18 隠蔽と発覚ー6
「砂原っ!」
勢いよく教室の扉を開ける。注目を集めるようにワザと大きな声を出して。
「……あそこか」
辺りを見回すと窓際に群がっている集団を発見。歩いてその場所へと近付いた。
「よう、偽善者」
「は?」
「聞いたぜ。昨日、黒板にあんな事を書いた犯人はお前なんだってな」
「いきなりどうした」
「まさか人を利用するなんてよ。ずる賢いタヌキが考えそうなやり方だわ」
「突然なに言い出してんの?」
開口一番に皮肉をぶつける。比喩表現を用いた事情聴取の台詞を。
「卑怯者はお前の方だよ。皆をまんまと欺きやがって」
「いきなり訳わかんねー説教すんなや、留年。頭おかしくなったのか」
「おう、お前のせいでおかしくなりそうだわ。悪意の塊」
「はぁ?」
「自分が悪者になりたくないから脅して人に書かせたんだろ? 黒幕がお前だってもう分かってんだよ」
「黒幕?」
「黒板にあんなメッセージを書いたのは日向さんじゃない、お前だ。厳密にはお前の命令で無理やり書かされたアイツだけどな」
真相を告げながら教室の入口を指差した。1人で立ち竦んでいる小柄な男子生徒を。
「木島が全て話してくれた。愛莉の生徒手帳を持ってたらお前に中身を見られた事や、脅されて黒板に暴露文を書かされた事も」
「あのチビ…」
「皆にその事を打ち明けてくれるってよ。良かったな。今日からお前はクラス中の嫌われ者だ」
「……ちっ」
「この後、職員室でも同じ話をしてやる。なんなら放送を使って校内中に流してやろうか?」
椅子に座っている砂原を上から挑発する。しかし彼の目線はこちらではなく小柄な男子生徒を捉えていた。
「だから?」
「は?」
「火浦の秘密をバラしたのが俺だとして何で俺が責められるの?」
「お前な…」
「アイツが歳をごまかしてたってのは事実だろ? 本人も担任も認めてる嘘偽りない事実だ」
呼び掛けに反応したかと思えば露骨に開き直る。反省の色がまるで見えない態度で。
「あの女が俺達を欺いてた事に変わりはない。ただそれを皆にバラしたのが俺ってだけ」
「だからその事を問い詰めてるんだろうが」
「むしろ感謝されたいぐらいだね。俺が行動しなかったら全員が騙され続けてたんだし」
「はぁ? 感謝って何だよ」
「お前だってせいせいしただろ? 自分を利用してる女を無事に追い出せてさ」
「……っ!?」
咄嗟に伸ばした手で彼の胸倉を鷲掴み。無理やり引き寄せると顔を近付けて威圧した。
「人が思ってもいない事を勝手にベラベラ喋るな。俺はそんな事考えてない」
「本当に?」
「んっ…」
「絶対にそんな事は思ってないって言い切れるのか? 皆がいるこの場所でそう誓えるのかよ、お前は」
「……うっせ!」
掴んだ制服をすぐに離す。湧き上がってくる歪な感情をごまかすように。
「ふんっ……正義ぶってるけどテメェだって火浦には愛想が尽きてるんだろ?」
「仮にそうだとしても、お前が日向さんや木島を傷付けた事実は変わりない」
「それは俺とそいつらとの問題だろうが。留年野郎には関係ねぇし」
「謝れよ。木島と日向さんと、んでもって今日は欠席してる愛莉に」
「やだね。誰が底辺組の連中に頭下げるかっつの」
「……こいつっ!」
意識が激しく沸騰。同時に歯を強く食い縛った。
「ぐわっ!?」
大きな音が教室中に響き渡る。椅子や机を巻き込んで転倒する衝突音が。
「いっ、てぇ…」
「なんなんだよ、お前っ! 好き放題やりやがって!」
「はぁ!?」
「最低のクズ野郎だわ。二度と起き上がれないように再起不能にしてやる!」
「やってみろ、ダブり!」
「おらっ!」
拳に続いて蹴りを開始。対戦相手のボディ目掛けて足を伸ばした。
「うおっ!?」
しかしその攻撃はすぐに打ち消される。足を脇腹に挟まれてしまった事で。
「俺も前からテメェの事が気に入らなかったんだよ。ここでブッ殺してやる!」
「上等だ。そんな度胸あんならやってみろし!」
「オラァッ!」
「くっ…」
続けて全身のバランスが崩壊。掴まれた片足を持ち上げられてしまった。
「死ね、留年っ!」
「いって!?」
背中から近くにあった机に激突する。全身に強烈なタックルを喰らってしまった。
「離せよ。デブ!」
「このっ…」
話し合いから一瞬にして乱闘に突入する。女子生徒の叫び声を生み出す暴力へと。
互いに冷静な感情が欠落。あるのは目の前にいる敵を排除しようとする憎しみのみだった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」
無理やり引き剥がすと距離を置く。荒い呼吸を実感しなら。
「ふざけんな、テメェーーっ!!」
「お?」
激昂した砂原が次の行動を開始。近くにあった椅子を両手で掴んだ。
「何? それで殴んの?」
「言っただろうが。テメェはブッ殺すって」
「やってみろよ。それで殴られたからって俺は死なないけどな」
「うっせぇっ、黙れ!」
怯む姿勢は見せずに強気で反論する。凶器を手に持つ行為がハッタリだと見抜いていたので。
「やめなよ、アンタ達。いい加減にしなさいよね!」
罵声の飛ばし合いに1人の女子生徒が介入。逃げ惑うクラスメートを退けて土乃が割り込んできた。
「関係ない奴は引っ込んでろ!」
「暴れるなら外に行ってやりなさいよ。皆が迷惑してるでしょうが!」
「黙れ、ブス!」
「あぁっ!?」
教室全体が混沌とした状況に。どこからか『先生を呼んでこい』という声まで聞こえてきた。
「水瀬ぇ…」
「何、ビビってんだよ」
「……ビ、ビビってなんかねぇし」
「怖いんだろ? 勢いで手に取っちまったけど、そんな物で人を殴った経験なんて無いから」
対戦相手を挑発する。犯人を説得する刑事にでもなった気分で。
「近付いてくんなっ!」
「邪魔だからそれ捨てろよ。誰のか知らねぇけどよ」
「来んなっつってんだろ!」
「慣れない喧嘩なんかするからこういう目に遭う。最初から素直に謝っておけば良かったのに」
「黙れっ!!」
一歩ずつ前に前進。反対に目の前にあった体は後ろに下がっていた。
「水瀬くん、危ないって!」
「大丈夫だっつの」
「そんなの分かんないじゃん!」
「危険だからお前はこっち来んなよ」
「だから…」
制止しようとする土乃と言葉を交わす。余裕のある態度を振り撒きながら。
「うわあぁあぁぁーーっ!」
「……え?」
意識を少しだけ離した瞬間、野太い声が反響。視線を正面に戻すと砂原が掴んでいた椅子を大きく振りかぶっていた。
「……がっ!?」
聞いた事もないような音が耳に入ってくる。コンクリートを金属バットで殴ったような鈍い音が。
更には感じた事のない衝撃が発生。見ているハズの光景が激しく揺れ動いていた。
「うぁ、あっ…」
何がどうなったのかが分からない。視覚と聴覚が遮断され、自分が今どんな体勢をとっているのかすら不明。
しばらくすると邪魔な目眩と耳鳴りが解消され始める。そこでようやく床に倒れ込んでいるのだと気付いた。
「あ、あれ…」
だんだんと周りの声が聞き取れるようになっていく。言葉にならない悲鳴の数々が。
救いを求めるように声を発信。ただ上手く実行する事が出来なかった。
「……え、ぁ」
何かが顔に当たっている。生暖かい液体が
喋る事も起き上がる事も出来ない。苦しんでいるうちに自然と意識は恐怖心の中へと吸い込まれていった。




