6 日常と非日常ー3
「ぶぇーーっくし!」
むず痒い鼻から大きなクシャミが飛び出す。耳鳴りを生み出してくる自然現象が。
「花粉症辛いな…」
すぐ目の前では従妹とクラスメートが内緒話を展開。コンビニ前の道路で会議を開いていた。
「えぇ! 本当にそれやるんですか?」
「もちろん。だってその性格、克服したいんでしょ?」
「それはそうですけどぉ…」
「大丈夫だって、愛莉ちゃんなら出来るから。もっと自分に自信持って!」
「わ、分かりました」
「じゃあ行ってらっしゃ~い」
中学生に背中を叩かれた高校生が店内へと突入していく。怯えた様子を見せながら。
「もう秘密の作戦会議は終わったのか?」
「うん、バッチシ。これで愛莉ちゃんのあがり症も克服出来るよ」
「本当かよ…」
「楽しみだなぁ。ちゃんと買ってきてくれるかなぁ」
従姉妹に連絡を取ると都合がついたのは妹のすみれだけ。葵は部活があるからという理由で断られてしまった。
「ちなみに何を買ってくるよう頼んだの?」
「ん~、それはまだ秘密。愛莉ちゃんが任務達成出来るか分からないし」
「なんだよ。そんなに難易度高い物頼んだのか?」
「まぁね~」
「ふむ…」
子供向けの駄菓子かもしれない。この歳になってガムや飴を買う事には抵抗があるから。
「ちなみにどうして愛莉ちゃんと親しくしてんの?」
「クラスメートだし」
「ふ~ん、もしかして惚れちゃった?」
「いや、向こうが俺に惚れたんだぜ。まったくモテる男は辛いなぁ」
「はいはい、ご都合な妄想は1人だけの時に楽しんでね」
「ウゼェ」
彼女には友人の年齢を教えていない。どこから情報が漏れるか分からないので。うっかり誰かにバラしそうな姉の葵にも内緒にしていた。
「何やってるんだろう…」
店内の様子を窺うとターゲットがトイレ付近でウロウロしている。相変わらずの挙動不審な態度で。それから何度も店の中を徘徊した後に外へと出てきた。
「お、お待たせしましたっ!」
「おかえりなさ~い。ちゃんと買えたみたいだね」
「はい。すみれさんに言われた物を手に入れてきました」
彼女の腕には白い袋に入った四角く平べったい物が存在。雑誌らしき商品が。
「で、どうだった?」
「……店員さんに凄い顔をされました。本当にやるんですかと何度も尋ねられてしまって」
「あぁ、やっぱり。んで愛莉ちゃんはどう答えたの?」
「やってくださいってお願いしました。そしたら危険だから出来ませんと断られてしまいました」
「あっちゃ~、そうきたかぁ」
2人が買い物中の経過報告をしている。何をしてきたか分からない人間には会話内容がサッパリだった。
「おいおい、中で一体何をしてきたんだよ」
「……えっと、雑誌を1冊購入してきました」
「それは見たら分かるんだけど」
「と、とても恥ずかしかったです…」
「は?」
問い掛けに対して友人が目線を逸らしてしまう。頬も赤らめながら。
「いや~、しかしまさか本当に買ってくるとはねぇ」
「お前、マジで何を頼んだんだよ。漫画雑誌か?」
「うぅん、違うよ。祐人の大好きな物」
「俺の好きな物…」
拙い推理で商品内容を予想。コンビニで購入するのを躊躇ってしまう物を思い浮かべた。
「ちょっとそれ見せて」
「あっ」
目の前にあった袋を無理やり奪い取る。本人の許可を貰う前に。
「……やっぱり」
中身を取り出した後は表紙を確認。そこには際どい格好をした女性や卑猥な文字の数々が印刷されていた。
「お前、なんて物を買わしてんじゃあぁっ!!」
「いてっ!?」
「これ成人用雑誌だろ。どうして愛莉に頼む必要があるんだよ!」
「だ、だって普通に行かせたら人見知りの克服にならないじゃん。どうせやるんなら恥ずかしがる物にしないと」
「にしてもこれはアウトだろ。女子高生がこんなの読んでたら完全に痴女じゃないか」
彼女は18歳だから購入しても法律違反ではない。問題があるとするならば性別が女だという点だった。
「……はぁ、まったく」
「やっぱりダメだった?」
「当たり前じゃ。店員に不審がられた愛莉の気持ちも考えろ」
「で、でもこれでもう店員さんに普通に話しかけられるようになったよね。これだけ恥ずかしい思いしたら肉まん買うのだってへっちゃらだよ」
「むしろ人間不信になって二度と立ち寄れなくなるわ。もしこれで愛莉がコンビニにトラウマを感じるようになったらお前のせいだからな」
「うぅ…」
本人の様子を窺うが未だ苦悶の表情を継続。俯いたままだった。
「そういえばまだ他にも何か頼んだのか?」
「ん? 私がお願いしたのは雑誌だけだよ」
「あれ? でもさっきは危険だから店員に断られたとかって」
「あぁ。雑誌をレンジで温めてもらうようお願いしてもらったの。少しでも店員さんと会話が出来るようにって事で」
「死ねや、オラッ!」
「ぐわっ!?」
再び拳を従妹の頭に振り下ろす。さっきよりも強めの威力で。
「どこの世界に雑誌を温めてくれるよう頼む奴がいるんじゃあぁっ!」
「だから断られたって愛莉ちゃんが言ってたじゃん。それを予想して指示したんだから」
「バカな店員なら実行してたかもしれんぞ。そしたら発火して大惨事になってた恐れもあるんだからな」
「リアル炎上か」
「その通り」
今はSNSを通して情報が拡散される時代。一瞬のミスが人生を破綻させる可能性もあった。
「ごめんね、愛莉ちゃん。変な真似させちゃって」
「いえ、そんな…」
「この本はいらないよね? ちゃんと祐人が責任持って持ち帰ってくれるから平気だよ」
「せいっ!」
「ぎゃっ!?」
本日三発目となる鉄槌が飛び出す。怒りを込めた攻撃が。
ただ指摘通り彼女には不要の商品。金を払って自分が引き取った。
「ねぇ、愛莉ちゃんって化粧してる?」
「え? 全くしてませんけど」
「そうなんだ。メガネ外してオシャレしたらもっと可愛くなると思うんだけどなぁ」
「いえ、コレは…」
容姿に関する提案に友人がたじろぐ。後退りしながら。
「あのさ、聞きたい事あるんだけど」
「はい? なんでしょう」
「そのメガネってもしかして…」
「……伊達です。度は入っていません」
「やっぱりか…」
「え? もしかして気付いてましたか?」
「まぁ、うん。なんとなくそうなんじゃないかなぁとは思ってたよ」
以前に転倒した時、彼女は落下したメガネより先に教科書やノートを拾っていた。視力が悪い人間なら真っ先に回収しようとするハズ。裸眼の状態でハッキリと辺りを視認出来ていた事をずっと疑問に感じていたのだ。
「ん? どうして目が悪くないのにわざわざメガネかけたりするの?」
「そ、それは……少しでも何かで顔を隠したいっていうか」
「え~、そんなのおかしいよ。私だったら誰よりも目立ってやりたくなるけどな」
「だからそれは…」
「邪魔だから外しちゃいなって。別に隠さなくちゃいけないような変な顔って訳でもないんだし」
誰もが抱く最もな疑問が飛び出す。思春期真っ只中の女の子がオシャレから遠ざかろうとする意味なんて無いのだから。
けど自分は知っていた。目の前の人物がクラスの中で目立ちたくない理由を。
「人にはそれぞれ事情ってもんがあるんだよ。あんまり深入りしすぎんな」
「あたっ!?」
従妹の頭にチョップをお見舞いする。先程までと比べてかなり手加減した攻撃を。
「……いっつぅ、タンコブ出来るからやめろっての」
「悪いね。こんなふざけた遊びに付き合わせちゃって」
「い、いえっ! 抵抗はありましたが凄く楽しかったです」
「え?」
「こうやって皆で集まって何かをしたりする事に……ずっと憧れてましたから」
庇う言葉を即座に否定されてしまった。不快感を微塵も纏っていない表情によって。
「愛莉ちゃんってさ、ひょっとしてM?」
「エ、エムって何でしょう…」
「え? 知らないの?」
「……はい」
こんなやり取りはどこにでも転がっている平凡な日常。学生ならではの悪ノリだった。
しかしそうじゃない場合もある。2年以上も人との接触を断っていた人間には非日常とも言えるべき出来事だった。
「あははっ! 愛莉ちゃん、純朴のフリするの上手~い」
「あ、ありがとうございます。状況がよく分からないんですが」
「……もしかしてマジで理解してない系?」
「え、え?」
「ん~…」
年上のハズなのに頼りなくて、臆病なハズなのに強い意志を抱いていて。それは今まで出会った事がないタイプの知り合い。
「あれ? 祐人、どうしたの?」
「別に」
「分かった。一刻も早く帰ってこの本を読みたいんでしょ?」
「せいっ!」
「おぶふっ!?」
生意気な口を塞ぐ為に攻撃を仕掛ける。五度目となる制裁を。
そんなやり取りを目の前にいた人物は笑いながら観賞。それは初めてとなる友人の心の底からの笑顔だった。




