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雨上がりの空へ  作者: トランクス
2nd STORY
94/129

2 突き飛ばしと突き落としー3

「ふあぁ…」


 ローカル路線なので乗客は少なめ。冷房が効いている車内は貸切状態に近い。


 景色を眺めていると強烈な睡魔に襲われてしまう。瞼が尋常じゃないぐらいに重たくなっていた。


「お客さ~ん、着きましたよ」


「……ふぇ?」


「終点です。もう他の人は降りてしまいました」


「終点…」


 ウトウトしていると優しい手つきで体を揺らされる。制服を身に付けた見知らぬ男性に。


「早く降りてください。この車両はまたすぐに引き返してしまいますから」


「え…」


「荷物を忘れないように」


「あっ、すいません」


 指摘を受けて状況を瞬時に察知。すぐに立ち上がった。


「……あれ?」


 同時におかしな点に気付く。ここは自分の目的地でない事に。


「あ、あの…」


「はい?」


「ここの駅ってどうやって行けば良いんですか?」


 親切に起こしてくれた車掌に声をかけた。乗り換え情報を表示したスマホ画面を見せながら。


「あぁ、それならこの路線じゃないですよ」


「へ?」


「戻って乗り換えないとダメです。この電車はここで終着ですので」


「終着…」


「本当なら一度降りて精算してもらうんですが、このまま乗っていても構わないですよ」


 詳しい話を聞くと進んできた方角を間違えているとの事。初歩的なミスが発生していた。


「マジかぁ…」


 再び椅子に腰を下ろす。車掌の優しい厚意に甘えて。そして先程女の子と接触した駅で再びホームに降りた。


「こっちだったのか…」


 駆け足で乗り場を移る。数十分前に立っていた所と同じホームに。


「つかさっきの子の情報が間違えてたんじゃん…」


 もしかしたらパニックに陥って間違えてしまったのかもしれない。冷静な判断が出来なくなっていたとか。


 ただ幸いな事に目当ての電車はすぐに到着。車両に乗り込むとシートに腰掛けて風景観察。寄り道した事を多少後悔しながらも目的地へとやって来た。


「いぇーーい!」


 駅舎から出て高らかに声を上げる。簡素な作りのロータリーで。


 下車した駅は予想通りの田舎駅で自動改札機が設置されていなかった程。コンビニはなく、代わりに赤いポストとジュースの自販機、そして公衆電話が置かれていた。


「……どうしようかな」


 ひょっとしたら家族が迎えに来てくれるかもと考えていたが。到着時間を知らせていなかったから誰もいない。


 とりあえず連絡をとろうとポケットからスマホを取り出す。その瞬間、ある事に気付いた。


「げっ!」


 画面が真っ暗。何も映し出されていない。照りつける日光の影響かと思ったが日陰に移動しても変化は無かった。


「マジか…」


 ここから母親の実家への行き方を知らない。電車での訪問は初めてなので。


「しゃあねぇな…」


 ただ幸いな事にこの駅には便利な物が設置されている。誰でも利用可能な有料の電話ボックスが。


 ポケットから財布を取りだしながら透明な箱の中へと進入。しかし小銭を投入した時、またしても困った事に気付いた。


「婆ちゃんちの番号なんだっけ…」


 数字の並びが分からない。局地的にではなく最初から最後まで全てが。それは家族のスマホ番号も同様に。記憶しているのは自分の頭脳ではなく端末の中にあるデータだった。


「だあぁっ、くそっ!」


 湿った頭を乱暴に掻きむしる。唯一分かるのは自宅の番号だけ。仕方ないので留守電にメッセージを吹き込んでおいた。誰もいない場所への伝言を。


「お宅の息子は預かった。返してほしければ息子にベッドとテレビを買ってさし上げろ」


 用件を済ませるとボックスを出る。そしてポケットに財布を仕舞おうとした時、またしても予期せぬトラブルが発生した。


「あっ!」


 腰から鎖が垂れ下がる。財布とズボンを繋ぐチェーンが。


「……んだよ、まったく」


 どこまでもツイてない。繋げようと試みたが金属部分自体が切れてしまっていたので無理と判明。諦めてバッテリーの切れてしまったスマホ共々、バッグの中へと押し込んだ。


「さ~て、歩くとしますかな」


 コンビニで充電器を買うしかない。バッテリーを復活させるしか実家へと辿り着く方法は無いだろう。


 太陽光が照りつける中、重たいバッグを肩にかけて歩き出す。手にはスポーツドリンクの入ったペットボトルを装備した。


 駅前だというのに通行人はゼロ。タクシーも停まってなければ、バス停にも人がいなかった。


「あっつ…」


 降り注ぐ日射しが眩しい。日焼け止めを塗ってこなかった事を後悔するレベルで。


 ただやはり山奥の町だけある。普段、住んでいる地元に比べたら幾分か涼しかった。


 それに道路は綺麗に舗装された状態。建てたばかりと思われる新築の一軒家もあるし、小さなアパートも何軒か並んでいた。


「お?」


 しばらくすると綺麗な水が流れる場所に辿り着く。思わず飛び込みたくなる川に。


「アレは…」


 その橋の上には見覚えのある人物が存在。麦わら帽子に白いワンピース。先程、駅のホームで話しかけた女の子が佇んでいた。


「この町の子だったんだ」


 まさか再び顔を合わせる事になるなんて。奇跡や運命に近いものを感じてしまう。1人で勝手にテンションを上げまくっていた。


「……は?」


 見とれていると彼女が予想外すぎる行動を取り出す。橋の手すり部分に乗り上げるという奇行を。


「ちょっ…」


 足元が不安定。上半身がフラつき気味。更にサンダルを履いていたので踏ん張りが効かなくなっていた。


「ちょっと待ったぁーーっ!!」


 叫びながら駆け出す。肩から下げていたバッグを道路に投げ捨てながら。


 あれではいつ落下しても不思議ではない。打ち所が悪ければ最悪、命を落とす危険性さえあった。


「早まっちゃいかん。若者よ!」


「……ぇ」


「夏休みはまだ半分残ってるじゃないか!」


「あ、ぁ…」


「飛び込むならせめて水着を着用してからにしてくれーーっ!」


 喚く声に反応して女の子がこちらに振り向く。明らかに気まずい表情を浮かべて。


「だああぁあぁぁっ!!」


 欄干の上のシルエットが川に向かってゆっくりと移動。脳裏によぎったのは最悪のシチュエーション。その状況を回避させる為に伸ばした手で体を引き寄せた。


「ぐあっ!?」


 道路に転倒する。肘から地面に激突する形で。着地を考慮せずに飛び込んだのがマズかったらしい。ただ幸いな事にターゲットの川への落下だけは防ぐ事が出来た。


「いちちちっ…」


「……んっ!」


「ちょ……暴れるなし」


「うぁっ…」


「ダメだってば! 大人しくしてくれよ!」


「んっ、んっ!」


 女の子が体の上で激しく動き出す。拘束から逃げ出すように。


「くそっ…」


 もし体に回している腕を離したら再び川に飛び込むつもりだろう。例え名前も知らない他人であったとしても危険な目に遭わせられなかった。


「むっ!」


「あだっ!?」


 彼女の振り回した肘が顔面に命中する。手加減なしの攻撃が。


「おらぁっ! コイツ!」


「……ん、んっ!」


「これで脱出は不可能だぞ。観念して大人しくせいや!」


「んんんっ!」


「ハーーッハッハ!」


 その反抗的な態度に闘争心が爆発。両足も使って暴れる体を固定した。


「あ、あれ…」


 そこで妙な違和感に気付く。指先に当たる柔らかな感触に。女の子を固定している手は上半身を鷲掴み。位置関係を考えるとデリケートな部分だった。


「わあぁぁーーっ!?」


 拘束を解いて距離を置く。大声を出しながら。


「ご、ごめんなさい…」


「……ん」


「いや、ワザとじゃないんだよ。つい君を助けようと夢中になってしまっただけで」


「うぅ…」


「本当にすいませんでした!」


 ヘコヘコと頭を下げて謝罪した。視線を合わせずに何度も。


「あは、あはは…」


 続けてごまかすように愛想笑いを浮かべる。泣かれるかと思ったが目の前にあったのは歯を食い縛った不快な表情だった。


「あっ、もう時間だ。そろそろ塾に行かないと」


「む…」


「で、ではお元気で」


「……っ!」


「え?」


 険悪な雰囲気をぶち壊す為に無理やり話題を逸らす。存在していない腕時計を見ながら。だが行動を開始した瞬間に女の子が突然駆け寄ってきた。


「ちょっ…」


 咄嗟に身構える。腕をクロスさせて。呼び止めようとする声も無視して彼女はこちらに突撃。そのまま強烈な体当たりを喰らわせてきた。


「う、うわああぁぁあぁーーっ!?」


 バランスを崩した体は後ろに倒れ込む。橋の手すりを乗り越えた空間に。


 世界がグルリと回転。視覚も痛覚も聴覚も。悲鳴を発するもその声が誰かに届く事は無かった。

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