20 事件とキッカケー1
「遅いな…」
自宅を少し離れた道路で立ち尽くす。ポケットから取り出したスマホで時間を確認しながら。
「火浦さん、ちゃんと来てくれるでしょうか…」
「分かんない。直前になって怖じ気づいてるのかも」
「なら家まで迎えに行った方が良かったんですかねぇ」
「また窓に向かって石を投げてみる?」
「絶対にやめてください」
すぐ隣には三つ編みをした女子生徒が存在。電車通学の彼女もわざわざ遠回りをして待ち合わせ場所に足を運んでくれていた。
「あ、来た」
しばらくすると見慣れたシルエットを見つける。制服を着た友人の姿を。
「お、お待たせしました」
「時間ピッタシ。なんだ、この計算し尽くされたような行動は」
「すみません。ゴミの集積所に寄ってたら遅れてしまって…」
「漁ってたの?」
「違いますよ!」
接近してきたかと思えば肩で息するように深呼吸を開始。よほど慌てていたのか衣類が乱れていた。
「んじゃ、行くか」
「はい」
体力の回復を確認した所で歩き始める。戦場とも伏魔殿とも呼べる場所に向かって。
「そう怯えるなって。もっと堂々としてなよ」
「ふぇ?」
「俺達のが年上なんだからさ。周りの奴らを抑制するぐらいの気持ちでいなきゃ」
「え、えぇ…」
「それにビクついてたら余計にナメられるよ? シャキッとしてな、シャキッと」
1週間ぶりに登校する友人の様子が不安定。必要以上に周りを警戒していた。
「そうだよ。火浦さん」
「日向さん…」
「私なんてずっと水瀬くんにセクハラされてて慣れちゃった」
「え?」
「いや、スク水のデザインについて意見を聞いただけじゃん…」
「あはは…」
励ましている最中に3人目のメンバーも加わる。前日よりも緊張感の色が薄まっている女子生徒が。
比較的、会話はスムーズに進行。互いの間にあった壁はほとんど取り除かれていた。
「な~に見てんだ、コラ」
「い、いや……別に」
学校に到着後は昇降口に突入する。上履きに履き替えている最中に近くにいた数名の男子生徒がこちらを観察。不快なので睨み付けて対応した。
「ちっ…」
コソコソと内緒話をしている。声は聞こえてこないが芳しくない内容なのだろう。
「ん…」
担任には今回の件について何も話をしていない。相談を持ちかけたとして力になってくれるとは思えなかったから。
教師側からしたら不登校児が学校に足を運んだ時点で問題は解決。だが生徒目線で見れば勇気を出して戻って来ても悩みの種は何一つ解消されていなかった。
「教室に着いたらどうしましょうね」
「何が?」
「火浦さんの事…」
「あぁ…」
廊下を歩いている途中で日向さんが相談を持ちかけてくる。全員が意識している憂い事についてを。
「きっと皆が火浦さんの事を好奇の目で見てきます。休み時間は私達が側についててあげられますけど授業中はさすがに…」
「そだな。確かにこのままだと驚かれるよな。前以上に嫌がらせされるかも」
「はい……けどわざわざ注意するのもちょっと。聞き入れてくれる可能性は低そうですもん」
「なら先手必勝だ。こっちから先に手を出してやる」
「え?」
問題に対して武力での鎮圧を提案。その場でシャドーボクシングを披露してみせた。
「大人しくしてるからやられちゃう訳だろ? じゃあ愛莉の方から暴れてやれば良い」
「あ、暴れる?」
「そうそう。教室に入ったら真っ直ぐ砂原の元に向かって全力グーパンチ」
「え、えぇ!? ダメですよ、そんなの!」
「誰もがそう思ってる状況だからこそ意味があるんじゃないか」
「そんな…」
いくらヤンチャな生徒だからといっても不意打ちには対応出来ないハズ。まさか大人しい性格の人間が暴力を振るってくるとは思っていないだろうから。
「砂原の奴をブン殴れば、さすがに周りの奴らもビビるっしょ」
「しかしそれだと火浦さんは益々教室内で孤立してしまうと思うんですが」
「う~ん……確かに。喧嘩に勝つか負けるかの話をしてるわけじゃないからな」
「はい…」
クラスメートに嫌がらせされなくなったとしても間に溝があっては意味がない。1人の生徒として受け入れてもらうのが真のゴールだった。
「あ…」
教室に到着するとぶつかりそうになる。入口付近でお喋りをしていた女子生徒達と。
「……来たんだ」
そのうちの1人が小言を発信。邪魔者を疎んじている顔付きまで向けてきた。
「え……マジで来たの」
そしてそんな彼女達の反応が伝染するようにクラス中の視線が1ヶ所に集中する。沈黙とまではいかないが緊張した雰囲気に様変わりして。
「行こうぜ」
「あ……はい」
立ち竦んでいた2人に目配せで指示。気合いを入れて中へと突入した。
「や、やっぱりジロジロ見てきますね…」
「愛莉が美人だからだよ。久しぶりに顔を拝めたから嬉しいのさ」
「……今はそういう冗談を言える空気ではないと思うのですが」
「ん? そう?」
嫌な雰囲気を吹き飛ばそうと出た発言もすぐにかき消されてしまう。指摘された通り、本人は微塵も笑ってはいなかった。
「だから言ってんじゃん。三原の彼女、ブスだって」
「お?」
鞄を机に置いたタイミングで廊下の方から声が聞こえてくる。人一倍大きな会話が。
「あぁ?」
直後に教室の入口に騒がしい集団が登場。その中央にいた男子生徒と目が合った。
「あっれ~、何で部外者がいるの?」
「んっ…」
「ここ1年生の教室だぜ? 3年生が入って来たらダメじゃないか」
「……うぅ」
「あ、けど学校辞めたから生徒ですら無いじゃん。なら不法侵入者だな」
立ち止まった彼が愛莉の姿を捉える。皮肉タップリの罵詈雑言を飛ばしながら。
「酷い…」
そのやり取りを見ていた日向さんが小さな言葉を発声。口元を手で押さえ表情を歪ませていた。
「おい」
「あ? 何だよ」
「これで半分達成」
「はぁ?」
「愛莉はちゃんと連れて来た。言った通りだろ?」
「達成?」
「あとはお前に謝らすだけ。クラスメートの前でしっかりと頭下げさせたるからな!」
彼女達の間に立ちふさがる形で砂原の元に近付く。伸ばした手で顔を指差しながら。
「おかしいなら今のうちに笑ってろ。後で死ぬほど後悔させてやる」
「……んだと!?」
「後ろにいるテメーらもだ。金魚の糞みたいにコイツの後を付いて回るしか出来ないくせに」
「はぁっ!?」
「1人でサボる度胸もないのによく人の事を笑えるな。歳が違う集団の中に単身で乗り込もうと考えた愛莉のがよっぽど勇気があるわ」
「留年してるバカ野郎に言われたくねぇっつの!」
「そりゃ、ごもっともな意見だ」
そのまま視線を彼の背後に移動。睨み付けるように凝視した。
「ふぅ…」
その後、タイミングよく担任が現れた事で口論は中断する。幼稚な言い争いは。
「あ~あ…」
やはり歓迎されていないらしい。誰も彼も視線が冷たい。
ホームルーム中も教室内は不安定な空気が蔓延。確かめるまでもなくギスギスしていた。




