6 日常と非日常ー1
「なに見てんだよ」
「い、いや…」
隣の席の男子を睨みつける。休み時間に突入した教室で。
「ふぅ…」
新しく編成されたクラスにも2週間も経てば馴染んでしまった。普通に学校に通い、普通に授業を受け、普通に帰宅する毎日。1つだけ事前の予想と違うのはそれがあまり苦痛ではないという事。春休み中の卑屈な思考では考えられないような適応力を発揮していた。
「なぁ、お前友達いる?」
「は?」
「休み時間いつも1人でケータイ弄ってるけど話し相手とかいないの?」
「……え、え」
「遊ぶ相手いないなら俺とゲームやろうぜ。ジャンケンで負けた方がジュース買いに行くゲーム」
珍しく普通に話しかけてみる。いつもオドオドしている小柄な男子に向かって。
「お前も喉乾いただろ? なんか飲みたくない?」
「いや、僕は別に…」
「そうなの? ならジャンケンだけしないか?」
「えぇ…」
「ほれ、早く早く」
嫌いな学校にいるハズなのに妙にテンションが高い。予想外な繋がりを今のクラスで見つけられた事。その幸運が思いもよらない行動へと駆り立てていた。
「え、遠慮しときます」
「あっ!」
手首をブラブラさせていると目の前の人物が逃走してしまう。明らかに困惑した様相を見せながら。
「……調子に乗りすぎたか」
いくらなんでも馴れ馴れし過ぎたらしい。年上気分で話しかけてしまったが向こうはこちらの素性を知らない。しかもやらせようとしていた事はまんまパシり。少しだけ心の中で反省した。
「水瀬くん」
「お?」
落ち込んでいると反対側から違う奴に名前を呼ばれる。あまり聞き覚えのない低い声に。
「今日さ、放課後に皆でカラオケ行くんだけど一緒に行かない?」
「お、良いねぇ。行くべ行くべ」
「名前合ってるよね? 水瀬だっけ?」
「ん? 合ってるよ。つか俺の名前覚えてくれてる奴がいたのか。いやぁ、嬉しいな」
声をかけてきたのはクラスの中でも割と目立つタイプの人物。金色の髪をした真面目とは正反対に位置する男子生徒だった。
「じゃあ放課後空けといてよ。他にもクラスのヤツ誘ってあるから」
「おっけ。全部で何人ぐらい来るの?」
「ん~、返事聞いてない奴がいるからハッキリとは分かんないけど多分5~6人じゃね?」
「了解。なら楽しみに待っとくわ」
「おう」
「あっ、待った」
「ん?」
約束を交わすと彼がすぐ側にいた友人と立ち去ろうとする。しかし慌てて呼び止めた。
「悪い、やっぱ今日は無理だわ」
「マジか。部活見学?」
「友達と遊びに行く予定が入ってて。だからカラオケはパスって事で」
「別にそいつも一緒で構わないけど」
「それがそいつ極度の人見知りでさ。いきなり知らない奴だらけの環境に立たされるとテンパって何も出来なくなるんだよね」
「ふ~ん、変な奴」
放課後の約束を思い出す。ここ数日、毎日のように繰り返されている寄り道を加えての下校を。
「だからまた今度一緒に行こうぜ。お互いの都合がつく時に」
「……分かった。ならまた誘うわ」
「悪い。せっかく声かけてくれたのに」
「別に」
「ちなみにお前の名前は?」
「……金坂衛」
「金坂か。ならカラオケはまた今度な」
名前を言い残したクラスメートが振り向いて立ち去った。ポケットに手を突っ込みながら。
「しっししし…」
まさか遊びの誘いを持ちかけられるなんて。新しい教室でも上手くやっていけるかもしれない。そんな希望が湧き出していた。




