18 隠蔽と発覚ー3
「くっくくく…」
「あ?」
冷静になりながら謝罪を決行。言葉を交わしている背後で砂原が口元を手で押さえて笑い出した。
「何がおかしいんだよ」
「別に。ただ呑気な連中だなぁと思って」
「あぁ!?」
「親友に裏切られたとも知らないで悠長にお喋りしてるテメェらが滑稽に思えてきただけだよ」
「滑稽だと…」
「教えてやろうか。この女の生徒手帳を下駄箱に入れた犯人」
意味深な言葉と共に彼が愛莉の顔を睨み付ける。ふてぶてしい態度で。
「は?」
「知ってんだよな、俺は。この事件の首謀者をよ」
「ど、どういう意味だよ。それ」
「知りたいだろ? 教えてやるよ。手帳を下駄箱に入れたのはアイツ」
続けて伸ばした手を別の場所に向けた。教室前方の席へと。
「……え」
「日向……さん」
自分を含めたほとんどのクラスメート達がそこに注目する。視線の先には三つ編みの女子生徒が佇んでいた。
「ちょ…」
本人が椅子から立ち上がる。言葉にならない声を出しながら。
「ち、違います! 私じゃない!」
「俺がハッキリとこの目で見たから間違いないね。犯人は日向で決定」
「私はそんな事…」
「あん? お前、もしかして自分はやってないとでも言うつもりかよ」
「それは…」
砂原が脅迫ともとれる言葉を発信。対して彼女がとった行動は黙り込むという事だった。
「た、確かに火浦さんの生徒手帳を下駄箱に入れたのは私です」
「ほらみろ。やっぱりあの女が犯人だったじゃないか」
「けど私は別に火浦さんをハメようとかそんなつもりは…」
「なら何で直接本人に渡さなかったんだよ? どうしてわざわざ下駄箱に突っ込むなんて遠回りな方法使ったんだ」
「えっと…」
「しっかりした理由があるなら答えられるよな? お前が本当にこの火浦と友達だっていうのなら」
対話相手がいつの間にか変わっている。無関係だと思われた第三者へと。
「下駄箱に入れたって本当?」
「……え?」
「愛莉の生徒手帳を下駄箱に入れたのは君なの?」
立っていた位置から一歩前進。友人に代わって日向さんに声をかけた。
「はい…」
「やっぱり。ならどうして直接本人に渡さなかったの?」
「それは…」
「君なら出来たハズだよね? いつも愛莉と一緒に行動していた日向さんなら」
「わ、渡そうとした時には火浦さんは下校して学校にはいなくて…」
「だから下駄箱に突っ込んだと?」
「……そうです」
問い掛けに対して震えた声が返ってくる。そしてその言葉がすぐに嘘だと確信。明らかに不自然な点があった。
「本当は中身を見たからなんじゃないの?」
「え?」
「中身を見て年齢を知ってしまったから本人を目の前に返すのが怖くなっただけなんだよね?」
「んっ…」
親しい間柄なら本人に渡すなり、メッセージで教えてあげれば良い。自分がそうしたように。
「ほら、見ろ。だから言ったじゃねぇか」
「あ?」
「その女が黒板にあんなメッセージを書いた犯人なんだよ」
「ち、違います。私はそんな事していません!」
「なら誰がやったんだよ。お前以外に誰がこんな真似出来るっていうんだ!」
「うっ…」
「ずっと仲良くしてきた友達の嘘がムカついて、それで仕返しにこんな暴露大会みたいな事したんだろ?」
砂原が得意気に語り出す。その行為を止めようかと考えたが出来なかった。自分も全く同じ考えが頭の中に浮かんでしまっていたので。
「やっぱり日向さんが…」
「ち、違う。私じゃない…」
続けて愛莉が怯えの色を見せながら喋り出した。口元を手で押さえながら。
「おい。お前、なに被害者面してんだよ」
「……え?」
「日向は何も悪くないだろ。悪いのはクラスメート全員を騙してた嘘つきじゃないか」
「え、え…」
「お前が最初から全てを公表してたらこんな事にはなってなかったんじゃねぇの? どうして自分がこんな目に……ってな表情浮かべてるけど一番悪いのはお前だからな?」
「そんな…」
女子2人が互いを見つめ合っている最中に砂原が介入してくる。片方を責め立てるような発言で。
「日向だってずっと信じてたハズだぞ。地味な自分と仲良くしてくれてる良い奴なんだって」
「地味…」
「それなのにまさか親友の正体が詐欺師だったなんてな。そりゃあこんな真似もしたくなるよな」
「……んっ」
「なぁ、お前らもそう思うだろ?」
そして彼が次にとった行動は周りを囲っていた連中に共感を求める事。一方通行な意志に同調するように批判的な意見が飛び出し始めた。
「お、おい…」
止めようと連中の元へ近付く。同時に教室内がザワつき始めた。やり取りを傍観していたギャラリー達が。
「お前ら、やめろって!」
「おいおい、自分の女が的にされてるからってムキになるなよ」
「違う! こんなのおかしいって言ってんだよ」
「何がだ?」
「愛莉が歳をごまかしてたのは誰かを傷付ける為じゃないだろ? なのにどうして悪者扱いすんだよ」
腹の底から声を出して叫ぶ。四面楚歌の空気を変える為に。
「俺達全員を欺いてたからに決まってる」
「それの何が悪いってんだ。どこも責められるような点なんか無いだろが」
「あるだろ。そいつがどうして今まで自分の年齢を公表しなかったのか、分からないのか?」
「そんなの……言いたくなかったからに決まってる」
周りと違うと知られれば差別を受けると誰もが危惧して当然。今まさに起こっているこの状況のように。
「テメェは本当にバカだな。だから留年なんて情けない真似する羽目になんだよ」
「あんだと!」
「ハッキリ教えてやるよ。お前がこの火浦にどういう目で見られてたのか」
「あぁ?」
砂原が伸ばした手で顔を指差してきた。年上に対する敬意なんか微塵も感じさせない様相で。
「お前は利用されてたんだよ。犠牲としてな」
「犠牲…」
「普通に過ごしてたら年齢が違う事を気付かれてしまう。だから自分より目立つ存在の陰に隠れていた」
「は?」
「留年した奴がいた事はチャンスだったんだろうぜ。そいつが注目を全てかっさらってくれるんだからよ」
「なに言ってんの?」
「入学した当時から噂になってたのは自分でも知ってるだろ? このクラスに本来なら学年が違う奴が混ざってるって話」
騒がしかった教室内が膠着状態に変化する。再び話し合いを見守る空気が作られていた。
「けどまさか2人もいるなんてな。俺もそんな考えはさすがに浮かばなかったわ」
「さっきから何を…」
「火浦はよ、ずっとお前を盾にして身を守ってたの」
「盾?」
「つまりお前だけは周りのクラスメートに嫌われたとしても、自分が無事ならそれで良いと考えてたって事だよ!」
彼が核心に迫る言葉を口から発する。心臓に鋭く突き刺さる内容の台詞を。
「そんな事…」
「まさかあるハズないとでも言うつもりか?」
「いや、だって…」
「おかしいと思わなかったのかよ。お前だけがクラスメートに避けられてるのに、いつも一緒に行動してる火浦が秘密を黙ってた事をさ」
「んっ…」
「この女は自分が可愛かっただけ。本当にお前の事を仲間だと思ってるなら身を挺してでも庇ってたハズ。だろ?」
問い掛けを無視して振り返った。ゆっくりと後ろに。
「……違うよな?」
「え?」
「今までこの事を誰にも打ち明けられなかったのは単に恥ずかしかっただけだろ?」
「う、ぁ…」
「俺の事がどうでも良いとか、そんな悲しい考えなんて持ってなかったよな?」
「ご…」
「え?」
「ごめんなさい…」
友人に対して詰問ともとれる呼びかけを開始。ただしまともな返答は無し。唯一返ってきたのは謝罪の言葉だけ。
「うっわ! この女、最悪」
そんな彼女を追い込むように砂原が罵声を浴びせる。徹底的に悪役へと追い込む一言を。
彼の台詞が引き金となって状況は更に変化。クラス中が1人の女子生徒を非難する声で溢れかえった。
「ぐっ…」
分が悪すぎる。立場も展開も。
「くっそ…」
とりあえず場を鎮めなくてはならない。悪意を込めて書かれているメッセージを消そうと教壇に近付いた。
「いって!?」
しかし黒板消しを掴んだ瞬間に動きを制限される。隣から伸びてきた手によって。
「何するつもりだ」
「あ?」
腕を固定してきた人物と睨み合いを開始。いつの間にか入口に金髪の男子生徒が立っていた。
「これ消すんだよ。手ぇ離せや」
「やめとけって」
「はぁ!?」
「このまま残しとけよ」
「お前……なに言ってんだ」
ひょっとしたら彼も砂原達とグルなのかもしれない。敵意剥き出しで威圧した。
「証拠になるって言ってんだよ。志田センコーにこれ見せたらいろいろ問題になんじゃねーか」
「……あ」
「さすがにこんな大胆な事されたら無視出来ないだろ。クラスでイジメが発生したって証明になっちまうもんな」
「な、なるほど。確かに」
やや遅れて彼の主張内容を理解する。誰かが書いたこのメッセージを教師に見せつけてやれ。そう言いたいのだろう。
金坂の宣言通り後から教室にやって来た女担任はイタズラ書きされた黒板を目撃。朝のホームルームで早速その件を取り上げた。
当たり前だが教師サイドは愛莉が2年遅れで入学している事を把握しており、その事については大して言及も無し。ただ同時に黒板にメッセージを書いた犯人への追及も行わなかった。
担任が告げたのは、愛莉が本当は2つ上の学年の生徒であるという事。そしてそんな彼女を差別する事なく受け入れてほしいという二点だけだった。
「なんだ、あのバカ教師は…」
呆れて物も言えない。小学生でも知っている当たり前のような倫理的意見を並べられても誰も聞き入れる訳がない。肝心なのは犯人を見つけて謝らせないといけない事。そうしないと本人が周りから隔絶されて過ごさなくてはならないという部分だった。
「あぁ、くそっ…」
頭を掻きむしる。イライラを少しでも発散する為に。
これだと黒板のメッセージを残しておいた意味がない。ただ恥の上塗りをさせてしまっただけ。
「む…」
授業中も休み時間中も愛莉はずっと浮いていた。周りのクラスメートからは避けられ、砂原達からは嫌味のような文句をぶつけられたり。
そしてそれはいつも共に過ごしていた日向さんも同様。彼女達2人は互いに距離を置きながら孤立してしまっていた。
「……ちっ」
朝の出来事が原因でクラスの雰囲気は険悪なものに。昨日までと違い、明らかに悪者を避ける空気が作り出されていた。
打破してやりたいが体が動かない。頭の中に深く刷り込まれた砂原の言葉が原因で。
「愛莉…」
なぜ彼女は周りに秘密を打ち明けなかったのだろう。どうして一緒にクラス中から浮いてしまう存在になってくれなかったのか。
確かめずにはいられない。張本人がすぐ側に存在しているのだから。
「元気?」
「……え?」
「元気かって聞いてるんだよ。落ち込んでグッタリしてるみたいだったからさ」
休み時間に声をかける。机から一歩も動こうとしていない友人に向かって。
「元気に見えますか。今の私が…」
「見えないね、全然」
「本当に落ち込んでいるんです。出来る事なら今すぐにでも家に帰りたいぐらいです」
「早退?」
「……さっきも後ろから何度も消しゴムの塊をぶつけられました。陰口だって数え切れないぐらい耳に入ってきます」
「見てたから知ってる」
砂原の仲間連中が定規で切り刻んだ消しカスを投棄。授業中で席を立てないのをいい事にやりたい放題だった。
「もうここには私の居場所はありません……隠してた秘密がバレてしまいました」
「あのさ、やっぱりそれを今まで打ち明けなかったのって恥ずかしかったから?」
「え?」
「砂原が言ってた事が正解なの? 俺みたいな扱いを受けるのが怖かったって事?」
「そ、それは…」
質問に対して彼女が俯いてしまう。否定する姿勢を見せずに。
「だとしたらちょっとショックかな。悪気はなかったんだろうけど、利用されてたみたいで癪に障る」
「そうかも……しれないです」
「そっか…」
尋問が辿り着いたのは予想通りの返答。その内容は自虐的な思考にまみれていた。
「あと、もう私とは関わらない方が良いと思います」
「なんで?」
「お互いの為にならないからです。嫌われ者の近くにいたら水瀬くんまで悪者にされてしまいますし」
「ん~、もう色々と手遅れな気もするけど」
「それと……今までありがとうございました」
「は?」
続けて意味深な台詞を発してくる。状況に相応しくない挨拶を。
「こんな奴に優しくしてくれて感謝しています」
「また大袈裟な…」
「水瀬くんはとても良い人でした。私が年上と知った後も差別する事なく扱ってくれた」
「呼び捨てにしたり失礼な行為は連発してるけどね」
「私がこのクラスにいなかったらもっと素敵な友人関係を築けていたと思います。土乃さんや木島くん達と…」
「ふ~ん」
仮定の話を語る友人の目は哀しさで満ちていた。まるで世の中の全てを諦めてしまったかのように。
「……さようなら」
「はいはい」
軽く受け流しながらその場を去る。これ以上話を続けるのが嫌になったので。
ただ翌日にその宣言が真実だったと判明。彼女は学校を欠席してしまった。




