5 留年と引きこもりー4
「今日はどうする? またどっか寄ってく?」
「えっと……今日はお母さんの手伝いがあるからこのまま帰ります」
「お?」
「ではまた」
相方が礼儀正しく頭を下げる。体の向きを変えたかと思えば素早く立ち去ってしまった。
「……嫌われちゃったかな」
暴力的な一面を見て敬遠したくなったのかもしれない。過去に乱闘歴を持ってる人間と距離を起きたくなるのは自然の反応だろう。
せっかく出来た知り合いとの関係もあっさりと終了。しかしその考えはすぐに払拭されてしまった。
「マジですか…」
夜に彼女からメールが届く。生徒手帳を拾ってくれた事に対する感謝のメッセージと、また明日も一緒に学食に行きたいという内容の文面が。
「社交辞令……う~ん、でも」
発言を疑いはしたがそれならわざわざ連絡をしてくる意味が無い。あの天然思考な子が何かを計算しているとも思えないし。
もし本気で軽蔑したのなら無視する道を選ぶハズ。都合のいい発想が次々に浮かんできてしまった。
「う~む…」
彼女も人にはバレたくない秘密を抱えている。もしかして向こうも嫌われてしまったのではと不安になっているのかもしれない。だとすると諦めるのは時期尚早。今の自分に出来る事は全力でこの繋がりが切れないように努める事だった。
「家にいる間さ、ずっと何やってたの?」
「えっと……テレビを見たり本を読んだりしてました」
翌日の休み時間も2人で過ごす。つかみどころが無い女子生徒と一緒に。
「別に入院してた訳じゃないよね?」
「え?」
「意識不明の状態が続いてて、それで今まで学校に通えなかったとか」
「ち、違います。入院や手術なんて今まで一度だってした事ありません」
「ふ~ん、そうなんだ」
「ただ昔から風邪だけは引きやすかったです。よく熱を出したり」
「虚弱体質か…」
緊張感はあるが嫌悪感は感じられない。話しかけても普通に返してくれた。
「……やっぱり馬鹿だって思いますよね」
「ん?」
「大切な時期を台無しにした人間なんか」
「はぁ?」
質疑応答を繰り広げていると卑屈な発言が飛んでくる。弱気な心境が窺える台詞が。
「なんでさ。そんな事思わないよ。だって愛莉ちゃんは自分の人生を変えたいって考えたから今ここにいるんだから」
「で、でも長い間何もしてなかった訳ですし。せめてアルバイトでもするべきだったと後悔はしています」
「高校や大学卒業してからニートになる奴だっているよ。人生なんてその人の物なんだから好きにすれば良いんだって」
「人生…」
「そもそも周りと比べて違う事をしてたら間違いって考えは間違えてると思う」
「は、はぁ…」
雑談はいつの間に深刻な物へと変化していた。親子喧嘩のような説教へと。
「だから気にしなくても良いの。何も悪い事してないんだから自分の好きなようにすれば良いんだよ」
「……水瀬くんは優しいですね」
「ん? そうかな」
「普通だったら呆れてます。私自身が一番そう思ってますし」
「今してる行為がくだらないって事?」
「はい。どうして2年以上も無駄な時間を過ごしてしまったんだろうって後悔ばかりしています」
「はぁ…」
髪の毛を乱暴に掻きむしる。血が出てしまいそうな勢いで。
「なら2年以上も無駄な時間を過ごしてたと思わないようにすればいい」
「え? な、何ですか…」
「2年遅かったからこの場所にいるんじゃなく、2年遅れたから今ここにいられるんだって思えるようにさ」
「……あ」
きっと自分も恐れていた。周りから敬遠されてしまう生活を。だから欲しかった。共に悩みを打ち明けられる知り合いが。
「今度はこっちの番ね」
「はい?」
「友達になろう。俺と」
「……へ?」
真っ直ぐ前方に伸ばす。握手を意味した手を。
「打算なんかじゃなく一緒にいられて楽しいと思える関係になるんだ」
「え、えっと…」
「後悔を思い出に変えられるぐらいに楽しい人生を送れたらさ、最高じゃん?」
「思い出…」
「一緒に卒業しようぜ。学校を」
彼女に自信を取り戻してあげられれば何かが変わるかもしれない。心の中で感じるのは大きな絶望の塊が崩れていく音だった。
「こ、こちらこそ宜しくお願いします」
「ん。ちなみにトイレに行って手を洗ってない」
「ちょっ…」
「冗談」
「じょ、冗談…」
肌に心地いい温もりを感じる。ついでに緊張している心境が窺える震えも。差し出された手を力強く握り締めた。




