2 姉と妹ー3
「ただいまぁ」
「おかえり~」
適当に3人で時間を潰していると彼女達の両親も帰宅する。うちの母親と彼女達の父親が姉弟で、昔からこの家庭とは交流が盛んだった。
「はぁ、食った食った」
空になった皿を前に背もたれに仰け反る。麻婆豆腐を詰め込んだ胃を叩きながら。
「祐人は今晩うちに泊まってくの?」
「うぅん、帰るよ。母ちゃんにもそう言ってあるし」
「せっかくだから泊まっていきなさいよ。まだ春休みで学校も休みなんだから」
「ん~、でもなぁ…」
「お母さんにはおじさんから連絡しといてやるから。な?」
「……じゃあ泊まっていこうかな」
おじさん達がやや強引に宿泊を提案。仕方ないでお世話になる事を決意した。
物心つく前から知り合いだったので今でも2人とはタメ口で会話する。自分にとってこの家は第二の故郷と言っても過言では無かった。
「お風呂お風呂~」
着替えを持ったすみれがバスルームへと駆けて行く。そんな彼女を横目にテレビの正面にあるソファへと移った。
「ねぇ、ゆうちゃん。上に行かない?」
「ん? どうして?」
「部屋の片付けやりたいから。せっかくだから手伝ってよ」
「お前、食べたばっかの人間をこき使うなよ…」
腰を下ろした瞬間に声をかけられる。一足先に食べ終えていた葵に。
「片付けって何やんの? ダイナマイトで吹っ飛ばすの?」
「ベッドとか棚を動かそうかなぁと。せっかく進級するんだから気分を一新したいし」
「それ片付けじゃなく大掃除のレベルじゃんか。大晦日にやれよ」
「だって私1人じゃ重くて動かせないんだもん。今日みたいにゆうちゃんがいる時じゃないと出来ないからさ」
「そういう事はおじさんに頼めよな、まったく…」
階段を上がって手前の部屋に移動。女の子らしくないシンプルな内装の中へと突撃した。
「この教科書は窓から投げ捨てて良いのか?」
「ダメダメ、もしかしたらまた使うかもしれないから残しておいて」
「ならこの漫画は窓から投げ捨てて良いのか?」
「ダメダメ、友達から借りたのも混ざってるから大切に保管しておかないと」
「ならここにかかってる制服は窓から投げ捨てて良いのか? もういらないだろ、これ」
「ダメだってば。それ捨てられちゃったら私が学校に通えなくなっちゃう」
「ベッドの下からエロ本見つけたんだが窓から投げ捨てて良いか? それともこれもとっておくのか?」
「え、えぇーーっ!? そんなハズは…」
他愛ない冗談を織り交ぜながら進行していく。部屋の模様替えを。ベッドの向きを変え、棚の中身を出し入れし、更には学習机まで動かした。
「ふうぅ、終わった終わった」
「お疲れ様~、ありがとうね」
「報酬はスイス銀行で頼む」
1時間以上も体を動かし続けてどうにか終了させる。無計画でスタートさせた作業を。
「やっぱり男の子は違うね。力持ちだ」
「葵が華奢なだけだよ。運動部なんだからもう少し筋肉つけろよな」
「ん~、でも筋肉つけたらおっぱいが小さくなるから気を付けなさいってすみれちゃんに言われたし」
「……お前ら普段どんな会話してんの」
彼女は小学生の時からテニスをやっていた。高校に入ってからも部活動に参加。運動音痴だがテニスの腕前だけは人並み以上だった。
「ゆうちゃんは何か部活やらないの? 野球とかサッカーとか」
「帰宅部で忙しいからダメ。さすがに掛け持ちはキツいわ」
「へぇ、帰宅部なんてのあるんだ。初めて知ったよ」
「ふっふっふっ、なんせ部員が100人以上いるからな」
「うわぁ、凄い! 大人気なんだね!」
「うん」
ボケに対してツッコミが返ってこない。むしろ納得されて終了。
彼女は昔からこう。人を疑うという事を知らず、何を言われても鵜呑みにしてしまう。そのせいで自分や妹のすみれにオモチャのように扱われていた。
「もうすぐ新学期かぁ…」
「面倒くさいなぁ。留年かよ」
「また別々のクラスだね。しかも今度は学年まで違う」
「これからは葵に教科書借りたり出来なくなるわけか。不便だわ、ちくしょう」
「あ~あ、本当なら去年も同じクラスが良かったんだけどなぁ。だからわざわざゆうちゃんと同じ高校受けたのに」
「残念だったな、思い通りいかなくて。そうもそうも上手くいきっこないって事だよ」
こうして頻繁に互いの家に行き来はしていたが、中学までの進路はバラバラ。だから彼女が学校でどういう人達と付き合っていたかを知らない。
そして同じ海城高校を受験して合格したのだがクラスは別々。人生で一度もクラスメートにならないまま今に至ってしまった。
「私がゆうちゃんと同じクラスだったら絶対にサボらせたりしなかったのに」
「一緒にいても同じだよ。どうせ学校になんて行かなかったから」
「そんなの分かんないじゃん。少なくとも喧嘩は止められたと思うし」
「ムリムリ、誰がいたって止められないよ。クラス委員の奴だって黙って突っ立ってたぐらいなんだぜ?」
「ぶ~、ならせめてテストは真面目に受けさせたとか。それなら私でも出来るし」
「葵がいたとしても赤点を免れた気がしないからやっぱり無意味」
意地の張り合いが続く。彼女も負けず嫌いな部分だけは自分やすみれにそっくりだった。
「今度はサボっちゃダメだからね。ちゃんと出席するんだよ?」
「ん~、ていうか学校辞めようかと思ってんだよね」
「え!?」
隣から甲高い声が飛んでくる。明らかに驚いている反応が。
「な、何で!?」
「だって絶対クラスで浮いちゃうし。それにまた気に入らない事があったら暴れちゃいそうだし」
「えぇ…」
「それにさ、1年間耐えたからって元に戻れるわけじゃないじゃん? 来年も再来年も歳の違う奴らと過ごさなくちゃならないんだぜ」
「……確かにそうだけどさぁ」
「だったら無理して通わなくても働いて金稼いだ方がずっと有意義だと思うんだよね」
以前から考えていた案を打ち明けた。自主的に退学して就職する社会人への転生を。それはただのヤケクソから浮かんだ意見ではない。父親が入院してて家計も苦しいし、嫌いな教師達にも顔を合わせなくて済むというメリットがあった。
「払う学費を消す事が出来て、働いた分だけ収入が増える。一石二鳥だと思うんだ」
「私が淋しいからやめようよぉ…」
「良いじゃん。どうせ学年違うんだし」
「でも一緒にご飯食べたり出来なくなるじゃん。部活が無い日に並んで帰ったり」
「それは恥ずかしいからどっちにしろ嫌だわ」
「おばさん達には話したの、それ?」
「……まだだけど」
もし両親に話したら確実に叱られる。主に母親の方に。
「ならちゃんと相談しないと。自分1人で勝手に決めたらダメだよぅ」
「うむぅ…」
「それにさ、働く事は大人になってからでも出来るけど学生でいられるのは今だけなんだよ?」
「別に大人になってからでも学校に通えなくはないじゃん。定時制とか」
「でもゆうちゃんは絶対にそれしないよね?」
「……まぁな」
すぐ隣には屈託のない笑みが存在。昔からこの顔には弱い。どんな口論を繰り広げていても不思議と言い返せなくなっていた。
「ならもう少しだけ高校生を続けよ。辞めるかどうかは今決めなくても良いと思うから」
「けどなぁ、上手くやっていける自信ないし」
「お友達作れば良いじゃん。新しいクラスで」
「そんな簡単にいくかよ」
「でも絶対に出来ないわけじゃないでしょ? 難しいってだけで100%不可能ではないんだもん」
「そりゃそうだ」
もし年下だらけのクラスに飛び込んでいったら確実に色目で見られるだろう。嘲笑うような声や悪評の数々も付け加えて。
想像しただけで胸糞が悪い。最初からハンデを背負って戦いに臨むようなものだった。
「それに困ってるクラスメートを助けにいけるような人だもん。大丈夫だよ」
「……どうかな」
「私は信じてるよ。ゆうちゃんは新しいクラスでも誰かの為に行動するだろうなって」
「その結果が留年やぞ」
「苦しんでる人を見捨てるよりマシだから平気」
「ん~…」
誉め言葉を皮肉で返すが更に誉められてしまう。反論出来なくなる勢いで。
彼女は嘘の発言はしない。昔から本当に思ってる事しか口に出さなかった。
「やれやれ、仕方ないから当分は学生を続けますかね」
「やった! ならまた春から同じ制服着て学校に通えるね」
「家が離れてるから登校は別々だけどな」
「ならうちから一緒に通う?」
「どうしてわざわざ遠回りする必要があるんだよ。徒歩圏内に住んでるのに」
「あっ、そっか」
確かに諦めるのは早すぎるのかもしれない。まだ上手くいかないと決まったわけでもないから。
「……んっ」
開いた掌をジッと見続ける。少しだけ4月からの新生活に希望が湧いてきていた。