6 マナーとエチケットー1
「あちぃ…」
午前中の静かな時間帯、のんびりと外を歩く。太陽が雲に隠れて眩しさを感じない天気の中を。
母親の実家にやって来て3日目。ようやく朝に目覚めた時の違和感に慣れてきた頃。紙袋を片手にある場所へと向かっていた。
「え~と、こっちだったかな」
位置関係を把握出来ていない道をさまよう。スマホは壊れてしまったので地図なしで。うろ覚えな記憶だけを頼りに世話になった女の子の家を探していた。
「ねぇ、これいつまで歩き続けるの~?」
「すみれが大人しい女の子になるまで」
「ならもう達成されてるじゃん。嘘つき祐人」
「まさかお前に嘘つき呼ばわりされる日が来るなんて…」
すぐ隣には興味本位で付いてきたオマケが歩いている。親戚の妹の方が。
「あ、コンビニ発見」
しばらくすると目印となる建物を見つけた。一昨日、おじさんに車で迎えに来てもらった店を。ここからなら女の子の家までの道のりも分かる。目的地であるアパートを目指して足を動かした。
「ほら、もう少しだから頑張れ」
「ひいぃ……しんどい。喉乾いたからコンビニで飲み物買っていこ」
「良いけどコレを置いてからな。先に用事済ましちゃいたいから帰りに寄ろう」
「え~、そんなぁ…」
「嫌だっていうならここで待ってろ。1人で行ってくるからよ」
「ちぇっ…」
手に持つ荷物を掲げる。中に男物の衣類一式が入っている紙袋を。
2日続けてお世話になり、自宅まで把握しているのに借りっぱなしにする訳にはいかない。なので洗濯して乾かした物を返しに行く道中だった。
「しょうがないなぁ。ちなみにその服を貸してくれた女の人は美人さんだった?」
「可愛い子だった」
「死ね、ドスケベ野郎」
「そうやって暴言を吐かない感じが素晴らしく好感が持てる子だったわ」
「うぐっ…」
「ほら。さっさと行くぞ、二重人格」
悪態をつく従妹を連れたって歩き続ける。日は出ていないが気温は高い。5分ほど歩くと二階建てのアパートに到着した。
「ほっ」
玄関の前に立ってインターホンを押す。軽く咳払いをして。
「出てこないね」
「……え、嘘だろ」
そのまましばらく待機するが中からは人が現れる気配を感じない。もう一度鳴らしてみたが結果は同じ。物音一つ聞こえてこなかった。
「やっぱり留守じゃんよ」
「マジか~。せっかく訪ねてきたのに」
「荷物だけここに置いて帰る? 男性用の下着をわざわざ盗んでいく奴なんていないと思うし」
「ん~、けど無言で放置するのはちょっとなぁ…」
せめて感謝の意味を込めたメッセージぐらい残しておきたい。しかし今は紙もペンも持っていない。書き置きを残す事が不可能だった。
「いつ頃に帰って来るんだろ」
「さぁ?」
チラチラと辺りを見回す。その途中でインターホンのすぐ横にある表札に注目した。
「瑠那…」
月舘という名字の下に孝弘、明美、梓、瑠那という4名分の文字が記されている。そのうちの1つは昨日、姉の方がしきりに連呼していた名前。
上に書かれている孝弘、明美という人物が恐らく彼女達の両親なのだろう。一番下の瑠那が妹だとするならば、真ん中に書かれた梓という文字がお姉さんだった。
恩人の名前を知れた事に胸が高鳴る。ちょっとしたストーカー気分で。
「お?」
思考を巡らせていると下から金属音が聞こえてきた。一定のリズムを奏でる音が。
「あれ? アナタ…」
「やぁ」
「遊びに来たんだ。よく迷子にならなかったね」
階段から姿を現した人物と視線が交わる。そこにいたのは棒キャンディを舐めている女の子。期待していた待ち人だった。
「え~と、着替えを返しにきてさ」
「着替え?」
「ほら、一昨日借りたやつ。洗濯したから持ってきたんだよ」
手に持っていた紙袋を掲げる。彼女に中身を見せ付けるように。
「あぁ、そうなんだ。わざわざ返しに来なくても良かったのに」
「いや、さすがに服一式を貰っちゃうのは悪いし。それにお礼も言いたかったからさ」
「律儀な人だね、アナタ。今時珍しく真面目なタイプの若者だ」
「ははは、よく言われます」
「……嘘つけ」
「うっせ、黙ってろ!」
「ん?」
世間話で盛り上がっている最中に従妹が妨害活動を開始。空気をブチ壊しにするような発言を飛ばしてきた。
「妹さん?」
「いや、座敷童。ずっと付きまとってきてよ」
「は?」
「いって!?」
紹介した直後に本人からエルボーが飛んでくる。無言の攻撃が。
「初めまして~。この男の従妹です」
「はい、初めまして。こんにちは」
「突然お邪魔してすみませんでした」
痛がる自分を無視して2人が挨拶を交わした。初々しさが存在する会話を。
さすがにこの場所で口論を繰り広げるわけにはいかない。睨みつけるようすみれの顔を見たが目を逸らされてしまった。
「じゃあ、これ」
「ん。確かに受け取りました」
「中にタルトのお菓子入ってるから。お礼に持ってけって母ちゃんに渡されてさ」
「あらら、そんなに気を遣ってくれなくても良かったのに」
「良かったら家族の人と食べてよ。ではでは」
怒りを堪えながら荷物の受け取りを済ませる。用件を達成すると手を振って女の子の横を通過した。
「あ、待って」
「ん?」
「せっかくだから寄っていってよ。冷たい飲み物ぐらい出すしさ」
「え? けど…」
「それに昨日のお礼もしたいもん。この猛暑の中、また外を歩くのキツいでしょ?」
「……ん~」
階段に足をかけようとしたタイミングで呼び止められる。ありがたいお誘い付きで。
一瞬、断ろうかとも考えたが指摘通りすぐに散歩を再開するのは辛い。隣にいる相方も喉が乾いていたようなので中へと上がらせてもらう事にした。




