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雨上がりの空へ  作者: トランクス
1st STORY
76/129

19 遅刻と待ち合わせー6

「こっち、こっち」


「あ、はい」


 同行者を先導して歩く。進行方向を指差しながら。


「愛莉の家には行った事ある?」


「いえ、ありません」


「なら愛莉が日向さんの家に行った事は?」


「それもないです。火浦さんと休日に遊んだ事がありませんから」


「ふ~ん、つまり学校だけの友人関係だったんだ」


「まぁ…」


 時季が時季なので辺りは明るい。夕方なのにまだ空が青かった。


「み、水瀬くんは……どうやって火浦さんと仲良くなったんですか?」


「ん? 知り合いになった経緯って事?」


「はい…」


「俺が愛莉んちの窓ガラス割ったの」


「えっ!?」


 ここにはいない人物の話題で盛り上がる。共通項となるキーワードで。


「……てな感じでたまたま会ったその女の子が偶然にもクラスメートになったのさ」


「な、なるほど。中々レアなケースですね」


「だよな。普通ないわ、こんな出会い方」


「一歩間違えてたら火浦さんに怪我を負わせていたかもしれませんよ。今の水瀬くんみたいに」


「……そうか、その可能性もあるわけか。だとしたら俺のした事って結構危険だったんだな」


「事件に発展しなくて本当に良かったと思います」


 春休み中に起きた出来事を告白。同時に記憶を振り返ってゾッとした。


「到着~っと」


「ここが火浦さんの…」


「眠り姫が眠ってる城だな」


 しばらく歩くと目的地に辿り着く。庭にあるガーデニングが綺麗な一軒家に。


「よし。なら押すぞ」


「は、はい!」


 決意を固めてインターホンのボタンをプッシュ。ブザーを鳴らした。


「またか…」


 そのまま待機するが前日同様に無反応。応答する気配がまるで感じられない。


「留守なんですかね」


「いや、いる。中にいる」


「ど、どうしてそんな事が分かるんですか?」


「男の勘」


 きっとまた迷っているのだろう。廊下をウロつく友人の姿が容易に想像出来た。


「よぉ~し」


「ちょ……何するつもりですか!」


「これを窓にぶつける。それで中にいる愛莉を呼び出す」


 道路に落ちていた物体を拾う。投げるのに手頃なサイズの石ころを。


「ダ、ダメですって。危険すぎます!」


「大丈夫だって。軽くぶつけるだけだからさ」


「もしガラスが割れたらどうするんですか。中に人がいたら怪我してしまうんですよ!?」


「インターホン押しても誰も出てこなかったじゃん。きっと家族の人達は留守なんだよ」


「そんなの分からないじゃないですかぁ…」


 もし中にいたら窓に感じる異変を確認しに窓際に接近。さすがに姿を目撃されては居留守も使えなくなるだろうと考えての作戦だった。


「うりゃっ!」


「あっ!?」


 制止してくる日向さんの隙を見て腕を振りかふる。ホームに変球する外野手を意識して。


 投げた石は見事と言いたくなるぐらいに狙った位置に命中。そしてガシャンという派手な音を立てて中へと吸い込まれていった。


「……げ」


「あ~あ…」


 その場に放心状態で立ち尽くす。春休み中に起きた出来事を脳内で再生しながら。


「ひいいぃいぃっ!?」


 入れ違いに二階の窓からは悲鳴が響き渡った。女性と分かる甲高い声が。


 どうやら今日も彼女は中にいたらしい。状況を説明した後は2人して自宅の中にあげてもらった。



「すいませんでしたああぁあぁぁっ!!」


 玄関先で靴を履いたまま土下座する。包帯が巻かれた額を地面に擦りつける勢いで。


「あの……もう良いですから」


「本当にすまん。前に割ったガラス代も弁償してないのに同じ事やっちまって」


「またお母さんに頼んで直してもらいます。保険でお金が下りるから弁償とか良いですし…」


「いや、それはダメだ。自分がやらかした失敗だから自分で責任をとる。今度こそバイトする」


「は、はぁ…」


 謝罪をした後はガラス片が散乱した部屋に移動。本人はたまたま廊下に出ていたらしく、怪我を負わせるという最悪な事態だけは免れる事が出来た。


「あ~あ…」


 一体、何をやっているのか。説得する為に足を運んだのに嫌がらせみたいな真似をして。


 3人で割れたガラス片を片付ける。手を切らないように慎重に袋の中に詰め込んでいった。


「スナイパーに撃たれたみたいだな…」


 窓を見ると歪な形の穴を発見する。前回に比べたら規模が小さい破損の痕跡を。ただガラスを1枚張り変えなくてはならない事を考えたら少しも嬉しくなかった。


「じゃあ悪いけどこれよろしく」


「あ、はい」


 片付けを終わらせた後は袋を住人に渡す。申し訳ない感情をこれでもかというぐらいに前面に押し出して。


「んで、話なんだけどさ」


「ん…」


「今日は強力な助っ人を連れて来たぜ」


「ど、どうも…」


「……こんにちは」


 落ち着いた所で本題を切り出した。同行してもらった女子生徒を指差しながら。


「急に押し掛けてしまってごめんなさい。どうしても火浦さんに言いたい事があって」


「私に…」


「えっと、その…」


「……ん」


「ごめんなさいっ!」


 気まずい空気の中で日向さんが先に意見を発信。謝罪の言葉と共に深々と頭を下げた。


「火浦さんの手帳の中身、こっそり見てしまいました」


「うん…」


「自分の机の中に入っていた時に何だろうって気になって、そのまま気まぐれに開いてしまって」


「驚いた……よね?」


「正直信じられませんでした。まさか同い年だと思っていた人が2歳も年上だったなんて」


 喋る声が震えている。肩や腕も。


「でも火浦さんに手帳を返さなくちゃいけないし、けど直接手渡すのは怖いし」


「それで下駄箱に?」


「……はい」


「そっか…」


「ん…」


 空気が重苦しい。夕方という要素も相まって薄暗くなっていた。


「素直に話してくれてありがとうございます。やっぱり手帳を拾ってくれてたのは日向さんだったんですね」


「……ごめんなさい」


「うぅん、謝らなくちゃいけないのは私の方。今までずっと騙していてすいませんでした」


「え?」


 そして入れ違いに今度は愛莉が頭を下げる。縛っていない長い髪を床に向かって垂れ流しながら。


「そんな。火浦さんは別に悪い事なんて何も…」


「言い出すのがね、怖かったんです。もし本当の年齢をバラしたら距離を置かれそうな気がしてて」


「その気持ちは分かります…」


「けどそれは同時にアナタを友達だと見ていない証拠。私の方が日向さんを信用していなかったんです」


「……あ」


「本当にごめんなさい。裏切っていたのは私の方でした」


 謝罪の言葉が場に浸透。それは目の前の人物が抱えていた苦悩や本心だった。


「え~と、ちょっといい?」


「はい?」


 2人の間に割って入る。手を動かす動作も付け加えて無理やりに。


「実は昨日、言いそびれちゃった事があってさ」


「……何でしょう」


「黒板にアレ書いたのね、日向さんじゃないんだよ」


「え?」


 驚くリアクションを見せた友人に詳しい事情を説明した。例の悪戯書きは木島が書いた物で、彼自身も砂原に命令されてやらされたのだという真実を。


「……そうだったんですか」


「うん、だから愛莉達が仲違いする理由はないんだよ。悪いのは全部あのバカだから」


「でも私が皆さんに迷惑をかけていた事は事実です」


「おい」


「私がいなければ日向さんにも木島くんにも嫌な思いをさせる事はありませんでした。水瀬くんにも…」


「それは俺に対しても邪魔者だと言いたいのか?」


「い、いえ。そんな事は…」


 卑屈になっている友人を威圧する。慌てて両手を振る仕草を視界に収めながら。


「水瀬くんはちゃんと皆に知られてたじゃないですか。自身の境遇を」


「進んで公表したわけじゃないけどね。勝手に情報を回されてただけだし」


「なら私とは違います。ずっと隠したままだった私とは…」


「あのさ、隠し事するのってそんなにダメな事なのかな?」


「え?」


 耐えきれずについカッとなってしまった。ここへとやって来た本来の目的を忘れて。


「俺は全てをさらけ出す必要は無いと思う。周りに知られたくない秘密の1つや2つ、誰にだってあるハズだ」


「け、けど私はそれが原因でクラスの人達に迷惑をかけてしまった訳ですし…」


「迷惑をかけたのは愛莉の黙秘が原因なのか? 違うだろ。面白がってからかった奴らが悪いんだ」


「んっ…」


 外見の悩みだったり、生い立ちだったり。個人差はあれど誰しもが必ず持っている。コンプレックスは生きる上で付きまとう足枷だった。


「隠してた愛莉が悪いんじゃなく、隠さなくちゃいけないこの世の中が間違えてる」


「それは規模が大きすぎる気が…」


「ただ俺に今すぐこの世の中の常識や偏見を変える力なんか無い。だからこの場で言える事は学校に来いって事」


「……学校」


「周りの目なんか思い切り気にしたって構わないから戦ってやろうぜ、アイツらと」


「んっ…」


 それは自分自身をも奮い立たせたくて出した言葉。友人を馬鹿にした連中に負けたくないという意志の表れだった。


「戦うって……私にそんな真似出来るでしょうか」


「出来るかどうかじゃなくやるんだよ。俺みたいに」


「……そうですね。水瀬くんはクラスの皆に秘密を知られた後も登校していました」


「サボったりはするけどな。行っちゃいけない理由なんてどこにも無いし」


「それに比べて私はダメな人間ですね。すぐ何かのせいにして逃げ出す事ばかり考えてしまう」


「俺も本当は怖いんだ。だから頼むから力を貸してくれ」


「え?」


 嘘偽りない弱音と共に彼女の手を取る。両手でガッチリと。


「なんかあったら俺が助ける。文句つけてくる奴は1人残らずブン殴ってやるし」


「そ、それは危ないからダメですよ!」


「世界中の人の心を動かす力は持ってない。でもクラスメート達を変えるぐらいなら俺にも出来るかもしれない」


「水瀬くん…」


「だからもう一度行こう。学校に」


 握ったその手は震えていた。恐怖に怯える子供のように。


「わ、私も協力するから」


「え?」


「水瀬くんみたいに相手の人達に文句つけに行くとかは出来ないけど、休み時間に一緒に過ごしたりは出来るし」


「……日向さん」


「それに私も火浦さんがいないといろいろ困るもん。体育の時間のペア組みとか」


「うん…」


 力説を語っていると隣にいた女子生徒も介入してくる。たどたどしい動作を見せながら。


 それは彼女が目の前にいる人物の全てを受け入れた瞬間。年齢や不登校の経歴なんか関係なしに告げた言葉だった。


「……分かりました。ならまた明日から学校に行きます」


「本当に!?」


「水瀬くんや日向さんが戦っているのに私だけが逃げ出したままってのは良くないですし」


「お、おう」


「それに自分には助けてくれる友達が2人もいるんだって知る事が出来ましたから」


「愛莉…」


 照れくさそうな言葉と共に友人が微笑む。微かに目尻に涙を浮かべながら。


 こうして説得は無事に成功。苦しい状況から一歩だけ前に進む事が出来た。

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