11 不審者と事案ー3
「腹減った…」
1人になった後も黙々と読書を続ける。漫画雑誌に単行本、更には普段はあまり読まないような旅行雑誌などを。ただ本屋と違い閲覧出来る商品が少ないのが難点。すぐに目的を達成してしまった。
「戻るか…」
さすがにすみれの友達もまだいるだろう。しかし彼女達の邪魔さえしなければ良い。
時間を確認すると外出してから40分ほどが経過していた事が判明。来た道を引き返す形で歩きだした。
「帰って来たぞ~」
玄関を開けるのと同時に大きな声を出す。中にいる2人に自分の存在を知らせる為に。
靴を脱いだ後は真っ直ぐ廊下を移動。そのままリビングにやって来たが人が誰もいなかった。
「あれ?」
てっきりゲームで遊んでいると思っていたのに。すみれの部屋にはテレビが無いからやるならここしかない。なのに画面は真っ暗だった。
「どこ行ったんだ、アイツ…」
持参してきたバッグからはゲーム機とソフトが出ている。テーブルの上には飲みかけのジュースが入ったグラスが2つ存在。もしかして出掛けてしまったのかもしれない。どこかに遊びに行ったとか。
ただ入口の鍵は開いていた。おじさんもおばさんも外出して、葵は部活中。そんな状況で自宅を空にするハズがなかった。
「閉め忘れたのかな…」
玄関へと引き返すといくつか並んでいる女の子用の靴を見つける。ただ屈んで確かめたが普段履いているヤツなのか予備用なのかの判断が付かない。
散策するように階段を上がり二階へ移動。奥にある従妹の部屋に向かった。
「お~い、いるかぁ」
ドアを開けるのと同時に呼びかける。存在しているか不明な人物に向かって。
「……ここにもいないか」
無断侵入について怒鳴られるかと覚悟していたが返事が返ってこない。本当に外出中なんだと判断した。
「あ、あれ?」
「……あ」
「なんだ。いたんだ」
「ごめんなさい…」
ドアを閉めようとした瞬間に視線がぶつかる。部屋の隅で遠慮がちに座り込んでいた女の子と。
「すみれは? アイツどこ?」
「え、え~と…」
「あっ、もしかして邪魔しちゃった?」
「へ?」
「悪い悪い。ここに隠れてたのかな」
この家を利用してかくれんぼをしていたのかもしれない。それなら今のこの不可思議な状況にも納得出来た。
「じゃあアイツが来ないうちにさっさと消えるかな」
「あの…」
再びドアを閉めて立ち去る。なるべく音を出さないように気を付けながら。
「懐かしいなぁ」
昔はよく公園なんかでやっていた。近所の知り合いを集めて。
年頃の女の子とはいえ所詮は子供。無邪気な遊びが好きなのだろう。
「ふぃ~」
リビングへと戻ってくるとソファに座って寛ぐ。だがテレビをつけた瞬間、自分の推理がおかしい事に気付いた。
「いやいや、アイツはどこにいるんだよ…」
二階にいる友人が隠れ役なら従妹が鬼役となる。にもかかわらず彼女の姿はどこにも見当たらない。2人して身を潜めてはゲームが成立しなかった。
「……どういう事なんだ、これ」
しかもテレビをつけた時に表示されたのはゲーム画面。やりかけのままテレビの電源だけ消していたらしい。
いろいろと不自然すぎる。何がどうなればこのような状況に陥るというのか。
「う~む…」
知らない人に話しかける事に抵抗はあるが、それ以上にこうなった理由が知りたい。外出中に何があったのか。真相を尋ねる為に再び二階へと足を運んだ。
「あのさ、ちょっと良い?」
「は、はいっ! 何でしょう」
「アイツ、どこ行ったの?」
「へ?」
握った両手を顔の両サイドに当てる。頭からブラ下がる2本の髪を表現するように。
「え~と……本屋に行ってしまいました」
「本屋ぁ?」
「はい。ゲームをやっていたら突然、これは攻略本が必要だと言い出しまして」
「一緒に付いて行かなかったの?」
「私、ここには親の車で送ってもらったから自転車を持ってきてなくて…」
「なるほど、理解」
質疑応答で本当に不在だと判明。しかも動機が理解不能だった。
「なんなんだ、全く…」
住人で無い人間に留守番を任せるとかアホすぎる。ここの家族の思考回路を激しく疑った。
「アナタ様は下でゲームやらないんですか」
「か、勝手に進めちゃったら立花さんに怒られてしまいますし」
「別に良いよ。それより1人でこんな薄暗い部屋にいても退屈でしょ?」
「……大丈夫です。私、静かな場所とか慣れてるんで」
「お腹空いてない? 下においでよ。今から何か作ろうかと思ってたとこだから」
「え?」
「チョイチョイ」
女の子に向かって手招きする。彼女は一瞬唖然としたが立ち上がって付いて来てくれた。
「お昼は食べてから来たの?」
「あ、はい。一応」
「なら食事にはまだ早いか…」
2人でゆっくりと階段を下りる。転ばないように気を付けながら。
「チャンネル好きに変えちゃって良いよ。ゲームも電源切っちゃえ」
「いや、それはちょっと…」
「うぉーーっ! なんで箱ごと突っ込んであるんじゃあ!」
冷蔵庫を開けた途端に大きなダンボール箱が視界に飛び込んできた。通販で買ったと思われる食品類が。
「せめて取り出してから仕舞おうぜ…」
文句を垂らしながら中身を整頓する。袋に入った麺が賞味期限ギリギリだったのでそれを使う事に。野菜を切り刻んで焼きうどんを作成した。
「食べる?」
「え、え~と…」
「お菓子あるじゃん。ほいよ」
「わ、わわっ」
棚にあったスナック菓子を放り投げる。女の子が慌てた様子でそれをキャッチした。
「うめえぇぇ」
それから椅子に座って自作の料理を堪能。女の子はソファに座ってテレビを鑑賞中。従妹の分はラップを被せてテーブルの上に置いておいた。
「奈津紀ちゃん……だっけ、君?」
「は、はい!?」
「どうしてアイツと友達になったの? なんか弱味でも握られたとか?」
「へ? そんな事はないですけど」
「だってアイツ性格最悪じゃん。すぐ嘘つくし人を騙すし」
身内でなかったら関わりたくない人物。基本的に悪い奴でないと知っているからこうして付き合いは続けているが。
「部活が一緒とか?」
「え~と……私は吹奏楽部で立花さんは美術部です」
「は!? アイツ、美術部に入ったの!?」
「はい。なんでも絵を鑑賞するのが大好きだからと」
「……絶対嘘だわ、それ」
「ほ?」
おおかた楽だからとか、サボれるからという理由だと推測。思考回路が自分と似たり寄ったりなので行動が読みやすかった。
「なら仲良くなったのはクラスメートだから?」
「そ、そうですね。席が近かったので立花さんの方から話しかけてきてくれました」
「1つだけ言わせておくれ」
「はい? なんですか?」
「……君、凄く災難だったね」
「へ?」
目の前に佇んでいる子の事を考えると不憫でならない。これから歩むであろう蕀の学生生活の事を。
食べ終えた後は空になった食器をシンクに移動。テーブルの上に置かれていたガムを口の中に放り込んだ。
「いやぁ、食った食ったぁ」
「……ん」
「そのお菓子、嫌いだった?」
「え?」
彼女からやや距離を置いた床に腰掛ける。未開封の菓子を指差しながら。
「食べたくないなら無理しなくて良いよ。これならお腹空いてなくても口に入れられるかなぁと思って渡しただけだし」
「それは…」
「なるほど……ちょっと貸して」
「あっ!?」
「ふんっ!」
遠慮して食べられないと予測。女の子の手から無理やり袋を奪い取ると豪快に開けた。
「しかしアイツ遅いな。どこまで行ってんだよ」
「……ですね」
「まさか万引きして捕まってんじゃないだろうな」
「えぇ…」
「あれほど上手くやれと言ったのに」
「ちょっ…」
本屋ならここからそう遠くないハズ。歩いて行っても15分あれば着く距離。
外出の目的地をコンビニでなく本屋にしておけば良かったと後悔した。そうすれば途中で鉢合わせする事が出来たから。
「喉乾いたなぁ。なんか飲む?」
「い、いえ……お構いなく」
「お茶とジュースならどっちが良い?」
「本当に何もいりませんから。気を遣わなくても大丈夫です」
「ん~、とりあえず缶ジュースでいっか」
キッチンに移動して冷蔵庫の中を漁る。2本の缶を取り出すとソファに引き返した。
「ほい。リンゴジュースなら飲めるでしょ?」
「……すみません。ありがとうございます」
「あんまり緊張しなくて良いって、俺もこの家の住人じゃないし。まぁ頻繁に泊まりに来てはいるけども」
「は、はぁ…」
プルタブに手をかけ蓋を開ける。そのまま中身を一気に口の中へ流し込んだ。
「かーーっ、やっぱり甘い物は最高だ!」
「……ん」
体内を内側から潤す感覚が心地いい。しかし隣を見ると女の子はまたしても手をつけていなかった。
「ふぅ…」
なぜ親戚の家で知らない人物と2人っきりにされなくてはならないのか。気まずくて仕方ない。
「学校どう?」
「え?」
「楽しい?」
沈黙に耐えられなくなり声をかけてみる。無難な話題で。
「え~と…」
「小学校と違うでしょ。校則が厳しくなるし、教師も口うるさいし」
「……そうですね」
「小言は適当に聞き流しとけば良いよ。いちいち気にしてたらやってられないからさ」
「は、はぁ…」
「あ~あ、もう一度義務教育の時に戻りたいなぁ」
授業中に寝ていても怒られるだけで済む時代。振り返ってみれば超イージーモードの生活だった。
「そういえば知ってる。この辺りって通り魔が出るらしいぜ」
「え?」
「下校途中の女の子や女性を狙って後を尾けたりするらしいよ。不審者情報がメールで届いてたわ」
「ふ、不審者…」
「うん、そう。最近は変な輩が多いからねぇ。大人だろうが子供だろうがおかまいなしに襲いかかったり」
「ひえぇっ!」
食い付きが悪かったので更に話題を変更する。法に触れるデンジャラスな物に。
関係性のある内容なら乗っかってきてくれるかもしれない。そう思って話を始めたのだが女の子は予想以上のリアクションを浮かべてくれた。
「ケータイは持ってるの?」
「あ……は、はい。知り合いにしか連絡出来ない設定になってますけど」
「ふ~ん、ならそういう情報は得られないわけか」
「まぁ…」
厳しい親御さんを想像する。うちとは違い厳格な父親がいる家庭を。
「実は俺、その不審者を目撃した事あるんだよね」
「え!?」
「黒のニット帽を被って、顔もマスクで隠しててさ。いかにもって感じの奴」
「ニット帽…」
「あんな奴が突然襲いかかってきたら驚くだろうな~。男でも怯むわ」
咄嗟に口から嘘が飛び出した。目の前にいる人物をからかう為の台詞が。
「物騒な街になったよね。少し前まで閑静な住宅街だったのに」
「そ、そうですね」
「2年ぐらい前かな。そういう変態が現れるようになったのは」
「はぁ…」
「どうしてそんなに詳しいんだって顔してるね」
「……へ?」
「なんでだと思う?」
「な、何故でしょう…」
含みを持たせた言葉を連発する。僅かな間を置いた後、タイミングを見計らってゆっくりと口を開いた。
「それはね、俺がその不審者だからだよ」
「……え」
頬の筋肉を変形させる。サスペンスドラマに登場する犯人役を脳内にイメージして。
「驚いた?」
「い、今のはどういう…」
「ふふふ、さぁどういう意味でしょうか」
「え、え…」
昔から苦手だった。こういう大人しめの女子が。話しかけても大した返事をしてこないし、何を考えているか分からないから。
けど今は違う。人見知りの友人が出来たせいか、おちょくる行為が密かな楽しみとなっていた。




