5 留年と引きこもりー1
「おはよ」
「あ…」
朝の教室で窓際の席に近付く。メガネの女子生徒が座っていた場所に。
「これ返す」
「ど、どうも…」
続けてポケットから取り出した生徒手帳を献上。持ち主に渡した。
「落とした時に気付かなかったの? 胸ポケットからスルッと」
「まったく。夜に水瀬くんから連絡が来るまで無くした事すら知りませんでした」
「あらら、本当に鈍感なんだねぇ」
「……すいません」
「だから謝らなくても良いって」
窓から流れ込む光が暖かい。春の陽気な日差しが。
「しかしまさか年上だったとはなぁ」
「え?」
「本当なんだよね? そこに書いてあるの」
「み、見ちゃいましたか…」
「うん。もうこの目でバッチリと」
空席を占領すると伸ばした手で指差す。返したばかりの手帳を。
中に記されていた彼女のプロフィール。そこには自分が生まれた年よりも少ない数字の年号が書かれていた。
「……黙っていてごめんなさい」
「あっ、ならマジなんだ。実は今の今まで半信半疑だったんだけど」
「私、本当なら1年生やってる年齢じゃないんです。中学時代に同級生だった人達はみんな3年生に…」
「ふ~ん、ならやっぱり1個上なんだ」
「……はい。しかも誕生日が4月3日だから18歳なんです」
「な、何だってーー!?」
驚きのあまり素っ頓狂な声を出す。大袈裟ではなく本心で。
つまり単純な年齢なら彼女は自分より2つも上。年下だらけの環境の中に人生の先輩を見つけてしまった。
「あの、やっぱり軽蔑しますか?」
「ん? どして?」
「だって今まで内緒にしてたし。それに…」
「あぁ」
会話中に目の前の人物が俯いてしまう。明らかに落胆している様子で。
「そんな訳ないじゃん」
「ほ、本当ですか!?」
「だって俺自身がこんなだし」
「あはは…」
「やっぱり隠してたのってさ、周りにバレたくなかった事が原因?」
「……はい」
問い掛けに対して返ってきたのは覇気のない台詞。予想通りの答えだった。
「それより謝らなくちゃいけないのはこっちの方だよ」
「え?」
「馴れ馴れしく愛莉ちゃんなんて呼んでごめん……なさい」
「へ? へ?」
「よく考えたら失礼極まりない行為だったよ。大変申し訳ありませんでした」
続けて自分も頭を下げる。反省の意味を最大限に込めて詫びた。
「あ、謝らなくても結構です。私は全く気にしてませんので」
「いや、でも…」
「だから頭を上げてください。土下座みたいな真似をされたら困ってしまいます」
「しかしだなぁ…」
「それにもし本当に嫌だったなら、ちゃんとその時に否定しています。不快感なんかこれっぽっちも感じていません」
「う~む…」
互いに意見をぶつけ合う。譲歩合戦を繰り広げるように。
「けどさすがに年上の人にそれはなぁ。タメ口だって直さないといけないし」
「そ、それも大丈夫です。全然OKです」
「ならもし敬語を使って話しかけたら?」
「悲しい……ですね」
「その気持ちはよく分かんないや」
自分が彼女の立場だったらブチ切れ確定。親しい人間ならともかく知り合ったばかりの年下には馴れ馴れしくしてほしくなかった。
「あの、出来ればこの事は他の人には内緒で…」
「分かってる分かってる。不用意にバラしたりとかしないからさ」
「それは助かります…」
「絶対からかってくる奴がいるもんね」
「……はい」
もしこの情報を周りのクラスメートに知られたら彼女は孤立してしまうだろう。ただでさえ人見知りなのに。
「ふぅ…」
用事が終えた後は自分の席へと退散。今日からは通常の学校生活が始まる。授業の始めに先生達が自己紹介をしたが、ほとんどが顔見知りだった。
「面倒くせぇ…」
これから1年間、去年と全く同じ内容の授業を受けなくてはならない。ただのやり直し。例えるなら一度見た退屈な映画を再び最初から見るようなもの。苦痛以外の何物でもなかった。




