くらいやがれ! 〈シャドウ・ギアーズ〉!」


 黒門の影が歯車のような形状になり、俺に向かって飛んできた。


「なるほど、影使いか。汎用性が高いし戦闘向けだ。Bランクってところか?」


 固有スキルは、対魔防衛軍によってランク付けが行われる。

 ランクは戦闘に向いているかどうかによって決まる仕組みだ。


 そして、固有スキルは5歳になると同時に発現する。

 能力は先天的に決まっており、後天的な要素――例えば努力などは関係ない。

 つまり、小学校を目前にして、生まれつきの運によって格付けされるのだ。


「よく分かったなぁ! 俺の固有スキルはBランク! お前らカスとはモノがちげぇんだよ!」


「ランクは一丁前でも使い手がゴミじゃ宝の持ち腐れだな」


 俺は迫り来る影の歯車を回避した。

 前世に比べて鈍っていても、それなりに動けるものだ。


「一つ避けた程度で調子に乗んなよ!」


 黒門が固有スキルを連発する。

 歯車の影からも別の影が……といった調子で歯車が増殖していく。


「やばいって黒門!」


「いやっ! きゃあっ!」


 周りの生徒たちが恐怖で声を上げるのが聞こえる。


(ぬるすぎる……! あまりにも……!)


 俺は全ての攻撃を回避しながら距離を詰めた。


「な、なんで当たらないんだよォ! お前なんなんだよォ……!」


「だからうるせぇんだって、お前」


 俺は黒門のみぞおちに膝蹴りを叩き込んだ。

 そうして体勢を崩させると、今度は後頭部に肘打ちを食らわせる。


「ガハッ……!」


 黒門は顔面から机に突っ込むと、床に崩れ落ちて失神した。


「嘘だろ……! 黒門がボコられたぞ……!」


「あいつ、天雷冒険者高校にスカウトされる実力者だぞ……?」


「黒門が手も足も出ないって……! 王城って何者なんだ……!?」


 周りがざわついている。

 その言葉に耳を傾けていて、俺は名案を閃いた。


(そうか! “国魔”でトップになればいいんだ!)


 国立対魔高等学校。通称「国魔」。

 この国で唯一、名前に冒険者と書いていない冒険者高校だ。

 実力は他の冒険者高校とは一線を画している。


 それだけではない。

 国魔を首席で卒業した者には、その後の未来も約束されている。

 対魔防衛軍の出世組(エリート)は、原則として国魔の成績優秀者なのだ。


(よし、国魔に入ろう!)


 黒門をボコボコにしたおかげで、ゴールへの道筋が見えてきた。


 ◇


 翌日、さっそく国魔にやってきた。

 校舎の外観は重厚で威圧感があり、いかにもエリート育成校といった雰囲気が漂っている。


「願書を出しにきました!」


 受付のお姉さんに用件を切り出す。


「わざわざ持ってこられたのですか? 郵送やオンライン出願もあるのに……」


「え? あ、そうだったんすか。すみません……」


「いえいえ」


 受付のお姉さんが呆れた様子で封筒を受け取る。

 その場で提出書類に問題がないかを確認してくれた。


(問題がないことは分かっている。母さんと確かめたからな!)


 両親に「国魔を受験する」と言ったら笑われた。

 最初は冗談と思っていたほどだ。


 俺が本気だと分かったら、頭でも打ったのかと心配された。

 頭を打ったのは黒門だと言ったら、「そいつは誰だ」と不思議がられた。

 事情を説明したら「他人に暴力を振るうなんて!」と怒られた。

 だから明日は黒門に八つ当たりしようと思う。


「えっと……王城くん」


 確認を終えると、受付のお姉さんが口を開いた。


「はい! 書類、問題ないですよね!」


「たしかに不備はありませんが……」


 受付のお姉さんはなんとも言えない表情でこう続けた。


「残念ながら、君はこの学校を受験できません」


「は?」


 俺は固まった。

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