21. 笑顔と似顔絵ー2
「今日も良い天気だなぁ」
「ですね。ピクニックにでも行ってしまいたいぐらいの快晴です」
「え? なら予定変更する? どっか近くの山とかに」
「し、しませんよ。登校しないといけないですし」
「ちぇっ……愛莉がサボるつもりなら俺もそうしようかと思ってたのに」
「そんな事をしていたらまた留年してしまいますよ。出席日数が足りなくなっても良いんですか?」
「全然良くないに決まってるだろ!」
忠告に対して力強く反論する。決意というより意地に近かった。
「ただまぁ、休みの日ならお出掛けするのも良いかもですね」
「お? マジか」
「はい。日向さんや葵さんや土乃さん、皆を誘ってどこかに遊びに行くのも楽しいと思います」
「身内がいるのやだなぁ…」
「抵抗あります?」
「当然」
物心がつく前からの知り合い。あれこれと秘密を暴露される不発弾でしかない。
「ハイキングとか良いですね。山の上なら涼しそうですし」
「けど愛莉は体力なさそうだからなぁ。途中でへばっちゃいそう」
「それについては反論出来ないです…」
「わははは!」
「わ、笑わないでくださいよぅ!」
「うぇえっ、あぅあっ…」
「泣かれても困るんですが…」
隣にいる女子生徒は足も遅ければ筋力も無いハイパー運動音痴。登山なんかしたら途中でダウンするのが目に見えていた。
「やっぱりスポーツやって体を鍛えた方が良いんですかねぇ…」
「興味あるの?」
「興味と言いますか、せっかく貴重な学生生活を送ってるんだから何かした方が良いんじゃないかと思いまして」
「なら水泳部はどう?」
「え? どうしてですか?」
「水着姿が拝める」
「ちょっ…」
質問に対して顔を赤らめる反応が返ってくる。大袈裟に動揺しているリアクションが。
「恥ずかしいので勘弁してください…」
「じゃあ女子の花形、チアリーディング部は?」
「……それはスカートの中が見えるからという理由ですよね?」
「おぉ、スゲェ! よく分かったね!」
「どうしてそうふざけたアイデアばかり出してくるんですか!」
「そもそも俺に相談するのが間違えてるぞ」
「うぅ…」
高校に入学してから部活は未体験。アドバイザーとしては不適切だった。
「水瀬くんはどこか部に所属しないんですか?」
「ずっと帰宅部。これまでもこれからも帰宅部」
「そ、そうですか…」
「愛莉も運動部以外だったら入れるんじゃないの? 文化系とかさ」
どちらかといえば彼女にはそっちの方が合っているだろう。才能の有無は別として。
「え~と、実は前に日向さんに美術部に入らないかと誘われた事があるんです」
「ほう。良いじゃないか」
「で、試しに私の描いた絵を見せたら険しい顔で絶句されました」
「一体どんな芸術品を作り上げたんだ…」
「あっはは…」
予想だがよほど壊滅的な絵を仕上げてしまったに違いない。努力や練習ではどうにもならないレベルの駄作を。
以前に歌も苦手と言っていたし、運動も不得意という事が判明している。はたして隣にいる女子生徒は神様からちゃんとした才能を与えて貰っているのかが不安になってきた。
「そういえばこの前、日向さんが私の似顔絵を描いてくれたんです。放課後に誰もいなくなった教室で」
「え? ヌード?」
「ち、違います! 突然なにを言い出すんですか!」
「いや、定番ネタかと思って」
「学校の中なんですよ……そんな事する訳ないじゃないですか」
「じゃあ自宅ならしたのかな」
「しませんよ!」
否定された光景を想像してみる。頬の筋肉を緩ませながら。
「で、どうだった?」
「手直ししたいらしく、まだ見せてもらってないんです。完成したら持ってきてくれると言ってました」
「そっか。出来上がったら俺にも見せてくれよ」
「えぇ……恥ずかしいです」
「別に愛莉が照れなくても。むしろ見られて困るのは日向さんの方じゃ」
「ま、まぁ…」
彼女達はあの日からもずっと友好関係を続けていた。秘密を打ち明けたからか以前よりも親しい間柄となって。
「どんな風に仕上がってるのか楽しみだなぁ」
「……だいぶ伸びてきたね」
「え?」
「前は肩より上だったのに。もうすぐうなじが隠れちゃいそうじゃん」
「あ、はい。結構長くなってきました」
すぐ隣にあった物体に手を伸ばす。風に靡く黒い髪へと。
「早く元の長さに戻るといいな。後ろで縛っても垂れ下がるぐらいにさ」
「……そうですね。お母さんには今の髪型も似合うとは言われてますけど」
「俺はどっちも愛莉に合うと思うよ」
「あはは。まぁショートにしろロングにするしろ、もう少し伸びてきてから決めますね」
「チョンマゲとかどうよ?」
「絶対に嫌です…」
体の一部に触れられてるのに嫌がる素振りを見せない。我慢しているのか最初から気にしていないのかは分からないが。
「水瀬くんも頭の包帯とれて良かったですね」
「だな。鬱陶しい検査に行かなくても良いと考えると気が楽になるわ」
「やっぱり健康なのが一番だと思います。自然体は素敵ですから」
「へへへ…」
立てた親指で額をポリポリと掻いた。照れくささをごまかすように。
「ん…」
彼女の髪を切った張本人はもう教室にはいない。この頭をパックリと割った男子生徒は。
自主的なのか、それとも学校側から下された判決なのかは不明だが退学。追放という道に追い込まれてしまった。
人に怪我を負わせたりしたのだから当然といえば当然だろう。もし再びクラスに戻って来たとしても居場所なんてないのだから。
彼の友人達には1日だけ自宅謹慎という停学処分。そしてリーダー的存在を失ったグループは瓦解したようにバラバラになってしまっていた。
「砂原くん……今頃どうしてるんでしょうね」
「あんな奴の事なんか忘れろよ」
「学校に来れなくなったから自宅に引きこもってるんでしょうか…」
「どっかその辺ブラブラしてんじゃねぇの? あれぐらいの騒動で落ち込むような奴とは思えないわ」
「んっ…」
道路に落ちていた石ころを蹴る。近くにあった側溝に目掛けて。
「やっぱりもう戻って来る事は無いんですかね…」
「あったら俺が困る。また喧嘩になって暴れなくちゃいけないし」
「ちゃんと仲直り出来たら良かったんですけどね。他のクラスメートの人達みたいに」
「どこまでお人好しなんだよ。愛莉はさ」
「だ、だって嫌じゃないですか。自分達のせいで誰かがいなくなってしまうとか…」
「あのバカの場合は自業自得。同情なんかしなくて良いぞ」
むしろ退学処分だけでは腹の虫が治まらない。顔面を全力でブン殴ってやりたいぐらいに憎かった。
「水瀬くんは、やっぱり砂原くんの事が許せませんか?」
「当然。土下座してきたとしても怒鳴り散らしたるわ」
「私は……もうそこまで嫌いではありません。確かにあの時は嫌な気分にさせられたけど後でちゃんと謝ってくれたから」
「あんなの上っ面だけの謝罪に決まってる。周りの教師達に促されなかったら頭なんか下げてるもんか」
「だとしても少しだけ可哀想な気がします」
「ぐっ…」
意見の対立が発生する。前進しない発言の応酬が。
彼女とは物事に対する考え方が正反対。人間だから当然なのだが、それでも自分を傷付けてきた相手を許してしまう寛容な思考回路は理解出来なかった。
「初めは私を苦手と言っていた土乃さんも凄く仲良くしてくれています」
「そりゃ、だってアイツは元々良い奴だったもんよ」
「水瀬くんと喧嘩ばかりしていた金坂くんだって今では仲の良いお友達じゃないですか?」
「あんな奴は友達なんかじゃない!」
「だからきっと打ち解けあえると思うんです。例えそれが自分にとって憎むべき人物だったとしても」
「どうかな…」
友人が聞いていて恥ずかしくなるような言葉を繋げてくる。お手本のような理想論を。
「ちっ…」
世の中はそこまで上手くいかない。どれだけ互いに妥協したとしても付き合いを続けたくない相手は必ずいた。
とはいえ彼女の言葉に正面を切って反論する事が出来ない。それが奇麗事だとしても一番正しい見解だと心の中で理解していたからだ。
「愛莉ってさ、いつまでメガネかけてんの?」
「へ?」
「目、悪くないんだよね? だったらそれいらないでしょ」
「な、何ですか? 急に…」
会話の流れを変えるように隣の顔を指差す。レンズが付いた真っ赤なフレームを。
「外しちゃいなよ。もうかけてる意味ないし」
「え、え…」
「これからは堂々と生きよ。素顔を隠して活動するのはやめてさ」
「けど…」
「俺はメガネかけてない方が可愛いと思う。さっきの愛莉の言葉じゃないけど自然なままが一番素敵だ」
続けて以前から思っていた考えを口にした。主観ではなく客観的な意見を。
「えぇっ!?」
「外したら男にモテる。俺が断言しといてやる」
「別にモテなくてもいいし、断言もしなくていいです…」
「学生生活を謳歌したいならまずは見た目から変えな。自分に自信が持てればそれだけで世界観は変わるんだぜ」
「世界観…」
歌や絵が下手でも運動が苦手でも構わない。オシャレをして可愛くなるならそれだって才能の1つだった。
「……考えておきます」
「うむ。前向きな検討を頼む」
曖昧な返事を耳に入れながら歩く。そうこうしているうちに目的地に到着した。




