第49話 「君がそんな表情をするから──勘違いしそうになる」
『穏やかな恋愛っていうのは、ただずっと一緒にいたいと思う感覚かしら。同じ時間を過ごしているだけで幸せで、とくになにも会話しなくても、隣にいてくれるだけでよくって。会えないときは寂しくて、会えると嬉しくて、抱きつきたくなるような──』
目が覚めた瞬間、昨日リリアナが言っていた言葉を思い出した。──正直、今までリリアナが言うような恋愛のかたちを考えたことがなかったので、あれはなんていうか、すごく新鮮だった。
でも、それなら私のレオンへの気持ちは、いったいなんなのだろう?レオンとずっとに一緒にいたいと思っているのは事実だし、一緒にいればそれだけで楽しいくて、幸せだ。読書タイムなんて、なんの会話も交わさないこともあるけど、それでもレオンといるだけですごく安心する。
それに昨日みたいに少し会えないと、とっても会いたくなる。そして会えたら、抱きしめられたくなるし、レオンも私を抱きしめてくれる。リリアナの言ったような恋愛のかたちもあるのなら、私はレオンに恋愛感情を抱いているのだろうか──。
・・・いや、やっぱりそんなはずない!私たちは一緒にいるのがあまりに当然で、それにすっかり慣れ親しんでしまっているだけだ!それも恋愛になるのなら、家族への愛も恋愛感情と一緒になっちゃうもんね!?
あーっもう!昨日もレオンが変な冗談言ったりするからだ!あれのせいで私は昨晩なかなか寝つけなくって、悶々と考えてしまったんじゃないの!!そのせいで、朝からこんな・・・!
「ローザ、おはよう!入ってもいい?」
一瞬ドキーッとしたが、「どうぞ」と部屋に迎え入れたレオンの顔を見て、ふっと力が抜ける。
うん、やっぱりそうだ。私が彼に抱いている感情を恋愛感情と呼ぶにはなんというか、和やかすぎる!たとえ穏やかな恋愛だとしても、これが恋心ならもっといろんな不安や怖れ、疑いやなんかが入り混じっているはずだもん。だって、恋は苦しいものだというから。
でも、私は全然苦しんでない!レオンとの関係には、絶対的な安心感しかなくって、レオンは私にとって安らぎと平穏の象徴のような人なのだ。もちろんそこに愛はあるけれど、それは──
レオンが優しい笑顔を私に向け、私はそれに自然と微笑み返すと、胸がふんわりと温かくなる。
──やっぱりそうだ!これは「親愛」だ。
うん、親愛。これだ。これが、一番しっくりくる!私はレオンに対して、やはり親愛の情を抱いているだけなのだ!ほら、親愛って「親」って字も入ってるし!レオンの愛情が親からの愛に似ていると思ったのだって、きっとそのせいなんだ!──そう思ったら、急に気が楽になった。
そうよ、これが恋愛感情かなんて馬鹿なこと考えるのは、もうやめっ!そんなの、必要ないもの。だって私たちは、今のこの関係がベストなんだから!ビバ親愛!!
さて、今日はいよいよ男女混合でのダンスの授業だ。つまり──例の彼女も来ているわけで・・・。うん、まあ・・・頑張ろう。
「はぁ~い!みなさぁーん、ごきげんようっ!王室専属のダンスインストラクター、ラーラ・ノヴァークの再来ですわ!今日もよろしくねっ♪」
うおお、テンション高・・・っ!まあ、いつものことだけどね。
「今日は男女混合での練習ということでっ!前回の男女パート別練習の成果を存分に発揮していたければと思いま~す!でーはさっそく、私の愛弟子たちにお手本になってもらいましょう!ローザちゃん、レオンハルト殿下!さあ、こっちにいらっしゃい!」
・・・さっそくですか。いや、もうちょっと最初にいろいろ説明して、ちょっと練習して、それから1回くらい見せるとかで十分ですよね。ね?なのにこの感じだと、これからこの授業のあいだ中、何度も私たちを見世物にする気じゃ・・・
「では行こうか、ローザ」
笑顔で私の手を取ると、なぜかノリノリで前に出るレオン。おいおい、いつからそんなに目立ちたがり屋さんになったんだ??
「このおふたりのダンスにはもう太鼓判を押しているの!幼いころからふたり一緒に練習してきたこともあって、息もぴったりなんですよ!
というわけで、ほかの皆さんにはまずお手本のこのふたりのダンスをよーく見ていただき、それから男女ペアになって踊っていただきます!みなさん、しーっかり目に焼きつけてね!」
まあ、私のダンスの練習相手といえば必然的にレオンだったからね。最初の練習相手もレオンだったし、というか、その後の練習相手もずっとレオンだったし。だからレオンと息ぴったりなのはある意味当然なんだけど──。
そういえば、私がレオン以外で踊ったことがあるのは、今のところ練習を見に来てくださった国王陛下と、レオンの弟妹であるクルト王子とレーナ王女くらいかな?
ちなみにクルト王子はふだん妹のレーナ王女と練習されているんだけど、あるときレーナ王女の体調がよくなくて、私が代わりにお相手して差し上げたんだよね。
──ただ、その練習のあとが大変だったのだ。私を慕ってくれているレーナ王女が、クルト王子が私とダンスを踊ったと知って王子に嫉妬し大げんかになって、体調が回復してから私がレーナ王女のダンス練習のお相手もして差し上げる約束することで、ようやく仲直りされたんだっけ・・・。
でも、正直それより面倒だったのは、実はレオンだったんだけどね。そもそもレオンは、ノヴァーク先生からレーナ王女の代わりに私がクルト王子と踊ってあげるように言われたときから不機嫌で、自分は女性のステップも踊れるから自分にやらせろと言って聞かなかったのだ。
だが、兄であるレオンのほうがクルト王子よりも身長が高いので、練習しづらいからとノヴァーク先生が却下された。それで結局私が相手をして差し上げたわけだが、私がクルト王子と踊っているあいだ中、自分は練習に参加する必要もないのにずーっとホールに居座り続けた。
そのうえ酷かったのが、クルト王子との練習が終わって疲れている私に、最後は自分と踊れといって聞かず、結局3曲ほどレオンと一緒に踊らされて、やっと機嫌を直したのだった。レオン、そんなにダンスが好きなのだろうか、女性パートすら踊りたいほどに──?まあ確かに、今もこんな乗り気だし。
(あ、そういえば、王宮に住むようになったのにまだ一度もおふたりにお会いできていない!今日あたりふたりに会えないか、レオンに聞いてみようかな?)
正直レオンとのダンスならもう目を瞑ってても踊れるのだが、思えばふたりでダンスするのはわりと久しぶりだ。ノヴァーク先生に「もう完璧っ!貴方たちふたりに教えることはないわっ!」と太鼓判を押されてからというもの、ほとんどレッスンもなくなってしまったし、私たちはデビュタント前だから(だからこそこの授業があるんだけど)、それ以外でダンスをする機会なんてないからね。
「久しぶりだけど、ちゃんと踊れるかしら・・・」
「心配いらない。ローザはいつも完璧だよ」
いやいや、いつも完璧なのはレオンのほうですって!と心の中で思いつつ、でもレオンが笑顔で自信満々にそう言ってくれると、安心できてしまうのだから不思議なものだ。
そのまま音楽がはじまり、自然とステップを踏む。うん、たしかに心配は無用だったな。身体がもう勝手に動くもん。そもそもレオンはダンスが本当に上手いから、正直レオンに身体を任せておくだけで、十分綺麗に踊れてしまうんだよね。
とはいっても、こんなに注目されているのは初めてだから緊張感がすごい!だって3クラス合同で、しかも前回とは違って男女混合!相当な人数の前でたった2人で踊っているんだから、緊張しないほうがおかしいでしょ!?ちゃんと踊れてるかしら・・・。
と、ここで突然ぐっと身体を引き寄せられる。ダンスのフォーム自体は崩していないが・・・必要以上に近くないですか!?
「ローザ、今、違うこと考えてただろ?」
ん?・・・違うこと、と申しますと?
私が不思議そうな顔でレオンの顔を見ると、レオンが微笑みを浮かべながら言った。
「私と踊っているんだから、私のことだけ考えて?」
──!
「ふふふっ!」
思わず、笑ってしまう。レオン、私が少し緊張しているのに気づいて、冗談を言ってくれたようだ。まあおかげさまで、確かに緊張感は和らぎました!
にしても、こんな完璧な王子様に、こんなキラキラした笑顔で、ふたりでダンスしてるときにこんなセリフ言われたら、自分がなにかの物語の主人公だって勘違いしそうになっちゃうな。本当は悪役令嬢のはずなのにね?
「ローザ」
また、レオンが耳元でささやく。その声が、いつもよりも低く甘い響きを帯びていて、どきーんっ!と胸が鳴る。踊っているせいでただでさえ速くなっていた鼓動がさらに速く、大きくなってしまったのに気づいて、すっかり焦る。だってレオンに引き寄せられていつものダンスより身体が触れているせいで、この鼓動がレオンに伝わってしまいそうなんだもん!なんか気恥ずかしいじゃない!
「ローザ、いつもよりドキドキしてる?」
はっ──バレた!?やっぱりそんな伝わっちゃうほどドキドキしてたのか、私!?うわぁ、すごく恥ずかしいんですが!!
「──私もだよ」
「えっ?」
「私も、いつもよりドキドキしてる。そのうえ、君がそんな表情をするから──勘違いしそうになる」
・・・勘違い?いったいなにを??
「ねえローザ、私の目を見て?」
「・・・目ですか?」
「そう」
じーっ。
うん、いつ見ても本当に綺麗な翠色の瞳だ。
・・・でも、これはいったいどういう意図ですか?
あのう、ただずっとこうして見つめ合ってるのは、なんだかすごーく照れるんですが?
「えっと・・・いつまでこうしていればいいんですか・・・?」
めちゃくちゃ顔が熱くなってきたんですけど──。
「もしかしたら・・・勘違いじゃないのかな」
「──えっ?」
「いや、なんでもない。勝手に期待しちゃってるだけ。──っていうか、期待してもいい?」
そう言うと、恐ろしいほど甘ーい笑顔を浮かべるレオン。
は・・・?いったい、なにを・・・?
と、ここでダンスが終わり、すぐに拍手喝采が起こった。
よかった!どうやら、しっかりダンスのお手本の役割は果たせたようだ!レオンがおかしなことを言いだすから、途中からすっかり踊っている理由を忘れてしまってたけど・・・まあ、皆さんにバレてないなら、上出来です。
「ブラーボー!ふたりとも、本当に素晴らしかったわぁ!それに雰囲気もばっちりよ!もうそのままキスでもしちゃうんじゃないかってくらいの素敵なムードだったから、こっちもドキドキしちゃった!やっぱり愛し合う恋人同士に踊ってもらうのが一番よねっ!」
な──!?ちょっと、ノヴァーク先生!!変なことを言わないでくださいよ!?
弁解したいこの心情をリリアナにだけでもわかってもらいたいとリリアナのほうを向くが、なぜかぱっと目を逸らされた。
え、なぜに逸らす!?──っていうかリリアナ、顔赤い・・・?
最後までお読みくださり、どうもありがとうございます!
見ている側が赤面するようなムードで踊っていても、全然気づかないローザです。
明日も18時にアップ予定です。




