第251話 ローザをチャージ!
青く広がる空と海、深い緑のオリーブの木が立ち並ぶ海沿いの一本道を馬車で走りながら、私は幾度めかわからぬ感嘆の声をあげた。
「わあ!凄いわレオン!建物の外壁が全部、真っ白よ!」
「壁を石灰で塗っているんだ。この地域の土壌にはもともと石灰が多く含まれているからね、石灰がとても安く手に入るんで、それを使ったわけだ。それにこの地域は夏の日差しがとても強くなる。そんな強い日差しで家の中が高温になるのを防ぐために、太陽の光を反射するこの白い壁が有効なんだよ」
それ以外にも石灰には除菌作用があって、雨水を生活用水として利用する際にこの石灰がこの地域ではよく活用されているのだと、レオンは教えてくれた。レオンって本当になんでもよく知ってるなあ。
「屋根や窓枠が青く塗られているのが、空と海の色と合わせてとっても素敵なコントラストになっていますね!本当に、とっても綺麗な街だわ!」
ここが特別人気な観光地になっているのも頷ける。今は冬だけど、夏のギラギラとした日差しに輝く夏の海とこの白い町の組み合わせはさらに美しいのだろうな。
「また、夏にも一度来てみたいですね!」
「そうだね。だがそのときは、是非君とふたりだけで来たいものだな・・・」
レオンはため息をつきながら、この大所帯を眺める。
「お兄様ったら、いつだってローザを独り占めすることばっかり考えて!どうせ卒業したらすぐに結婚して、私の大好きなローザをこれまで以上に独占する気なんでしょ!?それならこの卒業旅行の間くらい、ローザを私に──」
「馬鹿言うな。卒業旅行だろうがなんだろうが、ローザは常に私だけのものだ。第一、お前はまだ卒業もしないだろ。卒業旅行じゃなくて、ただの旅行じゃないか」
「そんなの、関係ないわよ!私の大好きなローザが卒業しちゃうのよ!?私が卒業するんじゃなくったって、めちゃくちゃ寂しいんだからっ!!」
「お前には『大好きなカイル』がいるだろ。まあカイルも卒業だが──人の恋人にちょっかいをかける暇があったら、その分自分の恋人と好きなだけイチャつけばいいじゃないか」
「お兄様と違って私は慎み深いから、人前で馬鹿みたいにイチャイチャなんてできないわ!あっ、ローザ、貴方はちゃーんと慎み深いわよ!誤解しないでね!私が言ってるのは、純真無垢なローザを唆してどこでもかしこでもイチャつこうとする、この悪ーいお兄様のことだから!」
「羨ましいからってあまり人にあたるな。カイル、そいつをどうにかしてくれ」
おいおいレオンよ、自分の妹の面倒を未来の義弟に押し付けるんじゃないよ・・・。
「はははっ!では、そろそろ昼食にでもしましょうか。今日はそこの海で海鮮のバーベキューをお楽しみいただくつもりです」
「まあ、バーベキュー!?素敵だわ!!」
カナール国の新鮮な海の幸をバーベキューで堪能できるなんて、最高じゃないか!
わくわくしながら浜辺に到着すると・・・おおう、なんか私が想像してたのと違う・・・。ほら、卒業旅行のバーベキューっていうと、みんなで浜辺にバーベキュー台を設置して、炭の火をみんなで一生懸命起こして、そしてゆっくり焼けるのを待って・・・みたいな、ね?
まあ、私のイメージにぜーんぜん王侯貴族感がないのが悪いんですよね。もう既に18年間も公爵令嬢をやってきて、しかも10年間王太子の婚約者をやってきたはずなんですけど・・・未だに前世の漫画やドラマのイメージに引っ張られがちなんですよね、どうしてか・・・。
そりゃ、王族や貴族の皆さんに炭で火起こしさせたり、自分たちで魚や貝を焼かせたりするわけないですよね。レオンがいくらフットワーク軽くて、私のためにお菓子作りとかもいっぱいしてくれるからって、普通、貴族というのは台所になんて立たないものですから。
しかしそれにしたって、見るからに腕の立つ料理人らしき方々が、宮廷料理を作ってます感MAXのものすごい存在感で浜辺でバーベキューしているのを見ると・・・ダメだ、なぜか笑いが込み上げる・・・。
「すべて、今朝この海で獲れた新鮮な魚介類だそうです。もう既に準備はできているようなので、ではさっそくバーベキューを始めましょう!」
「「「わーいっ!!」」」
潮風の匂いに炭焼きの海鮮たちのなんともいえぬ良い香りが漂うなか、青く輝く海を見ながら私たちは最高に贅沢な海のバーベキューを堪能した。
「ふう!ちょっと食べすぎちゃったわ・・・!」
「リリアナ、ホタテ好きだもんな!結局四つ・・・いや、五つ食べたんじゃないか?」
「そ、そんなに食べたっけ!?」
「ああ、食べてた、食べてた!」
「そういうお兄様は嬉しそうにリリアナのことばーっかりでれでれ見てらして、ちょっと気持ち悪かったですわよ?」
「なっ──!?おいマリー!お前変なこと言うなよ!それにお前だって、クルト様からなにをしれっと『あーん』してもらってんだよ!?」
「あら、何か問題がございまして?わたくしたちはもうれっきとした恋人同士ですもの。『あーん』くらいしたって、少しもおかしくなくてよ?それともお兄様、自分はリリアナに『あーん』なさって拒否されたから、私たちに嫉妬してらっしゃるのではなくて?」
「拒否なんかされてない!『今は恥ずかしいからダメ。ふたりっきりのときにね』って言われただけだ!」
「ちょ、ちょっとオスカー!?なにそんな恥ずかしいことを大声で──!」
・・・なんかめちゃくちゃ賑やかだな。まあ、最近ずっとこんな感じと言えばこんな感じですけども。
と、急にレオンが私に耳打ちする。「ちょっと波打ち際のほうに行こう」とのことだったので、なにかを見つけたのかなーと思い、素直についていくと、ぎゅーっと抱きしめられた。
「ふふっ!レオン、急にどうしたんですか?」
「ローザ不足だ・・・」
・・・はいっ!?
「ちょ、ちょっと、レオン、ずっとそばにいましたよね!?それにさっきも思いっきり私に『あーん』して食べさせてくださったりしてましたよね!?たぶん、私が自分で食べた量より、レオンに食べさせていただいた方がはるかに多いですよ!?」
「そんなの、関係ない。やはり大人数で動くとイチャイチャしにくいものだな。さっきから何かとレーナに邪魔されて、なかなかキスもできなかったし・・・だから、ちょっとここでふたりっきりでキスしよう。私に、ローザをチャージさせてくれ」
「ローザをチャージって・・・ふふふっ!なんだか面白い仰り方ですけど、ちょっとチャージっていうのはわかる気がします!私もレオンが足りなくなると、元気がなくなっちゃうので」
「じゃあ、私はローザをチャージするから、君は私を存分にチャージしてくれ」
レオンはにっこり笑うと、そのまま私に甘ーいキスをしてくれる。うん、たしかにこれは、レオンをチャージしてるって感じだな。ただ問題なのは、このチャージはどんなにしても満タンっていうのがなくって、もっとほしくなっちゃうってことだけど・・・。
「ちょーっとお兄様!なにをまたそんなところに連れ出して、ローザにべたべたと・・・!」
「別に、べたべたしてるんじゃない。お前のせいでローザをチャージできてなかったから、少しチャージしてただけだ」
レオン・・・私にはいいとして、レーナ様にその説明では意味わかんないでしょうが・・・。
「よくもまあ、そんな馬鹿なことを堂々と言えるわよ!ローザ、お兄様は天才の皮を被った馬鹿なの!ローザ馬鹿!あっ、もちろんローザが馬鹿なんじゃないわよ!?馬鹿なのはお兄様っ!だからローザはあんまりお兄様の言うことをまともに聞いちゃダメよ!?」
レオン、レーナ様には相変わらずひどい言われようだな。まあでも、なんだかんだ言ってお互いのことをちゃんと認め合ってるし、ある意味でよきライバルって感じなんだよね!だからこのふたりのやりとりを見るのも大好きなんだけど・・・
「「・・・ローザ?」」
レオンとレーナ様が双子みたいにハモりながら、少し心配そうにこちらを見つめる。たぶん、私が少しだけ寂しそうな顔をしたのに気づいてしまったようだ。
「あっ、いえ、レオンとレーナ様の楽しい言い合いっこも、レーナ様がカナール国にお嫁に行ったらなかなか見れなくなっちゃうんだなと思ったら、少し寂しくなってしまいました。気が早いですよね・・・レーナ様がご結婚なさるのは、まだ2年も先なのに・・・」
私がそう言うと、レーナ様にぎゅーっと抱きしめられる。
「ローザ!私はローザが大好きだもの!カナール国に行ったって、ちゃんといっぱい会いにくるわ!私だって、お兄様にローザを独り占めにばかりさせてられないし、それに私だって、ローザをチャージしないとダメだもの!!」
「お前はカイルをチャージしろ!」
と、すぐさまつっこんだレオンだけど、私に抱きつくレーナ様が本当に寂しそうな顔をしてるのを見て、「はあ・・・」と小さなため息をついた。
「──と言いたいところだが、お前がカナール国に嫁いだ後なら、ときどきはローザをチャージすることを許してやる。もちろん許すのは、ちょっとハグするだけだが。
お前は厄介な妹だが、私のローザがお前のことを好きだし、お前がローザを好きだという気持ちはある程度認めてやってるからな。まあ私がローザを想う気持ちには、まったく及びもつかないが」
そんなことを言いながら、私を抱きしめるレーナ様ごと、レオンが優しく抱きしめた。そして私にちゅっとキスをしながら、レーナ様の頭をよしよしと撫でてあげる。
ちょっと不器用な言い方ではあるけど、なんだかんだレオンもレーナ様のことが心配なんだな。今回の卒業旅行をカナール国にしたのだって、きっとレーナ様がいずれ暮らすことになるこの国をもっと知っておこうと思ったからなのだろう。
普段はあんな感じだけど、やっぱりレオンってちゃんとレーナ様のお兄ちゃんなんだよね。まあ、レオンは私にとっても長らく「理想のお兄ちゃん」だったわけだし、根っからのお兄ちゃん気質なのだろう。
──私にはもう「理想のお兄ちゃん」じゃなくて、「理想の恋人」だけどね♡
「・・・そこの似たもの兄妹のおふたり、『ローザをチャージ!』は終わりましたか?そろそろ次のところへの移動ですってよ?」
いつの間にかギャラリーがいっぱい集まって、にやにやこちらを見ていた。おおう、恥ずかしいな・・・。
それからしばらく、女性陣が「ローザをチャージ!」と言いながら私にハグし、その度にレオンが彼女たちから私を奪い返す、謎の遊びが流行した。
最後までお読みくださり、どうもありがとうございます!
レオンは「実に迷惑な遊びだ・・・」と思ってます。
明日も18時にアップ予定です。




