18 隠蔽と発覚ー4
「はぁ…」
頬を机に付ける形でうつ伏せになる。話し相手がいないから何もやる事がない。
教室内は前日の出来事が嘘のように和やか。いつもと違うのは窓際の席が空席になっているという事だった。
「俺も家でゴロゴロしてれば良かったかな…」
体調を崩して休んだとは思えない。単純に登校したくなかったのだろう。
愛莉が学校を欠席した事をクラスメート達は痛烈に批判。逃げ出しただの、卑怯者だのという言葉を使って罵っていた。
「水瀬くん」
「……ん?」
感慨に耽っていると隣の空席に知り合いが座る。茶髪の女子生徒が。
「何?」
「元気ないみたいだけど落ち込んでんの?」
「あぁ。けどお前が今穿いてる下着の色を教えてくれたら立ち直れるかもしれない」
「ノーパン」
「おいおい、変態か」
「貴様にだけは言われたくないわ」
他愛ないジョークの応酬を開始。優しい行動のおかげで少しだけ気分が紛れた。
「お昼に学食行くけど一緒に行く?」
「ん~、奢ってくれるなら」
「そのつもりで話しかけたんだけど。この前、いろいろお金出してくれたでしょ?」
「あっ、そういえばそうじゃん!」
従妹やその友人を巻き込んでの豪遊費用を全負担。そのせいで破産寸前へと陥る羽目になっていた。
「で、どうする?」
「行く行く。一番高いの頼んでいい?」
「許さん。安いのにしろ」
「ケチか」
「ならお昼空けといてね~」
「うい」
約束を取り付けると彼女が立ち去る。日頃から親しくしている友人達の元へと戻ってしまった。
「……こんなものか」
今までとあまり変わらない。知り合いが1人いないだけ。
愛莉が学校を欠席した事はこれまでにも何度かあった。芳しくない体調が原因で。しかし心の中で存在価値が疑わしくなったからか、それを淋しいと感じる感情がほとんど存在していなかった。
「あ、あの…」
「ん?」
トイレに行こうかと考えていると声をかけられる。どこかから戻って来た隣の空席の主に。
「あぁ、悪い。また勝手にお前の席を使わせてもらっちゃった」
「そ、それは別に構わないんだけど」
「今度、アイツに注意しておくよ。勝手に人の椅子に座るなって」
「……ありがとう」
「なんなら自分の口から直接言ってもいいぜ。あの女、性格はキツいけど根は優しいからさ」
「いや、それは無理無理…」
提案に対して彼が両手を左右に振りだした。明らかに狼狽えながら。
「え~と…」
「ん?」
「そ、相談があるんだけど良いかな」
「……相談」
黙って座るのかと思えば続けて話しかけられる。それは初めてとなる彼からの意見発信だった。
「何?」
「ここじゃなんだから廊下にでも」
「なにゆえ? あんまり人に聞かれたくない系?」
「ま、まぁ…」
どうやら重要な内容らしい。木島の後について行く形で教室を出る。トイレへと向かうハズだった予定を変更して人通りが少ない踊り場へとやって来た。
「んで相談って何?」
「えっと…」
到着早々に要件を問いただす。ズボンのポケットに手を突っ込みながら。
「まさか…」
「え?」
「お、俺はそっち系の趣味はないからな。悪いけど男と付き合うのは勘弁だぞ!」
「え、え…」
「お前の希望には沿えない。すまないが他を当たってくれ」
「……水瀬くん?」
煮え切らない態度で1つの可能性を予測。大慌てで距離を置いた。
「いや、相談って別に告白とかではないから」
「なんだ、良かった。まぁ、ちょっとからかってみただけなんだけど」
「そうなんだ…」
後頭部を掻きながら笑い飛ばす。今の冗談が効いたのか目の前にある顔からほんの少しだけ緊張の色が消えていた。
「んで、こんな所まで呼び出した用って何だよ」
「……うん。火浦さんの事でちょっと」
「愛莉?」
本題に軌道修正した所で意外な単語が出てくる。欠席中の友人の名前が。
「昨日、朝の登校時間に揉め事があったでしょ?」
「まぁ……いろんな騒ぎに発展しちゃったわな」
「あれ、僕のせいなんだよ」
「ん? どういう意味?」
「黒板にあんな事を書いたの……実は僕なんだ」
「は!?」
内容を予測していると彼がとんでもない告白を開始。それは全身の動作を止めてしまう衝撃的な台詞だった。
「え……お前、なに言ってんの」
「ごめんなさい。水瀬くんや火浦さんには迷惑をかけてしまいました」
「ど、どういう事だよ!」
「言った通りの意味です。黒板にあのメッセージを書いた犯人は僕って事」
「いやいや、意味わからんし。どうしてお前みたいな奴がそんな真似する必要があるんだよ」
「そ、それは…」
「俺をからかってんのか?」
質問に対して首がブンブンと横に動く。必死な形相も付け加えて。
「火浦さんの生徒手帳を拾ったのは僕なんだ」
「はあぁ!?」
「休み時間に彼女とぶつかった時に落としたのを後から見つけて、その時に」
「おいおい、どういう事だよ…」
告げられた主張内容には不合理な点が存在。手帳を拾ったのは日向さんでそれは本人も認めている事実。昨日のあの状況で彼女が嘘をつくメリットなんか無かった。
「本当ならもっと早くに返しておくべきだったんだけど…」
「お前……日向さんを庇ってるのか?」
「え? いや、そんな事はないけど」
「だってそうじゃないと話が矛盾しちゃうじゃないか。愛莉は生徒手帳1冊しか持ってないんだぞ?」
「拾ったのが僕で、返したのが日向さんって事。僕がそうするように仕組んだんだよ」
「んん?」
詳しい話を聞くと彼はクラスメート経由で手帳を届けようとしたらしい。本人不在だった日向さんの机の中に忍ばせて、愛莉に渡してくれるように仕向けたんだとか。
「そういう事かよ。てか何でわざわざ人づてなんて面倒くさい真似したんだ」
「そ、それは…」
「直接本人に渡せば良いだろ? それが恥ずかしいなら愛莉の机の中に入れてあげればいい」
「僕も最初はそうしようと思ってたんだけど…」
「けど?」
「それが出来なくなっちゃって」
強気な口調で対話相手を責め立てる。要領を得ない喋り方に少しだけ苛立ち始めていた。
「手帳を拾った後ね、何度か火浦さんに接触したんだ」
「ほう」
「でもなかなかタイミングが図れなくて、それで仕方ないから図書室で彼女を待ち伏せしてたんだよ」
「んで?」
「そしたら手帳を持ってる所を砂原くんに見つかっちゃって」
「え?」
話が意外な方向に転移する。大嫌いなクラスメートの名前が飛び出した事で。
「もしかして手帳の中身見られたのか?」
「うん、その時に火浦さんの本当の年齢に気付いちゃって。面白そうだからクラスの皆にも教えてやろうって言い出してさ」
「……アイツ」
「それで僕に朝一で黒板にあんなメッセージを書くように命令してきたんだ」
少しだけ真相を理解。やはり黒板にあんなメッセージを書いたのは砂原で、木島はただそれを代わりにやらされただけ。
あの男は最初から知っていたらしい。罪をクラスメートになすりつけて傍観者を装っていただけだった。
「お前が黒板にあんな事を書いた理由は分かった。でもなら何故に手帳を日向さんに託した?」
「だ、だって直接火浦さんに渡したら黒板に暴露文を書いたのが僕だって気付かれちゃうし」
「なるほど。手帳を返してもらった翌日にあんな事が起きたら、愛莉は真っ先にお前の仕業だと疑うわな」
「うん…」
もし本人に直接返さなくとも机や下駄箱に忍ばせている現場を誰かに見られてたらアウト。だから彼は友人である日向さんを経由させる方法を実行したのだろう。
そして彼女もその時に手帳の中身を閲覧。どうして良いか分からず愛莉の下駄箱に突っ込んだが、その現場を砂原に目撃されてしまったのだ。
「なんだよ。そういう事か」
「どうしよう。僕の行動が原因で火浦さんが…」
「お前さ、自分が何したか分かってる?」
「え?」
「愛莉だけじゃなく、何も悪い事してない日向さんまで巻き込んじゃってんだぞ? 自覚してる?」
「そ、それは…」
「もしこれがキッカケであの2人が一生仲違いする事になったら、お前にも責任があるんだからな?」
彼女達は互いを信じられなくなり疑心暗鬼に陥る事に。結果、どちらもクラス内で孤立してしまった。
「……ごめん」
「俺に謝られても困る。頭下げるなら日向さんの所に行ってからにしな」
「け、けど…」
「もしお前が本当に悪い事をしてしまったと感じているなら、傷付けてしまった人達を救う為に行動を起こせばいい。だろ?」
「……行動」
偉そうに説教じみた言葉を並べる。効果を表すかは不明だが。
ただ希望はあった。内緒にしておけば良かった話をこうして打ち明けてくれたから。
「もしその結果、お前がクラス中から責められる事になったとしても俺が庇ってやる。てか砂原に脅されてやったんだと皆の前でバラしてやればいい」
「そ、そんなの無理だよ」
「無理じゃない。やれ」
「えぇ…」
「人を傷付けてしまった事に苛まれて生きていくのと、大嫌いな人間と戦って生きるの。どっちがいいか自分で決めな」
「僕が…」
彼も恐れていたに違いない。愛莉や日向さん達と同じ立場に追いやられてしまう状況を。砂原の命令に逆らえなかったのも脆弱な気持ちの表れだった。
「……うん、言ってみるよ。本当は僕がやったんだって」
「よし。なら決まりだな」
「でも大丈夫かな。今更こんな大切な事を打ち明けて、皆に何か言われるかも」
「あのな、お前がした行動の中でどれが一番間違えてたと思う?」
「え……な、何だろ」
躊躇っている彼に質問を飛ばす。無礼にも顔を指差しながら。
「砂原に脅された時に誰にも相談しなかった事だよ」
「相談…」
「もしお前が黒板にあんな事を書く前に誰かに打ち明けていたら、少なくとも日向さんはあんな目に遭わずに済んだんだ」
「け、けど志田先生に言ったとしても力になってくれるかは分からないし…」
「俺がいるだろ、俺が」
「え?」
「今から砂原の所に行って喧嘩ふっかけてやる。付いて来い」
振り返って階段を移動。教室を目指して歩き始めた。
「え、え!?」
「何してんだ。ほら、行くぞ」
「待ってよ。喧嘩をふっかけるってどういう事?」
「そのまんまの意味だろが。お前が今した話をクラス中に聞かせてやってボロクソに罵倒してやるんだよ」
「そんな…」
愛莉は何も悪い事をしていないのに悪者扱い。隠していたコンプレックスをバラされ、そして晒し者にされた。
秘密を隠す為に留年生の存在を利用していたのは事実かもしれない。砂原が言っていた通り自分は盾として使われていた可能性もある。
それでもこのまま黙って見過ごすなんて真似は出来なかった。今のままでは罪の無い人間が罰を受けただけで終わってしまうから。




