3 迷い人と救い人ー1
「ぷっはぁっ!」
水面から顔を出す。空気を求めてもがきながら。
「ゲッホ、ゲホッ!」
川に落下したが幸いな事に底に激突する最悪の事態は回避。ただ足が着くか着かないかぐらいの深さなので顔を出す事が辛かった。
「いってぇ…」
必死に体を動かし浅瀬へと移動する。どうにかして上半身を出せる所まで。
「ゼェ、ゼェ…」
続けて全力で深呼吸。酸素不足の肺に空気を送り込んだ。
膝に手を突くと体中のあらゆる部分をチェックする。出血をしたりアザになっている箇所は見受けられなかった。
「……た、助かった」
そこでようやく不安だった胸を撫で下ろす。突然の出来事に大パニック。一瞬、本気で死を覚悟したぐらい焦りまくってしまった。
「はぁ…」
まさか橋から突き落とされるなんて。しかも初対面の人物に。
水の流れは緩やかだったが、服やズボンが水分を含んでいたので動かす事が困難。重りへと変貌していた。
「お~い」
「ん?」
近くの岸を目指していると頭上から何かが聞こえてくる。若い女の子の声が。もしかしたら先程の子が呼んでいるのかもしれない。しかし見上げた先にいたのは全くの別人だった。
「大丈夫だったぁ?」
「え?」
「溺れたりしてない? どこか体ぶつけて怪我したとか」
「いや、何ともないけど」
「そっか。なら良かった」
頭上で髪を束ねた女の子が優しく微笑む。肩を露出した派手な服に、口から飛び出した白い棒が特徴的な人物が。
「そっちから上がってくるといいよ」
「うい~」
彼女が近くの川岸を指示。階段を見つけたのでそちらの方角に向かって歩みを進めた。
「よっ、と」
「はい、お帰りなさい」
「ただい……ん? ただいま?」
「あっちゃあ、全身ズブ濡れですねぇ」
「へっへへへ」
段差を上がった所で合流する。声をかけてくれた町の住人らしき人物と。
「しっかし、いくら人生が辛いからって川に飛び込むかなぁ。見た所、まだ若いのに」
「自殺じゃねぇーーっ!!」
「ん? もしかして何か落として探してたとか?」
「いや、そういう訳でもないんだけど…」
素直に理由を説明出来ない。見知らぬ人間に痴漢を働いた末に突き落とされたなんて。下手すれば警察に通報。どちらが加害者で被害者なのか分からない事故だった。
「あれ…」
「ん? どうしたの?」
「いや…」
辺りを見回すが先程の麦わら帽子の子がいない。どうやら川から上がってくるまでの間に姿を消したらしい。
「大丈夫かな…」
一体、何を考えてあんな危険な行為に及んだのか。不安で仕方なかった。
「あのさ~」
「はい?」
「あそこに置いてあるのってアナタの鞄?」
「……あ」
女の子が道路の先を指差す。無造作に置かれた紺色のバッグを。
「いけね、忘れてた」
慌てて駆け寄り回収。後先考えずに突撃したものだから橋のど真ん中に放置してしまっていた。
「良かった。無事だった」
中身を確認するが何者かが触れた形跡がない。財布やスマホもしっかりと存在していた。
「散歩してたら道路に鞄が捨てられてるから何事かと思っちゃった」
「悪い。うっかりしてて」
「しかも近付いて確認しようとしたら橋の下から声が聞こえてくるんだもん。覗き込んだら男の子が服を着たまま泳いでるし」
「はは…」
「私、ビックリしちゃった。まさか地元の町で飛び降り事件が起きるなんて」
「だから自殺じゃねぇーーっ!!」
彼女の言葉に力強く反論する。それは別の人物が実行しようとしていた。まさかその状況に首を突っ込んだ挙げ句に自らが経験する羽目になるなんて。
「アナタ、この辺で見かけない子だよね。ひょっとして転校生?」
「いや、婆ちゃんちに遊びに来ただけ。夏休みだから母親の実家に帰省しに来たんだよ」
「ふ~ん、そうなんだ」
目の前の人物が棒付きのアメを舐めている。舌の上でクルクルと回しながら。
肩出しルックにショートパンツ。とてもこの田舎町の住人とは思えないような都会的な服装だった。
「1人で来たの?」
「違うよ。家族が先に来てるんだけどはぐれちゃった」
「何それ。変なの」
「あのさ」
「ん? なぁに?」
「この辺りにコンビニ無い?」
「コンビニ?」
自身の置かれた現状を説明する。スマホのバッテリーが切れ、誰とも連絡が取れずに困っているという立場を。
「コンビニなら向こうの道を真っ直ぐ行った先にあるよ~」
「お、マジか」
「ていうか駅からここに来る途中にもあった気がするけど」
「げっ! 見逃してるわ」
案外、様々な店があるらしい。周りを山に囲まれていたが一通りの施設は揃っていた。
「行くならどっちのが近い?」
「ん~、こっちの方かなぁ」
「おっけ、サンキュー。ならとりあえず行ってみるわ」
「予備バッテリー買いに行くの?」
「うん。家族と連絡とれないと八方塞がりだし」
「ならうちに来なよ。コンセント貸してあげるからさ」
「え?」
大まかな目的地を定める。歩き出そうと肩にバッグをかけると女の子が思いも寄らない提案を持ちかけてきた。
「バッテリー使うより効率的だよ。わざわざ買うなんてもったいないじゃん」
「いや、けど…」
「それに服とか着替えたくない? 知らない人とはいえ、さすがにそんな格好で町を歩かせるのは気が引けるなぁ」
「……確かに」
自身のズブ濡れの姿を確認する。こんな異常な状態で徘徊していたら不審者でしかない。
「私んち、すぐそこだから」
「本当にいいの?」
「良いよ良いよ~。この時間なら家には誰もいないハズだし」
「じゃあ……お邪魔させてもらおうかな」
「よし、決まり。なら出発進行!」
躊躇いながらも勧誘を了承。見知らぬ人物と並んで歩き出した。




