10 課題と宿題ー6
「今日は祐人くんに会いにここに来たの?」
「いや、お兄ちゃんとはさっきたまたま出くわしただけでして」
「あれ? ならもしかしてこの辺りに住んでるとか?」
「あ、はい。自転車で10分ぐらいの場所です」
「香織さんの母校に通ってるんですよ」
「うっそぉーーっ!? なら後輩じゃん!」
テンションの上がった年長者が大きな声を出しながら起立。その目は子供のようにキラキラと輝いていた。
「天神? 天神?」
「い、一応…」
「うっわぁ、まさかこんな形で後輩に会えるなんて。感激だなぁ」
「良かったっすね」
「あれ? でも確かすみれちゃんも同じ学校だよね。2人は知り合いなの?」
「……うっ」
油断していると不意を突く台詞を浴びせられる。今はいない従妹の存在を。
「すみれちゃんも中1だったよね? そして奈津紀ちゃんも中1」
「ま、まぁ…」
「妹と従妹が同じ学校で同い年って凄くない? 偶然にしては出来すぎだよ」
「そんな事は……あるような無いような」
「本当にこの子、祐人くんの妹? よく見たら顔とか全然似てない気が…」
香織さんが対話相手を直視。両目をこれでもかというぐらいに細めながら見つめた。
「な、何言ってんすか! 俺と葵だって同い年で同じ学校に通ってるじゃないですか!」
「あっ、確かに!」
「だから偶然でも何でもないですよ。普通によくある出来事です」
「そう言われたらそうかも。な~んだ、私の思い過ごしか」
「……ほっ」
真相を見破られそうになったがギリギリの所で疑惑を逸らす事に成功する。アホな先輩という点が功を奏していた。
「いやぁ、懐かしいなぁ。私もまた給食のシチューとか食べてみたいや」
「あはは…」
「そういえば祐人くんは宿題やらなくて良いの? 本を借りに行ったんじゃなかったっけ?」
「げっ!? しまった、忘れてた!」
安堵している最中に重要な事に気付く。肝心の物を持ってきてない状況に。
「今度こそ何か持ってこなくては」
「……あ」
「ん?」
立ち上がると慌てて本棚にUターン。そして何故か隣にいた人物も同じ行動をとりだした。
「トイレ?」
「い、いえ……違います」
「あぁ、本取りに行くのか。まだ何も借りてなかったのね」
「……まぁ」
よく見ると彼女は手にバッグも装備。一瞬、帰るつもりなのかと思ったが違うらしい。
「荷物ぐらい置いてくれば良かったのに」
「つ、つい癖で…」
「肌身離さず持ってないと落ち着かないタイプ?」
「はい…」
「まぁ全部置いてっちゃうと香織さんが大変だろうからいっか」
また先輩が睡眠タイムに突入する危険性は捨てきれない。だとしたら彼女の行動は英断だった。
「あーーっ! そういえばさっきの何だよ、アレ!」
「へ?」
「自己紹介だよ。また前みたいにややこしい事してくれちゃってさ」
席を離れ2人きりになったタイミングで問い詰める。声は小さいが荒い口調で。
「どうしていきなりあんな嘘ついたの!?」
「だ、だって…」
「だって?」
「……女の人と2人で来てるから」
「なるほど、理解」
特別な関係だと勘違いしてしまったのだろう。以前の土乃の時と同じだった。
「あの人は違うよ。ただの学校の先輩」
「へ?」
「あとここで会ったのは君と同じでたまたま。俺、友達と来てんだよね」
「そ、そうだったんですか…」
「多分、今はあの辺にいるハズ。漫画読んでるわ」
「へぇ…」
ちょうど良いので状況を簡潔に説明する。もう1人知り合いがいる点も報告しておいた。
「これでいっかな…」
階段を上がって同じ場所に戻ってきた後は物色を再開する。読む為の本探しを。
「そっちは決まった?」
「い、いえ……まだ」
「優柔不断だな。数分前の俺みたいだ」
適当な物を手に取り相方の元に接近。彼女はショルダーバッグの紐を掴んだまま右往左往していた。
「じゃあ先に席に帰ってるから」
「あっ…」
「ん?」
「ま、ままま待ってください。すぐに見つけますから」
「ちょっ……何するんだ!」
しばらく時間がかかりそうなので離脱を決意する。その瞬間に後ろからシャツを掴まれてしまった。
「は、離さないか。こら!」
「もう少しだけ、もう少しだけお願いします!」
「はぁ?」
「すぐに決めますので。だからあとちょっとだけお願いします」
「やだよ! こっちはすぐにでも宿題に取りかかりたいんだっつの!」
日当たりの無い場所で静かな攻防戦を展開する。無意味なやり取りを。
「……ねぇ、あれ何やってるの?」
「カップルがイチャついてる。エッロ!」
「見ちゃダメだってば。怒られるよ」
「バカ、押すなって。お前が前に行けや」
「やだ、こっちに気付いてる。ヤバいヤバい」
更にすぐ近くからは複数名の会話が聞こえてきた。明らかに自分達の行動を監視している内容の言葉が。
暇潰しの標的にされている事は一目瞭然。男女を混ぜ合わせた小学生軍団が棚の奥からこちらを覗き見ていた。
「……殺すぞ、ガキ共」
「ひいぃぃぃっ!?」
ドスの利いた声で威圧する。眉間にシワを寄せた顔も付け加えて。
即席の脅しが効いたのかギャラリーは一目散に逃走。慌てて階段を駆け下りて行った。
「え~と、これにします」
「分かり易い連続量と分離量の違い? 俺が一生読む事のないジャンルだな」
「あはは……ち、ちなみにお兄さんはどんな物を選んだんですか?」
「ん? これ。ゴキブリ世界最強論」
「わああぁぁぁっ!? 表紙をこっちに向けないでくださいぃぃ!」
相方の目的が達成された後はその場を離れる。占拠したテーブルを目指しながら。