第229話 朝焼けのケーニヒス湖
早朝の空気は凛としていてとても気持ちいい。胸いっぱいに新鮮なその空気を吸い込むと、清々しさが全身を一気に駆け抜けていくみたいだ。
まだ日は出ていないし、星もたくさん見えているけれど、東の空は少しずつ明るくなってきている。普段こんなに早い時間に散歩をすることはないので、なんだかとても不思議な気分・・・。
「これからちょうどマジックアワーだね。もうしばらくするときっと素晴らしい朝焼けが見られるよ」
「本当ですか!?」
「ああ、見ててごらん。気候的にも、空の雲の位置や厚さなどを考えても、美しい朝焼けになる条件がすべて揃っているからね。」
レオンがそう言うなら、間違いない!私は期待に胸が膨らむのを感じつつ、レオンの繋いでくれている手をぎゅっと強く握る。
こんな時間も、王立騎士団の方々が湖の周辺をしっかり警護してくださっている。交代制だとはわかっているけれど、本当なら寝ている時間にもこうして警護してくださっていると思うとなんだか申し訳なさも感じちゃうな。
──はっ!!そういえばリヒターって、昨日休む時間ってあったのか!?だって朝から出発して、昼は普通にずっと起きてたし、夜はエリスとデートで、そのあとは普通にレオンの部屋の前で護衛としての任務を・・・!
「ねえリヒター!貴方、ちゃんと昨日寝た!?」
「あー、そういえば昨日は寝てませんね」
「ちょっと、そんなのダメよ!?睡眠不足は身体に悪いんだから!!」
「1日くらい、問題ありませんよ。騎士団員の頃は、3、4日まともに寝られないこともよくありましたし──」
「でも、ちゃんと毎日寝なくちゃダメだってば!ただでさえリヒターはレオンの護衛のために夜は寝られないんだし・・・!」
「ご心配くださるのはありがたいですが、俺の身体はそんなことくらいで健康を害するほどヤワじゃないですよ」
「そういう問題じゃないの!特にほら、エリスと結婚したら貴方は──」
「ゴホッゴホッ!!」
・・・これまた盛大に咽せたな?
「ローザ様!ちゃんと彼女からお話をお聞きになったのですよね!?」
「ええ、ちゃーんと聞いたわ。私のアドバイスに従って恋人ごっこをするんでしょ?で、その恋人ごっこでお互いの気持ちが変わらなければ、結婚を前提に正式にお付き合いする、そうでしょう?」
「・・・」
ほーら、ちゃんと合ってるじゃないか。だったらもう、結婚することは決まったようなもんでしょうが!だってリヒターもエリスも、お互いをもっと好きになることはあっても、気持ちが離れることなってぜーったいにありえないもの!!
「そうだぞ、リヒター。第一、昨夜は夜の護衛は不要だと事前に伝えておいただろうが。それなのにお前ってやつは、すぐそうやって無理をするんだ。だが、結婚してちゃんと家庭を持つようになったら、今みたいに無理することは許さないからな?第一、結婚後に妻を夜一人にするなんて、絶対にダメだ!必ずちゃんと毎晩彼女の元に帰ってやるんだぞ?」
「おい、お前どれだけ先走って・・・」
「あら、別に先走ってなんてないと思うわよ?だって来年には卒業するんだし、そしたらリヒターとエリスだっていつでも結婚できるわけじゃない?早ければ、もう一年後くらいには結婚してるかも!」
「いや、しませんって!もしそういうことになっても、もっとずっと先のことです!!」
「そんなの、エリスが可哀想よ!女の子は好きな人とはできるだけ一緒にいたいものなんだし、エリスだってきっと早くリヒターと結婚したいわよ!私だって一日も早くレオンと結婚したいもの。本当は夜だって毎日レオンと一緒に寝たいのに、レオンが結婚するまでダメだって言うし・・・」
「ローザっ!?」
「へっ??」
「ローザ様、ちょっとその仰り方はその・・・くくくっ・・・いろいろと問題があるかと・・・」
・・・???
──はっ!!
「ちっ・・・違うわよ!?私はただレオンにぎゅってしてもらいながら寝るのが好きってだけで、そ、そんな変な意味でいったんじゃないもの!!」
すっかり頭を抱えるレオンと、横で大爆笑するリヒター。ああもうっ!!これじゃあ私がなんだかすごく変態みたいじゃないの!!
「レオン、お前は本当に大変だなあ!?」
「ああ・・・自分でもそう思う」
と、ここで空の色が大きく変わり始めたことに気づく。
「レオン!リヒター!ほら、見て!!」
先ほどまで紺色だったのに、急に濃い紫のような色になったかと思うと、みるみるうちに燃えるような紅に染まり、薄雲が金色の光の帯のように輝いている。
神々しいようなその空の色にすっかり圧倒されていると、空全体に広がったその紅色は少しずつ柔らかな薄紅色へと変化し、元々の濃紺と混ざり合ってとても美しい紫色になった。
「レオン・・・!この夜明けの空のグラデーション、『Rosa von Leonhard』の色とそっくりですね!!」
「ああ、そうだね。とても素敵な色だ。私が一番好きな色だよ」
そう言うとレオンは、私に優しくキスをしてくれる。
「私もこの色が大好きですけれど、一番好きなのは別の色ですよ?」
「へえ?それは何色?」
レオンが嬉しそうにそう言うので、私はにっこり微笑みながらレオンにつま先立ちでちゅっとキスして答える。
「もちろん、レオンの瞳の翠色です」
私の答えに心から満足げな笑顔を浮かべたレオンは私にこの上なく甘いキスをして──
「朝っぱらからバカップルは本当にバカップルだわねえ」
おおう、この声は・・・
「リリアナ!」
レオンとのキスを中断して振り返ると、そこにはリリアナだけでなく、ほかのみんなも勢揃いだ!
「みんなで一緒にこんな素敵な景色を見られるなんて、本当に嬉しいわ!!でもみんな、すごく早起きなんですね?私とレオンは昨日早く寝たから早起きてしまいましたけど、みんなは違うでしょう?」
「あ、私とオスカーは実は寝てないのよね」
「「「「えっ!?」」」」
「えっ、あっ、いや、そういう意味じゃないわよ!?ちょっとふたりでおしゃべりとかしてたら、いつのまにか夜が明けちゃっただけ!!」
あ、なんだ・・・。いや、一瞬本気で焦りましたよ。
「でも実は私たちも、一晩中起きてたの!そもそもカイル様とクルトとマリーの4人で夜の散歩に出てたのよね。で、戻ってからチェスをしようってことになって、みんなを誘いに行ったの。リリアナたちはまだ外出中だったけど、エリスは部屋に戻っていたから誘って、あと本当はローザとレオンハルトお兄様とリヒターも誘おうと思ったのに、ローザはお部屋にいないようだったし、お兄様はもうお休みのようだってリヒターが・・・あ、でもローザも早く寝たのよね?だったら一体どこに──」
「あ、いや、その・・・!──はっ!みんな!!上を見て!上っ!!虹よ、すっごく大きくてとーっても綺麗な虹!!」
「「「えっ?」」」
私の言葉にみんなが一斉に天を仰ぐと、すぐさま感嘆の声が漏れる。
「すごいわ・・・!こんなに大きくてはっきりした虹を見るのは初めてよ!!」
「本当に見事な虹だなあ!しかも、ケーニヒス湖の端と橋を渡すように架かってる」
「よく見ると、二重虹になっているね。ほら、はっきり見えてる虹の上にもうひとつうっすらと虹が出ている」
レオンが指摘した通り、虹はよく見るとふたつ分あった。色が濃く、内側にあるのが主虹、色が薄く、外側にあるのが副虹と呼ばれ、主虹の方は大気の水滴のなかで太陽の光が一回反射されたもの、副虹の方は二回反射されたものらしい。
「よく見ると二回反射されている副虹は、主虹とは虹の色の順序が逆になっているだろう?」
──とのこと。実際、よく見ると虹の色が鏡に映ったみたいに反転している。レオンって博学だし、教え方もやたら上手いし、本人は騎士になりたいみたいだけど、絶対に学校の先生に向いてると思うんだよね!まあ、もちろん王様が一番適職なんだろうけど・・・。
「しかし二重虹とは、これまた縁起がいいですね」
「カイル様、二重虹って縁起がいいんですか?」
レーナ様がそう尋ねると、カイル様はとても優しい笑顔でお答えになる。
「ええ、幸運の予兆だとか、『貴方の夢が叶う』という天からのメッセージだと言われています」
「なんだか素敵ですね」
「そうだ、二重虹を前にお願い事をすると、それが叶うという言い伝えもあります。まあ、非科学的な話ではありますが・・・」
「なんだか、とっても素敵!私、お願い事してみるわ!!」
「面白そうですね!私もしてみます!」
「わたくしも!!」
「私もっ!!」
──と、そんな感じで、女性陣がノリノリで虹にお願い事をし始める。もちろん、私もね!
で、男性陣はしないのかな?なんて思ってちらっと見てみると、どうやらみんなちゃんと何かお願い事をしてるみたい──。
私はその大きく美しい二重の虹を見つめながら、心の中でお願い事をする。それから私は、私のお願い事の中心人物であるその人のほうをそっと見つめる。
「ローザ、お願い事は済んだのか?」
私の視線に気づいたレオンが優しく微笑む。
「ええ!ちゃーんとお願いしました!レオンは?」
「私もしたよ」
「レオンは非科学的なことはあんまり信じない方かと思っていたんですけど、そういえばあのベンチの言い伝えも、デビュタントの日の言い伝えも、レオンはちゃんと信じてましたね」
すると、レオンは私をそっと抱き寄せ、急にとーっても優しくて甘いキスをする。
「ふふふっ!急にどうしたんですか?」
「・・・言い伝えにでも縋りたくなってしまうほど、私は君に夢中だからね」
「えっ?」
「非科学的なことなんて信じてないし、言い伝えも迷信も、本来は信じるほうじゃない。だが、私にとって君の存在は奇跡みたいなものだし、君と出会わせてくれて、君を愛することを許してくれたのが天ならば、私は天に深い感謝しかないわけだ。そんな天を信じないわけにはいかないからね」
そう言って今度は私の額にキスをする。レオンって本当に大袈裟だな。だけど・・・私も同じ気持ち。レオンと出会えたことも、こうしてレオンに愛され、そして愛することを許されたことも、本当に奇跡みたいな気がするもの。
私はレオンにぎゅっと抱きつき、そしてレオンにそっと囁く。
「レオン・・・大好きです。ずーっと、私と一緒にいてくださいね?私の願いを叶えられるのは、レオンだけなんですから」
「君の願いって?」
「秘密です。でも、レオンが私と一緒にいてくれさえすれば叶いますから」
「よかった。私の願いも、それで叶うんだ」
レオンは優しく微笑むと、また優しくとーっても甘いキス──。
「・・・ほーんと、激甘すぎて虹もびっくりしてますよ」
おおっと。またレオンとの世界に入っちゃってましたよ・・・。くうっ、レオンのキスは本当に恐ろしいな!
「ところでローザ、虹で上手く注意を逸らせたつもりでしょうけど、昨夜はどこにいたの?」
・・・レーナ様、こんな素晴らしい虹をみた後でそこに話をわざわざ戻します??
「ベ、別ニドコニモイッテマセンガ・・・?」
「「「(やっぱり死ぬほど嘘下手・・・)」」」
「あ、そういえば今日みたいに殿下が寝不足で、ローザがすごーくすっきりした顔してる日が、前にもあったわねえ?あれって、なんの日だったっけ?あ、そうそう!ゲシヒテの舞台の日だったわね!で、あの日ってどうして殿下は寝不足で、ローザはよく眠れたんだっけ?あっそうだ!お化け屋敷の後で夜が怖いって言って殿下に一緒に寝──」
「わーわーわーっ!!」
「はあ、ローザ。やっぱりそうなのね?」
リリアナめっ・・・なんという推理力だ!!自分で言わなければ絶対バレないと思ったのに!!
「はあ・・・ローザ、貴方はどうしてそうなの?」
「だ、だって蜂が・・・!!」
「・・・蜂?まあなんでもいいけど、じゃあつまり、ローザ以外はみーんな寝不足ってわけね!」
「あっ、そういえばどうしてレオンは寝不足なんですか!?たしかに目の下にもクマが──!」
「・・・まあ、徹夜したからね」
「えっ、どうしてですか!?ずっと眠れなかったんですか!?ずっとベッドの上でしたのに!?」
「・・・あんな状態で寝れるわけないだろう」
「あっ!やっぱり狭かったんですね!?だったらちゃんと私を起こしてくださればよかったのに!!」
「殿下、いろんな意味で今回もご愁傷様です」
「お兄様、今回も心から同情しますわ・・・」
「「「お可哀想に・・・」」」
「ははは。まあ確かに、とても甘い拷問ではあったね」
・・・拷問??
最後までお読みくださり、どうもありがとうございます!
ローザ以外、全員徹夜のお泊まり会でした笑
明日も18時にアップ予定です。




