第2話 波乱の学園生活の幕開けです!
それからほどなくして、私たちの学園生活は幕を開けた。
私が悪役令嬢たるべくまず行ったのは、平民出身のかわいい新入生探し!ヒロインはそういう設定が多いですからね!
ただ、先生方に聞き込みをしたところ、今年はどうやらそういう特別入学の子はいないらしい。ぐぬぬ、さっそくあてが外れてしまった。私がめちゃくちゃ残念がっていると、隣でレオンハルト様が笑いながら言った。
「入学早々に女の子漁りなんて、私の婚約者はなんとも不埒だな?」
「レオンハルト様こそ、どうしてせっかくの学園生活なのに、私のそばにばかりいらっしゃるんですか?これでは、今までと変わらないじゃないですか!青春を謳歌するためには、まずは出会いです!入学したての今がチャンスなんですよ!?」
「わかっているよ。だからこそ、私も必死なんだ。私が君のそばを離れると、ここぞとばかりにどんな虫が君に近づいてくることやらわからないからな。ひとときも離れてたまるか」
そんなことを言いながら、頬に落ちている私の髪を慣れた手つきで私の耳にかける。
「レオンハルト様はどうしてそうやっていつも私をからかうんですか・・・。こんなに私とばかりいたら、本当に出会いの機会を失ってしまいますよ?」
「ああ、本当に君はどうして・・・」
「あっ!ほら、あの子とってもかわいいですよ!ゆるふわ系で、目もくりくりしていて、まるでお人形さんみたい!」
すぐそばを歩いている女の子を指差しながら私が目を輝かせてそう言うと、レオンハルト様は大きなため息をついて、隣に座っている私の肩に頭をのせる。
「・・・お疲れなんですか?」
「誰かさんのせいでね」
「・・・?お疲れなら、無理をなさらず少しお休みになったほうがいいですわ。たしか医務室が隣の──」
レオンハルト様は私の肩から頭を上げると、いま座っているベンチにごろんと寝転がって、頭をごく自然に私の膝の上にのせる。
「レオンハルト様!王太子ともあろうお方が、学園内でこんなだらしない格好をしていてはだめですよ!」
「かたいことを言うな。いつもみたいに優しく頭を撫でてくれないか、愛しの婚約者さん?」
「もう!どうしていつもそうなのですか。これでは、悪役令嬢とその婚約者ではなくて、ただの恋人同士に見えてしまいます・・・」
「その通り。正真正銘、ただの恋人同士だ」
私の膝の上のレオンハルト様はまったく悪びれる様子もなく、陽光に透ける新緑を思わせる翠の瞳で私を見上げながら、とても嬉しそうにそう言った。仕方がないので、私はいつものように彼の頭を撫でてあげるしかなかった。
それにしても、日の光できらきら輝く金色の髪がとっても綺麗。微笑みを浮かべたまま目を瞑る姿は本当に天使みたいで、思わずうっとり見惚れてしまう・・・。
──私は、レオンハルト様のことを誰よりもよく知っている。少なくとも、そう信じてる。幼い頃からいつも一緒に過ごしているし、気が合うので趣味なども共通だ。そのため、もはや家族も同然!
ただしとっても過保護なので、同い年だけど実の兄のような存在だ。私たちの間にはもはやなんの遠慮も秘密事もなく、それゆえに最高の信頼関係が築かれている。だからこそ普通人には話せないような前世の話だろうがなんだろうが、彼には包み隠さず話せるのだ。
でも、それゆえに彼が婚約者であるということが私にとって素直に受け入れがたいのも事実・・・。だって婚約者ってことは、いずれ結婚するんでしょ!?兄妹みたいな関係なのに、そんな彼といつか夫婦になるなんて正直まったく想像できない・・・!
もちろん彼が嫌いというわけではなく、大好きだ。彼が死にそうだったら自分の命を躊躇なくあげれちゃうくらい本当に大切な人!でもそれは、決して恋愛的な意味ではないわけで・・・。
ちなみに私は、前世も今世も恋をしたことがない。そりゃそうなのだ、前世は病気のせいでろくに病院の外にも出られなかったし、今世は今世でせっかく元気なのに公爵令嬢という立場のせいで自由が制限され、挙句、この過保護MAXな兄が暇さえあればずっとそばにいるのだ。恋をする暇も機会もあったもんじゃない!──つまりこの私は超恋愛初心者というわけ。
それでも彼に抱いている感情が、ふわふわしたり、キラキラしたり、ドキドキして苦しくなったりする、いわゆる「恋」と呼ばれるもののそれではないことくらいはわかっている。だって、レオンハルト様といるときに感じるのは絶対的な安心感であって、ドキドキ感とは真逆なのだから。
それはレオンハルト様もまったく同じはず!それなのに、彼は私と一緒にいる快適さをすっかり気に入ってしまっているようで、色恋沙汰に完全に無関心な人間になってしまった・・・。
いや、もちろんね?女性なら誰かれかまわず手を出すような男は本当に最悪だけど、ここまで興味がないと逆にいろいろ不安になってくるわけです。だって、未来の国王陛下ですよ?女性に興味ないとか、いずれお世継ぎ問題どうする気なんだろうと、一国民としても不安なわけで・・・。
今は私という婚約者がいる手前、そうした興味を持たないように努力していたり、少なくとも私の前で隠しているだけならいいんだけど──、人づてに聞く話でも、彼はそういうことに全く関心を示さないらしい。挙句、「王太子殿下は婚約者にぞっこんで、ほかの女性のことは目に入らないらしい」という変な誤解を周囲に与えてしまっている。決してそんなじゃないのに!
これって、すごくもったいなくない!?せっかくこんなにかっこいい超ハイスペ王太子に生まれたのに、本当の恋を知らないままなんて可哀想過ぎるでしょ・・・。ましてやそれが私のせいなんて!私がレオンハルト様なら、前世の分まで死ぬほど恋愛を楽しんでやるのに。
とはいえ、確かに私は彼が自然体で付き合える数少ない人間の1人だ。ほかに彼が自然体でいられるのは、彼の家族を除けば彼の男の親友である専属護衛騎士ルーカス・リヒターの前くらいだろう。(女の親友は、もちろん私!)
それというのも、これがまたすごく不思議なんだけど、なぜかみんなレオンハルト様のことをすごくクールで近づきがたい人だと誤解していて、怖がってそもそも近づかないのだ。私の数少ない令嬢友達も、彼の前ではいつもびくびくしている。みんな、彼の王太子という立場を前にすっかり萎縮してしまうようだ。
でも、本当の彼はそんな近づき難い人間ではない。むしろその逆で、すっごく優しいし、よく笑うし、スキンシップも大好きな甘えん坊さんタイプだ。幸運にも私は小さい頃から彼の婚約者としてそばにいられたから、本当の彼をよーく知っている。だからこそ彼のことを誤解せずに済んだわけで。でも、他の人だって少しでも彼と親しくなれば、彼の優しさに気づけるはずなのに・・・。
まあみんなに誤解されているからこそ、自然体で付き合えてなんでも気楽に話せる妹みたいな存在の私を彼がとても大切に思ってくれるのもよくわかる。でも、それは私が彼にとって特別な女性なのではなくて、あくまで家族に対して感じる愛情のようなもの。過保護なのも、妹をもつ兄にありがちな、それ!(年は同じだけどね。)
ゆえに前世を思い出した今──、彼がいずれ本当の恋をしたら、それを「私のやり方」で最大限に応援したい!つまり私は悪役令嬢になって彼の恋の起爆剤&ガソリンとなり、かき混ぜかき乱して恋の炎を燃え上がらせ、立派に悪役令嬢を演じきったうえで──最後は笑顔で主役の2人を祝福してあげようと決意したのだ!
だからこそ私がこうして気を配っているのに、レオンハルト様は全然わかってくれない!それどころか、私たち2人が"恋愛的な意味で"親密な間柄であるように他の人たちが勘違いする行動ばかりとる。これではみんなが誤解して、女の子たちだって彼との恋をはなから諦めてしまうかもしれない!
レオンハルト様は私のそんな悩みなどまったく知らないで、私の膝の上に頭を乗せたまま無邪気な顔をしてうとうとしている。はあ。人の気も知らないで、よくまあ人の膝の上でこんな幸せそうにまどろめるもんですよ・・・。
ふと時計を見ると、もうすぐ次の授業が始まる時間になっていた。
最後までお読みくださりどうもありがとうございます!
ローザは思い込みで突っ走るタイプで、そのうえ天然なので困りものです。
明日も17時にアップ予定です。