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毒キスと弾丸

花が落ちるのは寿命ではなく愛が消えたからだ

作者: 優衣羽

椿は落ちる



「久しぶり」


シンプルだけどハイブランドの白のドレスを身にまとい温室にいた彼に微笑んだ。プレゼントしたドレスを着てきた事に気づき微笑んだ彼は椿から手を離す。


「やぁお帰り僕の妖精」


広げられた腕の中に身体を滑り込ませる。貴方とは違う、けれど引き締まった身体が私を包み込む。肩にかけたジャケットの内ポケットに忍ばされたピストルには気づかない振りを。いつかこれを突きつけられる日が来るのかな。なんてサンダルウッドの香りをまとわせた彼の匂いを嗅ぎながら思った。


「随分長い事お疲れ様」


「本当に長かった」


「僕としてはもっと早く終わらせるつもりだったんだけど、ちょっとつついたら出るわ出るわって感じで」


苦労をかけたね。頬に触れた唇に目を細める。私の唇を手袋をつけた親指でなぞり付けていた口紅を落とした。


「毒じゃないけど」


「分かってるよ。ただ色が気に入らなかっただけ」


「そう?素敵な色じゃない?」


「この土地には合わないかな」


唇が重なり深い熱を与えられる。そうか、ずっと寒い土地にいたからそこにあった口紅を塗っていたけれど、この青空の下ではいささか暗く感じられたかもしれない。


「新しいの買ってあげる」


「ありがとう」


「どういたしまして。さて、」


身体を離され手を引かれる。先程彼がいた椿の前を通り過ぎ奥にあるガゼボに備え付けられた椅子に促される。向かい合うように座ると彼はとても満足した顔をしていた。侍女を呼びしばらくして目の前に紅茶が置かれる。彼の前に置かれた紅茶に口をつけ何も入っていないのを確認してから返すのは癖になった。


色とりどりのスイーツが運ばれてくる。宝石のようだ。目を瞬かせているとまた彼は嬉しそうに笑う。柔らかなベージュの髪に海のようなエメラルドの瞳は貴方と似ても似つかない。


「ご褒美」


「嬉しい。ありがとう」


マカロンに手を伸ばし口に運ぶ。薔薇の香りが口いっぱいに広がり思わず顔が綻んだ。紅茶に口をつけた彼は会わなかった期間の話を聞いてきた。私は誰を殺して何をしてきたか、お茶会を楽しみながら話した。彼はうんうんと頷いていたが、手を止め大事な話があると言った。


「何?」


「僕がボスになる事が決まった」


「え……」


カップに伸ばした指先が止まった。


「君のおかげかな。働きが評価されて今のボスが来月で一線を退くらしくてね。後任に僕を選んだ」


君のおかげで。


「次のボスは僕だ」


それは彼の悲願で、私が彼の下で働いてきた理由でもあった。嬉しくなった私は思わず立ち上がり彼の手を取る。やったね、やっとだね。子供みたいにはしゃいだ私を、彼はくしゃっとした笑顔でそうだねと返す。


「だからどうしてもありがとうって言いたくて」


「私のおかげじゃないよ」


「いや君や、他の部下たちのおかげだ。これは間違いない」


私の手を取り指先を絡ませた。彼が私を見上げる。


「君は次の殺しで引退ね」


「え」


何で。どうして。私がいらなくなった?彼から必要とされなくなったら私は。言いかけた言葉は表情に出たのだろう。彼は安心してと言い私の左薬指を口づけた。


「君の未来は僕のお嫁さん」


「お嫁……さん……」


「この先君はボスになった僕の隣で永遠に幸せに生きていくんだ」


結婚だよ。笑いかけた彼に私はこの状況を飲み込めずにいた。


「それが、君の次の役目」


指輪はいつ買いに行こうか。どこのブランドがいいかな。私を置き去りに一人楽し気な彼が冗談で言っているとは到底思えなかった。


「ちょっと待って」


「何?」


「ダーリンは私の事好きなの?」


「好きだよ?初めて会った日に僕のお嫁さんはこの子にしようって決めてたくらいには」


「そんなの聞いた事ない」


「そりゃあ君は僕に捨てられたくなくて必死になったから僕も君に役目を与えてあげた方が安心するかなと思って。だから鍛錬を積ませたけど、正直君に毒の耐性が無ければ殺し屋になんてさせなかったさ」


「私、子供産めないんだけど」


「知ってるよ?子供なんてどこからか養子取れば済む事でしょ」


そんなの、知らない。彼が私を手元に置いているのは犬と同じで主従の関係だったからだ。私はワンと鳴き彼は首輪をつけエサを与え躾を行う。そういう関係だっただろう。それなのに何故。


何故三十六度の熱以上の瞳でこちらを見つめ笑うのだ。


「……知らない」


「オンディーヌ?」


「そ、んなの知らない。好きとか、何それ」


「君まさかハンスの事本気で好きなの?」


口から言葉にならなかった声が息として漏れ出した。


「君は僕の物だよ。今までは君が気に入ったからあいつと一緒に過ごす時間をあげていただけ。好きとかそんな馬鹿みたいな事言わないでしょ?」


「好き……」


「だって最初から結ばれるわけがないんだから」


握られていた手が宙に放された。呆然と、彼を見つめていた。離れた手が酷く冷たく感じる。


「君の最後のお仕事をあげよう」


机の上に置かれた一枚の紙に私の唇が震えた。何で、どうして。口元を押さえる私に、彼は淡々と言い放った。


「僕も信じがたかったんだけど、まさかの事態だ」


紙に書かれていたのはこれまでの悪事、裏切り。そして殺害対象の名前。


「こいつは数年前から僕と後継者争いをしていた兄のスパイとして働いていたらしい。僕の情報を彼に流し事業を邪魔したり、部下を殺したりした」


顔写真は、私の人生を変えた人の顔を映していた。




「ハンス。本名をアルマン。君が最後に息を奪う相手だ」



椿が、地面に落ちた。

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