7 半年前と半年後ー3
「ちょっとここ寄ってっていい?」
「え?」
「立ち読みしたい雑誌があるんだよ」
「あ、はい。分かりました。お供いたします」
直帰したくない気分だったので寄り道をする。頻繁に利用している書籍専門店へと。
「愛莉は漫画読んだりするの?」
「はい、たまに。歴史物とか結構好きですよ」
「うわぁ……俺とは趣味が合わなそうだわ」
「あはは。ちなみに水瀬くんは普段どんな本を読んだりするんですか?」
「攻略本とかかな」
「攻略本……何を攻略する為の本なんですか?」
「さぁ」
「え?」
「あ~あ、人生を攻略出来る本があったら便利なのに」
相棒と別れた後は雑誌コーナーへと移動。週刊誌等が置かれた棚へ突撃した。
「え~と……あ、あった」
探していた漫画雑誌を見つける。少年向けの月刊誌を。
「げっ!」
手を伸ばして取ろうとしたが途中で中止。ビニールの紐がクロスした状態で巻きつけられていた。
「おいおい、マジか」
こんな状態では中を開く事が出来ない。よく見れば他の雑誌にも同じようなビニール紐が存在。立ち読みが不可能になっていた。
「あっ、これ紐付けられてないじゃん。ラッキー」
辺りを見回すと隣のコーナーに包装されていない雑誌を発見する。幸運な事に一部の書籍は閲覧する事が許されていた。
「おっと、すいません」
ページを捲っている途中で後ろに立っていた人とぶつかってしまう。背中から体当たりする形で。
「……あ」
「あれ、お前…」
すぐさま振り返って謝罪。その瞬間に目が合った。ぶつかった相手と。
「世良……だっけ?」
「え?」
「世良だよな、確か。去年クラスメートだった」
「いや、えっと…」
「俺の事、覚えてる? 中学も一緒だったろ? てかお前、こんな所で何やってんだよ」
「……うっ、あ」
白いパーカーを着た男性。やや小太りな体型に赤味がかった髪。その容姿には見覚えがあった。
「すげー偶然。地元が同じとはいえまさかバッタリ遭遇するなんて」
「ん…」
「元気だった? ていうか急に学校来なくなったけど今どうしてんだよ。休学中か?」
「……う」
「え?」
「違う」
「あっ、おい!」
再会の興奮を分かち合いながら話しかけてみる。しかし彼は手にしていた雑誌を乱暴に投げ捨てたかと思えば入口に移動。そのまま逃げるように走り去ってしまった。
「世良!」
名前を叫ぶ。駆けて行く背中に向かって。
「み、水瀬くん!?」
呼び止めてはみたもののそれで止まるハズもなく。入れ違いに共に入店したクラスメートが近付いてきた。
「どうしたんですか。何かあったんですか?」
「……いや、別に」
「え?」
店内にいた他の客がこちらを見ている。レジにいた店員も。
「あの……お店から誰かが出て行くのが見えましたけど知り合いの方ですか?」
「去年の同級生。同じクラスだった男子」
「あ、そうなんですか」
「声をかけたら突然逃げ出したんだ。俺の顔を見た途端に狼狽えだして」
「え!? も、もしかして万引きとか…」
「いや、それは違うんだけど」
思いもよらない奴に出くわしてしまった。半年近く顔を合わせていない人物と。
驚きと戸惑いで思考が軽くパニック状態に陥る。店の外の道路からずっと目が離せなかった。
「顔色が悪いですけど大丈夫ですか?」
「え?」
「さっきから険しい顔つきしてるんですけど。もしかして今の人に何かされたとか…」
「いや…」
持っていた雑誌を棚に戻す。表紙を折り曲げないように気を付けて。
立ち読みする気分でなくなってしまったので店を出る事に。友人と共に住宅街を歩いた。
「はぁ…」
足を普通に動かす行為さえしんどい。今日1日に起きた出来事が精神にかなり負担をかけていた。
教師からの説教だけならまだ耐えられたかもしれない。クラスメートには嫌われ、知り合いに声をかけたら逃げられ。
ツイてない日というのはこういう日を表すのだろう。星占いは見てないが恐らく今日の運勢は最下位だと確信した。
「あの…」
「ん?」
「そこの公園に寄っていきませんか? ベンチもありますし」
「公園…」
気を遣った友人が更なる寄り道を提案してくる。無料の施設である子供の溜まり場を。
「これどうぞ」
「あんがと」
「お金はいりません。私の奢りという事で」
「サンキュー」
空いていたベンチを見つけて着席。相方が自販機で買ってきてくれたペットボトルを受け取った。
「お友達ですか? 先程の男性は」
「友達……なのかな。どうなんだろ」
「私の見間違いでなければ私服姿だと思ったんですが、もしかして…」
「学校に行ってないんだと思う。多分だけど」
「……そうですか」
転校したとかそういう噂を聞いた覚えがない。ただ彼は知らないうちにクラスから姿を消していた。
恐らく自主退学してしまったのだろう。平日の夕方に街中をうろついているぐらいなのだから働いてる可能性も低かった。
「悲しいですよね。知り合いに声をかけたのに逃げられてしまったら」
「まぁ、うん。でも原因は自分にあるっていうか」
「え?」
「前に俺が言った話って覚えてる? 担任とクラスメートを殴って停学になった件」
「それは覚えてますけど、もしかしてさっきの彼が…」
至近距離で目が合う。すぐ隣にある訝しげな表情と。
「あぁ、違う違う。殴った相手はさっきの奴じゃない。アイツとは一度も喧嘩に発展したりはしてないから」
「そ、そうですか…」
「けどアイツが学校に来なくなった原因は俺が教室で暴れた事のハズ。つい手を出しちゃったんだよ、アイツをイジメてた連中に」
「……イジメ」
「見ててイライラしちゃってさ。だから飛びかかっちゃった」
発端はただの見た目。クォーターだった世良はスコットランド人の祖父の血を両親以上に色濃く受け継いでしまったらしい。
そのせいで髪色が赤味がかった状態に。異質な容姿を面白がった連中が彼をからかいはじめ、更にはネットで画像を拡散していたのだ。
「……それは酷いですね」
「最初は友達同士の交流みたいな感じで情報を共有してたみたいなんだけど、本人の知らない奴までが画像を持ってたりして」
「接点の無い人が自分を知ってるって結構怖い事ですもんね」
「うん。んで、クラスのムードメーカー的な奴が自習時間に世良に近付いてさ、担当教師がいないんだからお前が英語の授業やれよって」
「えぇ…」
当時の事はよく覚えている。困惑しながら拒否していたのに、戸惑うリアクションを見てクラスメート達が悪ノリを始めた事も。
「それで喧嘩に…」
「いや、その時は隣の教室にいた教師が注意しに来たから事態は収まったんだよ。ただクラス委員がその件を担任に報告して、それで帰りのホームルームで話し合いになったの」
「良い人だったんですね、クラス委員の人」
「正義感が微妙に強かった奴だからな。けど担任が最悪だったわ」
「先生が…」
「騒いでた原因は誰にあるのかって議論になって。担任が言うには世良が髪の毛を染めてるのが悪いんだとか」
揉め事が起きるのは目立つ奴がいるせい。皆が平等なら争いは起きない。30代半ばであろう男の担任はそうハッキリと口にした。
「じゃあ話し合いはどうなったんですか?」
「世良に髪を黒く染めてこいって結論になったの。そうすれば丸く収まるからとか」
「それは根本的に違う気が…」
「俺や何人かのクラスメートは世良がクォーターだって知ってたから先生にそう告げたんだよ。昔からこの髪色だったんだって」
「覚醒遺伝ですもんね、水瀬くんの話を聞いてると」
「うむ」
しかし担任はその話を無視するかのように一蹴。ここは日本なんだから日本人らしく黒髪にすべきだという意見を持ち出して。
「バカ教師に便乗して世良をからかってた奴らも面白がっちゃってさ。我慢出来なくなって暴れちゃった」
「な、殴りかかったんですか?」
「最初はムードメーカー的な奴と互いに怒鳴り散らしてたんだけど、担任が俺ばっか注意してくるもんだから頭にきて。んでそいつら黙らせようとして跳び蹴り」
「えぇ…」
「机の上に乗っかってそのまま一番ウザかった奴の席に突撃さ。そこからはもうクラス中を巻き込んでの大乱闘よ」
「ひいぃ!」
誇張して表現したが実際は自分とその相手の男子だけが取っ組み合いになっただけ。他のクラスメートは教室中を逃げ回っていた。
唯一、止めに入ってきたのは担任の教師。背中から羽交い締めにしてきたのだが、その腕を強引に振り払おうとした時に肘を顔に当ててしまったのだ。
「な、なんか想像すると凄そうですね。その現場」
「そらもう修羅場中の修羅場よ。窓ガラス割れたもん」
「わあぁ…」
暴れた末に待っていたのは教師からの説教と3日間の停学処分。母親が学校に呼ばれ、先生達に謝り、そして復帰した後に教室でも頭を下げさせられた。
「……そんな事があったんですか」
「暴れた件に関しては自業自得だと反省はしてるけど、担任やクラスの連中がした事を誰にも咎められなかった件についてだけは納得が出来ない」
「え?」
停学明けの登校時に向けられたのはクラスメートからの冷ややかな視線。まるで出所した犯罪者を見るような眼差し。
そんな環境の場所にわざわざ足を運ぼうとするハズもなく気付けばサボり気味に。ただ1つだけ気がかりだったのは世良もクラスから姿を消していたという事だった。
「その喧嘩した相手はどうなったんですか? 水瀬くんみたいに停学になったんですか?」
「いや、無罪放免。先に手を出したのは俺だから被害者って事になっちまった」
「そ、それはおかしいですよ。争いの原因を作ったのはその人達なのに」
「例えどんなに相手が悪かったとしても暴力はいけない。手を出したり仕返ししたりする奴は最低って職員室で言われた」
「えぇ…」
蓋を開けて口をつける。スポーツ飲料水のペットボトルに。
「なら水瀬くんだけが痛い目をみたって事じゃないですか…」
「けどクラスメートや教師からしたら俺は加害者なんだぜ。教室で暴れまわった大馬鹿野郎なんだから」
「世良くんの髪色の件を先生に申告したクラスメートはどうしてたんですか? その人達は水瀬くんの考え方に同意見だったんですよね?」
「見て見ぬフリかな。そいつらから見てもやっぱり俺がとった行動は常識外れだったらしい」
「それじゃあイジメと何も変わらないじゃないですか。水瀬くんもその世良くんって人も可哀想すぎます」
「かな?」
「ですよ!」
友人が真剣な眼差しを向けてきた。今までに見た事がないような目つきを。
「でも愛莉だって教室でクラスメートが暴れたらやっぱり敬遠するだろ?」
「そ、それはそうかもしれないですけど…」
「担任だってクラスの連中だってイジメてる自覚なんかないんだよ。自分が正しいと思ってる事に反してる奴をただ区別してるだけだから」
「区別……ですか」
「ほら、よく言うじゃん。戦争ってのは互いに自分が正しいと思ってる争いなんだって」
「は、はぁ…」
どちらかが悪でどちらかが正義。そんな考えをしてしまうのは子供の頃に見たアニメやヒーロー番組が原因なのだろう。
年齢を重ねてみて初めて分かる。この世からイジメや戦争がなくならない理由に。
意見が食い違うから喧嘩が発生。そして生きているからこそ人間同士の確執や摩擦が生まれてしまうのだと理解した。
「……それでもやっぱりその先生達の考え方はおかしいです。イジメを止めようとした水瀬くん1人に責任をなすりつけたり」
「後から考えたら周りの女子にも迷惑かけたのはやりすぎだったかも」
「髪色が違うから差別するなんて変です。人を育てる立場の人間がそんな…」
「考え方なんて皆バラバラって事だよな。常識がそのまま世間のルールでは無いって学習したよ」
「その先生や周りのクラスメートの中では黒髪が常識だったんでしょうね。だから自分達と違う世良くんを差別した」
「太ってる奴が太ってる奴に向かってデブなんて言わないもんなぁ。自分を基準とした仲間外れをしたいんだろうよ」
「人間として持っていなくちゃいけないのは常識ではなく優しさだと思います…」
友人が愚痴のような意見を呟いた。西日が見え隠れしている夕焼け空に向かって。
もしかしたら思い出しているのかもしれない。自身が不登校になる原因となった中学時代の出来事を。
「でもまさかこんな形で再会するとは思わなかった。やっぱり気まずいわ」
「世良くんとは中学時代からの知り合いだったんですよね? 彼の自宅は分かりますか?」
「え? 一応、知ってはいるけど」
「なら会いに行きましょう。どうして学校に来なくなったか本人に聞いてみるんです」
「は!?」
続けて相方がベンチから立ち上がり正面に移動する。何を言うかと思えば突拍子もない意見を持ち出してきた。
「い、今から?」
「はい、なるべくなら早い方が良いですし。それに引き伸ばしてたら世良くんの件をまた忘れてしまいそうですから」
「さすがに無理だわ。だってついさっき逃げられたばかりだもん」
「あっ、なるほど。まだ自宅に帰っていない可能性もありますもんね」
「……いや、そういう意味じゃなくてさ」
彼女は妙に積極的。普段、怯えている人間とは思えないような強気な態度を見せてきた。
「では明日にしましょう。放課後に」
「えぇ…」
「良いですよね?」
「う~ん…」
話を濁そうとする当事者の心情に気付いてくれない。翌日の放課後に元同級生の家に行く事を提案してきた。




