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雨上がりの空へ  作者: トランクス
1st STORY
71/129

19 遅刻と待ち合わせー1

「う~む…」


 白い椅子に腰掛けながら唸る。病院の一階にある広いロビーで。


「なぁ、やっぱりこれやらなくちゃダメ?」


「はあ? 当たり前でしょ。何言ってんのよ」


「だって全然分かんねーし。ついでに面倒くさいし」


「んな小学生みたいなワガママ言わないの。これやらないと退院した後に、また放課後に居残りさせられるんだからね?」


「ちっ、鬱陶しいな」


 すぐ隣には制服を着た女子生徒が存在。プリントを持ってきてくれた土乃が座っていた。


「分かんない所あったらあたしに聞いてくれればいいから。そしたら教えてあげるし」


「1から10まで全て分からん」


「おい!」


「お前ってそんなに勉強得意だったっけ?」


「別に得意ってほどでもないけど人並みには出来るよ。宿題やってて解けなかった事ほとんどないもん」


「遊んでばっかのイメージあるのに。どうして俺みたいに居残りさせられないかなぁ」


 彼女は学校が終わった後、教師からの預かり物を渡す為にわざわざ病院まで寄ってくれたらしい。自ら進んで持っていくと名乗り出たんだとか。


「ところで調子はどう? もう良くなった?」


「いや、全く。元気が無いからずっとエロ画像を漁ってた」


「ふざけんな、コラッ!」


「いたたっ!? こう見えても一応は怪我人なんだから乱暴するなよ!」


「怪我人なら大人しく過ごしなさいよ!」


「くぅ~…」


 痛みの走ったスネを手で押さえる。ローファーの先端で蹴られてしまった。


「ふぅ…」


 教室で砂原と乱闘した直後、頭から出血をしたので救急車で病院へと搬送。すぐに割れた額を縫う手術が行われる事に。


 意識を取り戻した後は脳や骨を調べる為にあちこちの部屋を廻って検査。異常は無かったが様子見として日付を跨いだ後も患者として滞在していた。


「手術って痛かった?」


「寝てたから全然。起きたらもう終わってたわ」


「針で縫ったって事は……今、水瀬くんの頭は糸がついてる状態なんだよね?」


「そだよ。見たい?」


「み、見たくない。見たくない」


 彼女が手を振りながら距離をとる。その引きつった表情で本気で嫌がっていると理解した。


「しっかしまさか救急車で運ばれるとはねぇ…」


「それは誰より俺が驚いてるよ」


 今までの人生の中で緊急搬送された過去はない。手術を受けるのも入院するのも。全てが初めての経験だった。


「ちなみに怪我した時って俺どんな顔してた?」


「目を小さく開いたまま血まみれで倒れてたわよ。一瞬、このまま死ぬんじゃないかとか考えちゃった」


「写真は残ってない? その時の流血動画とか」


「んなもんある訳ないでしょ。もしクラスメートが怪我してる現場を呑気に撮ってる奴がいたら、あたしがブン殴ってるし」


「うひょ~、おっかねぇ」


 そのイメージが容易に浮かんできてしまう。彼女が周りの人間を怒鳴り散らしている光景が。


「ちなみに誰が救急車呼んだの?」


「志田先生。水瀬くんが倒れたちょっと後に教室に入って来てさ」


「ふ~ん、あのヒステリックババァがねぇ」


「そういう事言わないの。あれでも一応、あたし達の担任なんだから」


「へいへい」


 悪態をついた瞬間に叱られてしまった。子供を宥める親のような口調に。


「あと水瀬くんが倒れた後さ、砂原が持ってた椅子でまた殴ろうとして」


「はぁ? 頭から血を流して倒れてんのに?」


「うん。あたしも止めようかと思ったんだけど先に金坂が飛び出していったの」


「え?」


「そんで椅子を振り上げてた砂原に向かってタックル。力ずくで押さえつけて屈服させてた」


「へぇ…」


 まさか犬猿の仲であるクラスメートに助けられるなんて。互いの関係性を考えたら意外だった。


 それから彼女の口からクラスの近況を聞く事に。乱闘が行われた教室内は騒然となり、次の授業は中止。張本人だった砂原は職員室に呼ばれ、それ以外の生徒には事情聴取のようなものが行われた。


 問題を起こした彼は当然の事ながら停学処分。ただ相手が先に手を出したという証言が何人ものクラスメートから挙がったからか、3日間という軽い内容で済まされてしまった。


「またかよ、クソっ!」


「取り巻きの連中がアイツを庇ってさ。必死で被害者って風に仕立てあげちゃって」


「そりゃ確かに先に手を出したのは俺だけど、こうして怪我をさせられてる訳だし。そもそも喧嘩の発端はあの男の行動にある訳だし」


「ほんっとムカつくよね~。停学明けたら今度はあたしが一発ぶん殴ってやろうかな」


「お願いします、ツチノコ様」


 友人に向かってペコペコ頭を下げる。直後に二度目となる蹴りがスネに直撃した。


「いてっ!? だから怪我人なんだってば」


「水瀬くんが変な呼び方するからじゃん。そろそろ怒るよ?」


「いや、怒ってから言われても」


「ふんっ!」


 怒り具合が本気なのか冗談なのか判断がつきにくい。とりあえず謝罪して許してもらった。


「今日は砂原がいないから静かだった。みんな普通に授業受けてたし、昨日の騒動についても誰も触れてなかった」


「そっか…」


「水瀬くんの処分については退院してからだってよ。停学は覚悟しておいた方がいいかもね」


「それは母ちゃんから聞いたから知ってる」


「え?」


 昨日、母親が保護者として職員室に呼び出し。そして今日、見舞いに来た時に学校側から告げられた話を聞かされた。


「おばさん、何て言ってたの?」


「このバカ息子が。何度喧嘩すりゃ反省するんだって」


「あ~、水瀬くんって親にそういう認識されてるんだ。ちょっと可哀想かも」


「だろ? とても大怪我した息子に言う台詞とは思えないわ」


「じゃなくて、あたしが可哀想って言ったのはおばさんの方。いつもいつも人に迷惑をかける子供がいて大変だなぁって」


「そっちかよ!」


 思わずツッこんでしまう。否定出来ない事実に悔しさを感じながら。


「そういえば愛莉ってどうしてる?」


「……さぁ」


「やっぱり今日も学校に…」


「来てないよ、休み。先生もただ欠席するとしか言わなかったから」


「そっか…」


 問い掛けに対して素っ気ない態度が返ってきた。予想通りの答えが。


「……やっぱり心配? あの人の事」


「どうだろ。よく分かんないや」


「ふ~ん…」


 彼女の存在理由に明確な答えが出せない。似たような境遇で過ごしていたクラスメートなのか、それともただの顔見知りなのかが。


 どれだけ考えても正解は不明。辿り着くのはいつも迷路の入口だった。


「じゃあ、あたしはそろそろ帰るね。用事も済んだ事だし」


「おう。プリントわざわざサンキューな」


「ちゃんとやりなさいよ?」


「気が向いたらね」


「向け」


 隣に座っていた友人が勢い良く立ち上がる。鞄を肩にかけながら。


「お~い、ゆうちゃ~ん」


「げっ!?」


 そしてタイミングを見計らったかのように別の知り合いが登場。ロビーに女性特有の甲高い声が響き渡った。


「こんな所にいたぁ。すぐに見つかって良かった」


「いや、人違いっすよ」


「え? でもゆうちゃんだよね?」


「もうその人、退院したんじゃないかな」


「あれれ、おかしいな。だったら今ここにいるのは誰だろう?」


 従姉の質問を適当にあしらう。白々しさ全開の芝居で。


「ぐっ…」


 見舞いに来てくれるのは嬉しいがもう少し空気を読んでほしい。身内のやり取りをクラスメートに見られるのは恥ずかしかった。


「ごめんね、本当なら昨日のうちに来たかったんだけど。私が話を聞いたの夜だったし」


「そのまま来なければ良かったのに」


「だから今日は部活休んじゃった。怪我はもう大丈夫?」


「ゴホッ、ゴホッ! 辛いけど葵が帰ってくれればすぐに治るかも」


「ちょっと私の話聞いてる?」


「聞いているわけがないだろう」


 無礼な言動を振る舞う。手っ取り早く追い払う為に。


「あれ? お友達?」


「……うっ」


 会話中に彼女が隣に立っていた女子生徒の存在を察知。興味津々な表情で見つめだした。


「今のクラスメート」


「そうなんだ。こんにちは~、初めまして」


「あ……ども」


「いつもゆうちゃんがお世話になってますぅ」


「は、はぁ…」


「わざわざお見舞いに来てくれたのかな? ありがとうね」


 女性陣が挨拶を交わす。丁寧に頭を下げながら。


「……ねぇ。この人、誰?」


「え~と…」


「彼女?」


「違う違う」


 続けて友人から当然の如く質問が飛んできた。本人には聞こえない大きさの台詞が。


 同じ制服を着た女子が馴れ馴れしいアダ名を男に向かって連呼。それは親しい間柄でなければ有り得ない現象だった。


「すいません。この人、僕の従姉なんです!」


「え?」


「たまたま同じ学校に通っている親戚なんです!」


「親戚…」


 ごまかす事を諦めて正直に打ち明ける。変な呼ばれ方を隠すより、妙な疑いを晴らしたかったので。


「俺の母ちゃんとコイツの父親が姉弟なの」


「あ、なるほど」


「住んでる場所も近いし歳も同じだから昔から仲が良かったんだよね」


「へ~、なら幼なじみみたいなもんか」


「まぁ、そういう見方も出来るかな」


 たどたどしい口調で繋がりを説明。自分のテンション下降と反比例するように友人の硬かった表情が緩んでいった。


「改めましてよろしく~」


「こちらこそ。水瀬くんとはそれなりに仲良くさせてもらってます」


「それなりって…」


「水瀬くんと同い年って事は先輩ですよね。立花先輩って呼んだ方が良いですか?」


「どっちでも良いよ~。ゆうちゃんみたいに下の名前で呼んでくれてもいいし」


「なら葵先輩で。あ、でもこれだと馴れ馴れしすぎるかな」


「良いよ良いよ~。どんどん呼んじゃって」


「ふふっ、先輩って可愛いですね」


 真相を知った所で2人が再び自己紹介する。和んだ空気に身を委ねながら。


「あ……あたしそろそろ帰らないと。それじゃっ!」


「わざわざお見舞いに来てくれてありがとうね」


「いえいえ、これくらいお安い御用です」


「バイバイ、土乃さん」


「失礼します。葵先輩!」


「プリント、サンキューな」


「うん。じゃあ、また教室でね。ゆうちゃん」


 時計で時間を確認した友人が今度こそ病棟から退散。ただし去り際にとんでもない爆弾発言を残していった。


「良い子だったね~。礼儀正しかったし」


「……おい」


「ん? なぁに?」


「お前のせいで弱味を握られちゃったじゃねぇかっ! どうしてくれんだよっ!!」


「ぎゃあっ! 何々!?」


 隣にあった髪をグチャグチャに掻き乱す。ヘッドロックをかけて。


「さ~て、俺も部屋へ戻るとするかな」


「あっ、私も一緒に行っていい?」


「ん? どうして?」


「大事な話があるから。その為に今日は部活を休んでここまで来たんだよね」


「大事な話…」


 仕返しを終えた後はロビーを移動。後に続くように従姉が部屋への同行を願い出てきた。

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