16 筋書きと筋違いー3
「お~い、新緑高校に行こうぜ」
「あ、はい」
帰りのホームルームが終わると学校を出発する。相棒に声をかけて。
「悪いね。放課後にも付き合ってもらっちゃって」
「平気ですよ。どうせ他に用事もありませんでしたから」
「暇なら部活にでも入ったら?」
「ま、まぁ気が向いたら…」
「ん?」
土乃は既に不在。用事があるのか一目散に教室を出ていってしまった。
「どっちか分かる?」
「え~と……多分、向こうの方だと思います」
夕日に照らされた街を歩く。普段は利用しないような道を。
「確かあっちの方角だったと思ったんだけどなぁ」
「川を越えた場所でしたよね。私も行った事はないのでハッキリとは分かりませんが」
「アプリ使って調べてみる? 現在地とか」
「実はさっきやってみたんですがサッパリでした。私、地図を見るの苦手でして」
「俺も俺も。俯瞰のイメージが湧かないんだよね」
しばらくすると目的地を見失うミスが発生。途中で立ち寄ったコンビニで地図を確認するも成果を出せなかった。
「しまったなぁ。せめてバスに乗って行けば良かったわ」
「駅からなら新緑高校行きのバスが出ていたかもしれませんしね」
「うむ。この場所からだとバス停のある所すら見当付かないや」
「う~ん…」
「完全に道に迷ったな、これは」
「はい…」
もはや自分達がいる現在地すら分からない。30分近く頑張って歩き回った結果が迷子になる事だった。
「仕方ない。誰かに道を尋ねてみるか」
「そう……ですね」
「そういえばいつも街の入口に立って街の名前を教えてる人って普段はどんな生活を送ってるんだろう」
「え? 何の話ですか?」
「関係ないから忘れてくれ」
救いを求めて辺りの様子を見回す。車通りが少ない静かな交差点を。
「お?」
すると運良く目の前でエンジン音を吹かした物体が停止。2人乗りのバイクが赤信号で停まった。
「すみませ~ん」
「ちょっと、アンタいい加減にしなさいよね。運転が乱暴すぎんのよ!」
「うるさい、黙れ。人に迎えに来てもらっといてその態度は何だ!」
「さっきから何度も振り落とされそうになったじゃない。落ちて怪我でもしたらどうすんのよ!」
「智沙なら道路にぶつかっても平気だね。むしろお前と衝突した道路の心配するわ、俺は」
「何ぃ!?」
「あ、あの…」
チャンスとばかりに声をかける。しかし2人組が唐突に口論を開始。後ろに乗っている女性が運転していた男性に文句をつけていた。
「颯太のクセに生意気なのよ。そんなんだから18にもなって彼女の1つや2つ出来ないんだから」
「おい、偉そうに言うなや。お前だって今までに彼氏出来た事ないだろが」
「アタシは出来ないんじゃなくて作らないの。今はまだそういう時期じゃないと考えてるから探してないだけだし」
「へっ、よく言うぜ。前に雅人んちに行った時に彼氏欲しいとかほざいてたクセに」
「うるさいっ! ア、アレはかおちゃんに話を合わせてただけだっつの!」
「ぶべらっ!?」
運転手である男性が悲鳴をあげる。赤いヘルメットを被った女性が顔面に強烈な平手打ちをお見舞いしたので。
「い、いきなり何すんだっ!」
「アンタが生意気な発言ばかりするからでしょうが。アタシに逆らうんじゃないわよ!」
「あのな、俺はお前にお願いされたからわざわざこうして迎えに来てやったんだぞ。それなのにその態度は何だ」
「だってアタシ達、地元同じじゃん。働いてる場所だって近いんだから良いじゃない」
「くそっ、なんで俺がこんな目に。どうせならもっと可愛い女の子を後ろに乗せたかったわ」
「んだと、ゴルァァァァッ!!」
「ヒエーーッ!?」
親しげな様子から察するにカップルなのだろう。パッと見、自分達と変わらない年齢の男女だった。
「あのぉ…」
「ん?」
「ちょっと道を尋ねたいんだけど良いっすか?」
喧嘩中の会話に割り込むようにやや強めに声をかける。そこでようやく自分の存在に気付いてもらう事に成功した。
「あぁ、良いよ良いよ。どこに行きたいの?」
「助かります。学校を探してるんですけど」
声をかけた瞬間に女性が道路へ下りる。男性もエンジンを止めて車体を路肩に寄せてくれた。
「新緑高校?」
「この辺りにある学校らしいんすけど道に迷っちゃって」
「俺、分かんねーや。お前、知ってる?」
男性が女性の方に話を振る。数秒前とは別人のような穏やかな口調で。
「あぁ、アタシ分かるわよ。確かここからだと向こうの方角だったハズ」
「ふむふむ」
「あっちに大きいマンションが見えるでしょ? あそこ目指して行けば着くから」
「なるほど」
「ただここからだと20分ぐらいはかかっちゃうかも。向こうにバス停あるから、歩くの面倒ならそこからバスに乗った方が良いかもね」
「了解っす」
女性の優しい説明を何度も頷きながら傾聴。男性同様に言い争いをしていた時とは別人のように優しい人だった。
「ありがとうございました。助かりました」
「ん~ん、別に良いわよ。大した事してないし」
「親切な人で良かったです。正直、自分達だけだとどうして良いか分かんなかったんで」
「だぁから、わざわざ頭下げなくても良いんだってば。困ってる人がいたら助けるのが当然でしょ?」
「そ、そうっすね」
お礼に対して叙説を受ける。感心してしまうような鞭撻の言葉を。
「ところでアナタ達、海城の生徒?」
「え? そうですけど」
「そうなんだ。ならアタシ達の後輩にあたる訳ね」
「へぇ。ならお2人は元生徒?」
「そうそう、今年の春に卒業してさ。楽しかったなぁ、あの頃は」
女性が会話中に空を見上げた。憂いを含んだ表情を浮かべながら。
「てことはもしかしたらどこかですれ違ってたかも」
「ん? アナタ達、2年か3年?」
「え、え~と……そんなとこです」
咄嗟に嘘をつく。留年している事実を知られないようにする為に。
「そっか。アタシもまた着てみたいなぁ、その制服」
「え?」
「結構気に入ってたのよねぇ。学生の頃は毎日着てたのに卒業したら身に付ける機会がなくなっちゃって」
「智沙が今着たらただのコスプレだわ。しかも可愛いもんでなく不気味な方な」
「テメェ、なんつったこの野郎っ!」
「ギャアアァッ!? いってぇ!」
女性が憧れの感情を混ぜた台詞を発信。直後にからかってきた男性の頬を全力で殴打した。
「変な事言うなっ! 殴られたいのか、アンタは!」
「な、殴ってから言うなよ。アホ!」
「せっかくこっちが懐かしい思い出に浸っているってのに。水を差すような発言しやがって…」
「ひいぃ……ヒリヒリする」
「大丈夫っすか?」
どうやら女性の方が立場が上のカップルらしい。尻に敷かれている男性が哀れで仕方なかった。
「んじゃあ、そろそろ行きましょうかね」
「お前、もうこっから歩いて帰ってくれよ。怖いから後ろに乗せたくない」
「はぁ? アンタ、まさかこんな駅も無いような場所にアタシを置き去りにしていくつもりなの?」
「だってすぐ文句つけてくるじゃん。刃向かったら暴力振るってくるしよ」
「それは颯太が逆らうからでしょうが。大人しくアタシの命令聞いてたらそんな事にはならないのよ」
「俺はお前の犬か!」
2人がバイクのシートに股がる。不平不満をぶつけ合いながら。
「じゃあね。気を付けて行きなさいよ」
「うぃっす。わざわざありがとうございました」
「それとしっかり青春しなさい。バカな事やってられるのは学生のうちだけなんだから」
「は、はぁ…」
「卒業した後にいろいろ後悔しても手遅れ。今、アナタ達が目にしている校舎も教室も、学生でなくなったら二度と足を踏み入れる事はなくなるんだからさ」
「……なるほど」
ただ道を尋ねただけの人間に女性が様々な事を語り出した。アドバイスというより、少し前まで学生だった自分自身に何かを言い聞かせるように。
「あの…」
「ん?」
「秋になったら文化祭があるんで、もし良かったら来てください」
「文化祭…」
「それなら在校生でないアナタ達でも堂々と学校に入れるんで。見たい場所とか存分にその目に焼き付けてくださいよ」
「あ~、そっか。確かにそれならアタシ達でも校舎の中を歩き回れるわね」
去り際にもう一度だけ2人を呼び止める。訪問を歓迎するような台詞を口にしながら。そして今度こそ華麗に走り去るカップルを手を振って見送った。
「良かったですね。親切な方に道を教えてもらって」
「だな。ちょびっとだけ変わった人達だったけども」
「私達の先輩だったんですね。まさかOBの方に会えるとは思ってもみませんでした」
「俺もあんな風にバイク走らせてみたいなぁ。金貯めて買ってみようかな」
「水瀬くん、二輪車の免許持ってるんですか?」
「いや、ないけども」
雑談を交えながら再び歩き始める。女性に教えてもらった方角に向かって。
気が付けば西日が眩しい時間帯に。そして目的地に辿り着いたのはそれから20分近くが経過した頃だった。




