黒い鳥
初めてその鳥を見たのは駅の広場だ。朝、出勤すると駅のベンチに真っ黒な鳥がとまっていた。
カラスにしては一回り体が小さい。細くしなやかな体つきが女性的だった。カラスの一種か、別な鳥か。こんな鳥が身近にいるとは、意外の感を覚えたものである。
黒い鳥を見るようになったのは、サキが死んでからだ。
サキは婚約者だった女だ。結婚式を半年後に控えたある日、駅のホームから落ちて死んだ。自殺か事故かは分からない。黒い鳥、は死神かもしれない。一人の女に死を与えたのち、伴侶になるはずだった男にも死を与える。そうであるなら受け入れるつもりだ。生涯の伴侶は彼女以外には考えられない。
何日かして、公園の池で黒い鳥を見かけた。水鳥のようにプカプカ浮かんでいる。やはりカラスではないようだ。ここにはウミネコがくることもある、黒い鳥は海鳥の一種なのか。池に近づくと、コウコウと鳴いて飛び去った。ギクリとした。私のあだ名は「コウさん」だった。
黒い鳥が死神でないとするなら、サキ自身だ。彼女は黒い鳥となって現れた。何のために?自分の死の真相とか、早く新しい伴侶をみつけてほしいとか、そう伝えたいのか。まっぴらごめんだ。死んだ婚約者と添い遂げる、そう決めてしまっていた。
サキは職場の同期だった。彼女にはナナという親友がいて、私たちは良く三人で出かけた。実をいえば私はナナの方が気に入っていた。細身のサキに比べ、ナナはいい体つきをしていた。が、サキの方が積極的であり私はサキに童貞を捧げたのだった。サキと私が付き合うようになると、三人で会う機会は減っていった。
婚約後の、ある夏の夜。私たちは久しぶりに三人で食事をした。まだ同棲前だったので、駅でさよならを言い合ったあと、それぞれの家路に就く。しばらく歩いたところで「コウさん」と背後から呼び止められた。振り向くとナナがいた。「ちょっとお金が無くなっちゃって」そういうと彼女は体をくねらせ媚を売った。その日は露出の高い服を着ていて、正直をいえば先刻の酒の席で、彼女を盗み見ては勃起していた。そんな女が、口には出さないものの「今夜泊めて」と言わんばかりだ。
色香に迷いそうになりながら彼女に金を握らせ「これでタクシー拾いな」といい、早鐘を打つ胸を抑えながらその場を去った。ナナは元来こんな女ではない。サキと私の婚約を知り、最後のチャンスとばかりに誘惑してきたのだろう。
数日後、ナナは死んだ。マンションの屋上から飛び降りて。その三か月後にサキも死んだ。二人の女が短期間のうちに私の前から消え去った。もう女はごめんだ。
残業を終え、遅い時間に夜道を歩いていた。アパートが見えるところまでくると、街灯の下にあの黒い鳥が、スポットライトを浴びるように立っているのが見えた。夜に活動する鳥なんてフクロウ以外にいるだろうか?
コウコウ、黒い鳥が鳴きだした。呆気に取られていると、黒いシルエットが膨張を始めた。どんどん大きくなる。やがてヒトぐらいの大きさになると、鳴き声が「コウさん」という肉声に変わった。シルエットは人影に変貌していた。人影はナナの体つきによく似ていて、悩ましく身をくねらせている。思わず勃起した。「コウさん、コウさん」人影が呼び続ける。恐ろしくなりアパートに向かって逃げ出した。
バタン。ドアを閉める。サキを愛していたかどうかは良く分からない、が「童貞を捧げた」という事実だけが心の支えだ。「彼女を思いながら残りの人生を過ごす」改めてそう決心したものの、三〇を過ぎたばかりの男は、まだ勃起したままだ。沸き上がる黒い欲望に、ただただ怯えていた。




