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雨上がりの空へ  作者: トランクス
1st STORY
83/129

20 事件とキッカケー7

「……痛かったよね?」


「え?」


「髪の毛……引っ張られた上に切られて痛かったよね」


「あ、あの…」


「あたしなら絶対に耐えられない。後ろから掴まれた瞬間に頭突きでも喰らわせてやるんだから」


 止める為に飛び出そうと考えていると土乃が予想外の行動を取り出す。伸ばした手で髪を優しく撫でるというアクションを。


「もう少し早くに助けてあげられたらこんな事にはならなかったんだけど…」


「つ、土乃さん?」


「ごめんね。あたしも途中までどうしたら良いか分からなくてさ」


「どうしてアナタが謝るんですか…」


「きっと心のどこかで羨ましくて妬ましかったんだと思う……水瀬くんに必死になって守られてる火浦さんが」


 唐突に自分の名前が登場。訳を尋ねようとしたが出来なかった。


「……人間って馬鹿なんだよ。弱い者イジメは良くないって分かってるクセに、気まぐれや偏見で知らず知らずに誰かを傷付けちゃってる」


「気まぐれ…」


「あたしだってそう。何も悪い事してないアナタをいつも一方的に恨んでた」


「え?」


「何でこの人なんだろう。どうしてあたしじゃないんだろう。あんな人、いなくなっちゃえば良いのにって…」


「あ、あの…」


「……いつの間にか一番なりたくない人間になってた」


 教室中が2人の会話を見守っている。先程まで飛び交っていた罵声が嘘のような静けさの中で。


「本当はこんな言い争いがしたい訳じゃなかった…」


「言い争い…」


「もっと他に伝えたい事がたくさんあったハズなのに」


「ん…」


「でもあたし、バカだからすぐに意地張って敵対心剥き出しにしちゃって…」


「うぅ…」


「だから今だけは正直になろうと思う。少しだけど、単純で強情な自分に素直に」


 時間が止まった教室内でカーテンだけが大きく揺れていた。窓から流れてくる風を受け流すように何度も。


「友達になろ? あたし達、きっと仲良くなれると思うから」


「……え」


 粛々とした状況の中で土乃が言葉を発する。同時に開いた手を真っ直ぐに伸ばした。


「な、何で…」


「せっかく高校生になれたんだよ? こんな事で辞めちゃうなんて勿体無いじゃん」


「それは…」


「文化祭とか修学旅行とか、楽しい事はこれからきっとたくさんある」


「えっと…」


「あたしはそれをやっていきたい。もちろん火浦さんも一緒に」


 彼女の態度が先程までとは打って変わっている。怒りの感情をかき消したかのように。


「私は…」


「ん?」


「中学時代、不登校で学校に行かなくなりました」


「……え?」


 そんなクラスメートに対して愛莉が徐に喋り出した。差し出された手を無視して。


「友達がイジメられてるのを助けられなくて、そんな自分が嫌いになり学校に行くのをやめました」


「火浦さん?」


「誰にもその事を相談する事なく引きこもりに。高校に行くのも嫌だったので受験する事も無かったです」


「そうなんだ…」


「当然、お母さん達には叱られました。先生にも。友達とも縁を切ったから完全に孤立の道を歩んでいました」


 語り手と聞き手が交代する。耳に入ってきたのは以前に打ち明けてくれた過去のエピソードだった。


「でも毎日1人で部屋の中で過ごしているうちに気付いたんです。自分はどうして生きているんだろうと」


「ん…」


「誰でもいいから会話をしてくれる相手が欲しい。そう考えるようになってきて…」


「それで高校に?」


「……はい。私はただ純粋に友達が作りたかっただけなんです」


 内気な女子生徒が精一杯に気持ちを捻り出す。ずっと隠し続けていた経歴を。


「だから水瀬くんと親しくなれた事は嬉しかったです。不登校になって以来、初めて出来た友達でした」


「え~と…」


「彼は私の過去を知っても敬遠しなかったし、むしろ励ましてくれました」


「いや、俺自身がこんなだし…」


「凄く素敵な人だったと思います。時々乱暴な口調で喋るけど、根はとても優しい人でした」


「……すんません」


「私にとっては唯一全てを打ち明けられた人。水瀬くんの存在だけが不安な生活の救いでした」


 唐突に賞賛されてしまった。嘘を語っていないと分かる口調に。


「けど私がいなければ水瀬くんは怪我を負うなんて事は無かった」


「え?」


「私が邪魔なんです。私がいなければこれ以上問題が起きない」


「そんな事…」


「土乃さんだってそうです。私みたいな奴と仲良くしていたら、いずれ水瀬くんや日向さんみたいに酷い目に遭わされてしまうかもしれないんですよ?」


「……愛莉」


「軽々しく友達になるなんて言わないでください。今の私には……その言葉が優しすぎて凄く辛い」


 声が先程以上に震えている。定まらない呼吸のせいで。


「火浦さんは大人しく身を引く事が最善の策だと考えてるの?」


「え?」


「それ違うよ。間違えてる」


「間違えて…」


「自分が正しいって思う事なら貫きな。少なくとも卑怯な事をしてる奴等の為に折れる必要なんてどこにもない」


 バッドエンドとも思える雰囲気の中で土乃が空気を読まない叱責を開始。年上相手に生意気な言動を振り撒き始めた。


「あたしがさっき暴れた時、どう思った?」


「……え?」


「野蛮だなって軽蔑した? 女のクセに暴力的だなって」


「そ、それは…」


 そしてそのまま質問をぶつける。自身に対する評価を。


「誰に指摘されるでもなく自覚はある。男子にからかわれてる事も、この性格が可愛くない事だって」


「えっと…」


「でも改めてようだなんて思わない。苦しんでる人間を救う為にケンカして何が悪い」


「んっ…」


「もし時間を巻き戻してやり直すチャンスを与えられたって、あたしは何度でも同じ事をしてやる」


「え…」


「例え人にバカにされて笑われたとしても……誰かをバカにして笑ってるような奴にだけはなりたくないから」


 気のせいでなければ喋る言葉に異変が発生。土乃は泣いている愛莉と同じぐらいに肩を震わせていた。


「けど私の場合はアナタと違います…」


「何が?」


「本当なら学年だって上だし、受けてる授業だってもっと進んでるハズだし」


「かもね」


「しかも入学してから今までずっと皆さんの事を騙していました。同級生じゃないのに、同級生のフリを続けて…」


「火浦さんは同級生よ。このクラスの一員で、あたし達と同じこの海城高校の女子生徒」


「え?」


「アナタは嘘なんかついちゃいない。だって火浦さんは、ここにいる皆と同じように受験をしてこの場所に立っているんだから」


 2人が互いの顔を見つめ合っている。息がかかる程の至近距離で。


「確かに世の中は酷い奴だらけかもしれない。コイツらみたいにイタズラに人を傷付けるような奴はたくさんいる」


「はい…」


「でもね、この教室にアナタの味方になろうとした人が何人もいた事だって事実でしょ?」


「……あ」


「もう二度と1人になんかさせやしない。文句つけてくる奴がいたら、あたしが全員ブッ飛ばしてやる!」


「土乃さん…」


「だから……火浦さんは学校辞めなくても良いんだよ?」


 続けて土乃が伸ばした手を愛莉の肩に移動。慰めるように優しく添えていた。


「……ぐすっ」


「ん?」


「ありがとうございます。私みたいな奴の為にそんな事を言ってくださって…」


「当たり前じゃん。だってこれから友達になるんだもん」


「私……これからもここに来て良いんでしょうか」


「むしろダメな理由が無いわよ。ね~、皆?」


 彼女の主張は多くの人間の心を動かす事に。張り詰めた空気感の中で数名の生徒がコクコクと首を縦に振っていた。


「ほら、皆もこう言ってる。だから火浦さんはこれからもこの教室にいて良いんだよ?」


「はい、はい…」


「同じクラスになった仲間だもんね。卒業するまで一緒に頑張ろ」


「本当に……ありがとうございました」


「んっ…」


「わっ!?」


 突然、土乃が愛莉の体を抱き寄せる。胸に押し付ける形で。


「お礼を言わなくちゃいけないのはあたしの方…」


「え…」


「火浦さんのおかげで一番大切な物を思い出せたもん」


「大切な…」


「ありがとう……ありがとうね!」


 彼女の口にしている台詞の意味は分からない。どうしていきなりハグしたのかも。


 ただ1つだけ判明しているのはそれが優しさが原動力となった行動だという事。真っ赤に充血した土乃の瞳からはボロボロと涙が零れ落ちていた。


「火浦さん、これ…」


「え?」


 抱き合っている2人の間に別の人物が介入する。ジャージの上着を持った日向さんが。


「サイズ合わないかもだけど使って」


「えっと…」


「もうその制服着れないでしょ?」


「……うん」


 そのまま愛莉に向かって差し出した。着替えるように促しながら。


「あっ! うちのジャージ、まだ長袖だからそれ貸してあげよっか?」


「え、え…」


「ていうか男子は散れ! こっち見んな!」


 そんな彼女に続いて他の女子生徒達も近寄ってくる。四方八方から次々と。


「俺、冬服の上着、ロッカーに入れっぱなしだから持って来ようか?」


「俺も野球部のユニフォームならあるよ」


「剣道部の防具……はいらないか」


 更に男子生徒達も行動を開始。配慮の言葉をかけながらあっという間に周りを取り囲んでしまった。


「良かったじゃん…」


 小さな声で呟く。親切心に溢れた人垣より離れた場所で。


「ん…」


 1年前のあの日。もし自分にもこんな仲間がいたら普通に学校に通えていたのだろうか。


 誰かが庇ってくれたなら。誰かが味方になってくれたなら。きっと今とは違う人生を歩んでいたハズ。けれど留年したからこそ今この教室にいられるのも事実だった。


「友達か…」


 窓から穏やかな風が流れ込んでくる。夏を感じさせる空気が。


 少しだけ心が清々しい。自慢気な気分に浸りながら和解したクラスメート達の姿を眺めていた。

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