11 不審者と事案ー4
「フヒヒヒ、ふははははっ!」
「あ、あわわわわっ…」
「ハーーッハッハッハ! 驚いたかぁ!」
口から大きな声を出す。客観的に見てバカバカしいと思うような笑い声を。
「……というのは冗談で不審者なんか遭遇した事はないんだけども」
「ひいぃいぃっ!」
「あはは、ビックリした?」
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」
「いや、あの…」
「許してください。私、何もしませんから!」
「ちょ……テンパりすぎだって」
満足した所で大袈裟にネタバレ。対して彼女は両手を振り、慌てふためいた様子を維持していた。
「い、今聞いた話は誰にもバラしたりしません。なので…」
「いや、だから俺が不審者ってのは嘘で…」
「どうか見逃してください。絶対に内緒にすると約束しますから!」
「君、人の話聞いてないでしょ。今のは全部冗談なんだってば」
「ごめんなさい、ごめんなさいぃぃぃ!」
「おいっ!」
語りかける言葉を無視して謝罪を繰り返してくる。本気で信じているのかまるで耳を貸そうとしなかった。
「こらっ!」
「ひいぃぃっ、こっち来ないで!」
「話聞けや。違うって何度も言ってるだろ!」
「やだやだやだぁぁ!」
「こんのっ…」
我慢が出来ずに怒鳴ってしまう。怒りの感情も込めて。
「うぉっと!?」
落ち着かせる為に実力行使を決行。だが立ち上がった瞬間、足を滑らせてバランスを崩してしまった。
「いでっ!」
「きゃっ!?」
「……いっつつ」
「あ…」
コントロール不能となった体は柔らかい場所へと不時着する。近くにあったソファではなく女の子の体の上へと。
「わ、悪い。これはワザとではなくて…」
「……い」
「え?」
「嫌ああぁぁあぁあぁっ!!」
「ちょっ…」
言い訳をしようとしたが事態は予想通りの展開へ。つんざくような悲鳴が室内に響き渡った。
「やだやだやだあぁぁっ!」
「お、落ち着いて! 何もしないから」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ! どうか許してくださいいっ!」
「俺の話を聞いてくれっ! 本当に何もするつもりないんだよ」
「誰か助けてぇーーっ!!」
発している声の大きさは凄まじい。隣近所の家に響いてしまっているのではないかと思うようなレベルだった。
「お母さぁーーん!!」
「ごめんごめん、悪ふざけが過ぎたわ」
「私なんか襲っても楽しくないですから……何にも良い事なんかないですからぁ」
「だから本当に君に危害を加えたりするつもりなんか無くて…」
「ほ、他の事なら何でもします。なので……んぐっ、許してくださいぃ」
「ちょっ…」
「うわあぁぁあぁああっ!!」
更には女の子の目から大量の涙が放出する。許しを乞う台詞と共に。
「ごめんっ!」
「むぐっ!?」
「とりあえず叫ぶのやめてくれ。警察に通報されかねない」
「んーーっ、んーーっ!」
無我夢中で口を塞いだ。最悪の事態を防がなくてはならないので。
「どうすんだよ、これ…」
事情を打ち明けようにも彼女は冷静さを欠いている状態。しかも自分達は数時間前に顔を合わせたばかりの初対面。まともな話し合いまで持ち込めたとしても上手く説明出来る自信が無かった。
「たっだいまぁ」
「げっ!?」
土下座でもしようかと考えていると玄関から扉を開く音が聞こえてくる。帰宅を知らせる従妹の声が。
「ど、どどどどどうしよう!」
部屋のあちこちに視線を散見。今度は自分がパニックになっていた。
「うぐぐっ…」
このままでは数秒後にこの部屋へとやって来てしまう。彼女が目撃するのは従兄が友達に襲いかかっている構図。言い訳なんか一切通用しない。容赦ない制裁を喰らわせにくる展開が目に見えていた。
「とうっ!」
その身を翻しキッチンへと駆け出す。素早い動作で。
冷蔵庫の隣に隠れるのとほぼ同時に従妹がリビングへと登場。甲高い声が耳に入ってきた。
「ごめんね、遅くなっちゃった」
「……ふぇ?」
「探してた本がなかなか見つからなくてさぁ。別の本屋にまで行ってて」
「立花……さん?」
「あれ? 奈津紀ちゃん、何かあったの?」
すみれが開口一番にお使いの報告をする。その直後に部屋の違和感に気付いた。
「どうして泣いてるの。私がいない間に何かあったの?」
「こ、これは…」
「もしかして何か壊しちゃったとか。そうなんでしょ」
「え~と…」
疑問を解消する為の質疑応答が始まってしまう。当然の会話の応酬が。
「……ヤバいヤバいヤバい」
キッチンが壁になっているお陰で彼女達の方からこちらは見えない。ただ同時に向こうの様子を観察する事も出来なくなっていた。
姿を隠したはいいが全ての事情を暴露されては意味がない。誤解を解く前に帰宅した住人を激しく恨んだ。
「とりあえず泣かなくても大丈夫だから。お父さんもお母さんも私も怒ったりしないよ」
「……あ」
「ほら、涙拭いて。顔がグシャグシャになってる」
すみれが友人に言葉をかける。普段あまり見せない優しい態度で。
「ごめんね。せっかく家に招いたのに留守番なんかさせちゃって」
「そ、そんな謝らないで…」
「もしかしてゲームの電源を切っちゃったのかな? 大して進めてないからリセットボタン押しちゃっても気にしなくていいよ」
「はぁ…」
「じゃあ、また続きやろっか。今度は攻略本あるからバッチシだね」
そのやり取りが初々しい。けれど今の自分にはこの危機的状況をどう切り抜けるかが重要だった。
「頼むぜぇ…」
女の子が事情を話し始めたら飛び出す。そして勘違いだと力説する。それしか方法はないだろう。
頭の中でその行動を何度もシミュレーション。ただ2人を説得出来るイメージが湧いてこなかった。
「ちくしょう。どうしてこんな事に…」
冗談でもあんな話をした事を後悔。関わらないようにしておけば何も問題は起きなかったのに。
拳を力強く握り締める。気付かないうちに額から汗を流していた。
「私、財布だけ部屋に置いてくるから」
「え?」
「もう少しだけここで待ってて」
「あ……うん。行ってらっしゃい」
潜み続けているとドタドタと階段を駆け上がっていく音が聞こえてくる。従妹が二階に消えていく音が。
「これは……チャンス」
今ならリビングには友達の子しかいない。床に手を突いて広い空間へと飛び出した。
「……あっ」
「しーーっ、しーーっ!」
女の子と目が合う。人差し指を口に当てると内緒の意味を込めたサインを送った。
「外、外!」
とりあえず出掛けてる設定の自分が中にいてはマズいだろう。彼女に先程のやり取りが勘違いだと説明したかったが時間がない。まずはこの場からの脱出を優先させる事にした。
「ゲホッ、ゲホッ」
玄関のドアを開けて外へと出る。開閉の音が二階に聞こえないように細心の注意を払って。
「やべぇ、どうしよう…」
このまま自宅へと逃走するべきか。それとも中へ戻ってもう一度説得を試みるか。
ただどちらを選んでも迎えるのはバッドエンド。無事に問題が解決する未来が想像出来なかった。
どうするかしばらく悩んだ挙げ句、中に戻って様子を見る事に。時間を開けて数時間ぶりの帰宅を装った。
「……ただいま」
「あっ、おかえり。結構長い事フラついてたんだね」
「ま、まぁな。少しだけ立ち読みするつもりが予想以上に長引いちゃって」
「へぇ、けど本屋にはいなかったよね。私もさっき行ってたけど祐人の姿、見かけなかったし」
「あっちのコンビニに行ってたからよ。ちょっとお菓子とかも買いたかったからな」
芝居をして従妹と会話する。隣にいる女の子を意識しながらも。
「ふ~ん。そういや焼きうどんが作って置いてあんだけど、あれ誰が作ったの?」
「え? さ、さぁ。その子が作ってくれたんじゃない?」
「へ!?」
「ん? 奈津紀ちゃん?」
質問を受け流すように指を差した。怯えた様子で佇んでいた客人の顔を。
「ち、ちちちち違います! 私じゃなくて…」
「そうなんだ。そういえば奈津紀ちゃん、料理するの好きって言ってたもんね。私の為にありがと~」
「た、立花さん!」
「あぁ、だからさっき焦ってたんだ。勝手に冷蔵庫を開けた事を咎められると思って」
「えっと、その…」
「大丈夫、大丈夫。そんな事ぐらいでイチイチ怒ったりしないから」
「いえ、だから私は…」
すみれが彼女の手を握る。そのまま上下にブンブンと揺さぶった。
「俺、しばらく上にいるわ。葵の部屋で漫画読んでる」
「行ってらっしゃ~い。二度と下りてこないでね」
「あ、カエル忘れた」
「やめろよ!」
とりあえず先程の件はまだ従妹にバレていないらしい。女の子が事情を打ち明けられないでいるのだろう。
階段を上がった後は手前の部屋に進入。綺麗に整頓されている本棚を漁った。
「……ふいぃ」
階下の様子が気になるが見に行くわけにはいかない。会話内容も聞こえないのでひたすら我慢するしかなかった。
「うりゃっ!」
その後ベッドをひっくり返したり、漫画のキャラに1本1本鼻毛を描き足したりしながら時間を過ごす。そして数時間が経過した頃、少しだけ開けていたドアの隙間から大きな声が聞こえてきた。
「じゃあまた遊ぼうね、バイバ~イ」
「お?」
廊下に出て様子を探ると玄関に従妹の姿を見つける。友人を見送る小柄な背中を。
「……ついに来たか!」
期待していた展開の到来。階段を駆け下りて一階へとやって来た。
「あれ? 祐人、起きてたんだ。静かだからてっきり寝てるのかと思ってたのに」
「俺、また出掛けてくるわ」
「へ?」
「自販機でジュース買ってくる」
嘘の用件を残して通りすぎる。茫然とした表情の従妹のすぐ横を。
スニーカーを装着した後はドアを開けて外へ。西日が眩しい住宅街に飛び出した。
「どこだ…」
辺りをキョロキョロと見回す。獲物を探す猛禽類のように。
「いた!」
すると駅へと進む道の先でその姿を発見。女の子が夕日に髪を照らされた状態で歩いていた。
「おーーいっ!」
「……え」
「待ってくれぇーーっ!」
すぐさま彼女の元へ駆け寄る。こちらの存在に気付いてもらえるように大声で呼びかけながら。
「君に言いたい事があるんだ。もう一度だけ話を…」
「ひっ!」
「さっきは悪かった。いきなり押し倒すような真似しちゃって」
「い、いや…」
「本当にごめんよ。怖い思いさせるなんて最低だ」
「来ないでえぇぇぇぇーーっ!!」
「……へ?」
しかし女の子は目が合った途端に奇声を発声。同時に自分がいる方とは反対方向へと駆け出した。
「ちょ……どこ行くんだ!」
どうやら逃げ出したらしい。勘違いされたままでは困るので後を追いかける事にした。
「くっ、なかなか速い…」
必死に手足を動かすが女の子はかなりの瞬足。埋まると思ったその差が一向に縮まらなかった。
「やだやだやだあぁぁっ!」
「違うんだってば。俺はただ君に謝罪をだな…」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃぃっ! 見逃してくださいぃっ!」
「人の話を聞けぇーーっ!!」
今は日が沈みかけた薄暗い時間帯。道路にはジョギングしている老人や、犬の散歩をしている若者、公園帰りの子供達が混在している。そんな人々を後目に喚きながら走る女子中学生が1人。それを追いかける男が1人。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ…」
そして結局、努力の甲斐も虚しく逃げられてしまった。追いつく前に自分の体力が切れてしまったので。
「は、速すぎ…」
謝る事が出来なかったのが悔しい。仕方ないが諦めて引き返す事にした。
「くっそ…」
まさか初対面の人物に不審者だと勘違いされてしまうなんて。とんだ汚名被りだった。
連絡先も知らないので対処のしようがない。代わりに後日、付近の警察署から『男が女の子を追いかけまわす事案が発生』というメールが届いた。




