第168話 自由と責務(1) ※レーナ視点
※今回、初のレーナ視点です。
私には、大好きなものが2つある。1つめは海!潮風に吹かれながら、どこまでも広がる真っ青な海を見ていると、なんでもできるっていう自信が湧いてくるし、人生に無限の可能性を感じられる気がするから。
小さいころ、私は鷗になりたかった。鷗は海の上をとても気持ちよさそうに飛んで、すごく自由な気がした。自分が自由じゃないとは思わなかったけど、きっと心のどこかで、もっと自由になりたいと思っていたのかもしれない。
──私は、一国の王女に生まれた。大きな国だけど、安定した治世が続き、平和な国だ。他国のように王位継承権争いなどとも無縁だし、政略結婚だってする必要はない。私は、自分がすごく恵まれている人間だとわかってるつもりだ。
それなのに、もっと自由になりたいなんて思ってしまう私は、すごく我儘なのだろうか。でも、自分の「王女」という立場を思うと、どうしようもなく息が詰まりそうになるときがある。
もしかすると私には「王女」というものが根本的に向いてないのかもしれない。私はお人形遊びよりも木登りが好きだし、かけっこも得意!お茶会よりも、剣を握ってみたい。
私には上品に、お淑やかに、誰からも尊敬されるような女性になんて、到底なれっこない。それなのに王女であるということは、無言でそれを求められている気がするのだ。
そんな私が大好きな、海以外のもう1つのもの──それは、ローザだ。
ローザは、私の兄で王太子であるレオンハルトお兄様の婚約者。私が物心ついた頃にはもうローザは王宮に出入りしていて、お兄様といつも一緒にいた。
ローザは昔からとっても可愛くって、特別綺麗な女の子だった。明るくいつも笑顔なのに、その所作はなぜかとても上品で、すごく優しくて、そのうえ誰にでも親切!しかもローザは、それをごく自然に、嬉しそうにやってのけるのだ。
ずいぶん早くから始められたお妃教育もなんなくこなしてたし、無理して頑張ってるような様子も、窮屈そうにしていたり不満があったりするような様子も全然なかった。私はそんなローザを見て、私じゃなくてローザこそが本当のお姫様なんじゃないかと思った。
そんなローザのことが、私は最初から大好きだったし、ずっと一番の憧れだった。
でもそのローザは、いつだって私のお兄様と一緒だった。意地悪なお兄様は、婚約する前からもうローザをまるで自分だけのものかのようにずーっと離さなくて、どこに行くのも何をするのも可能な限りローザと一緒!
「私だってローザのことが大好きなのに、お兄様ばかりずるい!」、私が何度そう言ったところで、お兄様は少しも可愛い妹の言うことなんて聞いてやくれなかった。
そしてなによりムカつくのは──その意地悪なお兄様に自分が優っているところなんて、たったひとつもないということ!!
──お兄様は完璧だ。むかつくけど、本当に完璧なのだ。幼いころから天才と呼ばれ、どんなに難しい学問でもいつもすぐ習得してしまった。
勉強だけならまだいいけれど、剣術の才もあって、お兄様の専属護衛騎士にしてこの国一番の騎士であるルーカス・リヒターの一番弟子!そのうえ魔力も、王族は魔力が強いとはいえ、歴代王族のなかでも最高レベルといわれる魔力を持ってる。
私だって勉強はよくできるほうだし、運動神経だっていい。乗馬なら今のところ負け知らず!(お兄様と競ったことはないけれど・・・。)それに魔法だってたくさん勉強して、相当難易度の高い魔法だって、もう簡単に使えるのだ。
でも・・・どれも、お兄様にはまったく及ばない。
小さい頃は、お兄様が二年も私より先に生まれたからだって、そう思って必死で頑張った。でもあるとき、気づいてしまったのだ──
二年経っても私は、二年前のお兄様と同じところには立ててないってことに。めいっぱいライバル心を燃やして頑張っても、結局はまったく太刀打ちできなくて、ただずっと後ろのほうで悪あがきしてるだけだってことに。
いろんな人が「ものすごい美人だ!」と褒めてれるこの容姿さえも、まったく武器にならない。だってお兄様は、私の顔が男性になっただけみたいな顔なのだから。つまり、唯一勝てる可能性のあったこの顔さえ、お兄様と引き分けなのだ。
私は本当に何をしても、お兄様には敵わない。その事実に対して別にすごーく悩んでいるわけではないし、お兄様のことだって嫌いなわけじゃない。むしろ本当はすごく尊敬してるし、お兄様が私のことも実はとても大切に思ってくれてることをちゃんと知ってる。
それでも──お兄様はずるいって思ってしまう。全部私より持ってるのに、ローザまで独り占めにするから。そんなこと言ったって、実際に私がどんなにローザを大好きでも、結婚だってできないのはわかってるし、なにより・・・
そう、なによりローザが、お兄様を心から愛してるのを知ってるから。
そんなのずーっと前から、もう一番最初からわかってた。ローザは誰にでも優しいし、いつでも素敵な笑顔だけど、お兄様の前では特別に可愛い笑顔だったから。お兄様がいつもローザを見ているように、ローザもいつもお兄様を目で追っていたし、ふたりでいるときはいつも本当に幸せそうだったから。
最初から、ちゃんとわかってた。ローザにとっての一番は、いつだってお兄様だってこと。だからローザのことを本当に好きなら、お兄様と一緒にいさせてあげるのが一番だってことも──。
それでもふたりがあんまり仲良く楽しそうにしていると、やっぱり今もちょっと妨害してやりたくなっちゃうわけ!でも、それくらいはどうか許してもらいたいわ!それくらいさせてもらえないと、どうしても腹の虫が治まらないじゃないもの!!
ちなみに私のもうひとりの兄であるクルトは、私にとってはふつうの兄というよりも双子の兄みたいな存在。彼もとても優秀なんだけど、やっぱりレオンハルトお兄様には到底及ばない。
でも穏やかでおっとりした性格なのと、もともとお兄様のことを崇拝しているせいか、私のような変な葛藤はないみたいので、ある意味うらやましくもあるんだけど──。
あと、レオンハルトお兄様のことは普段からお兄様と呼んでいるけれど、クルトのことはだいたいクルトって呼ぶ。外ではクルトお兄様と呼ぶこともあるけれど、クルト自身が「クルト」と呼んでほしいといったから、ふたりのときは必ずクルトと呼んでいる。つまりクルトにとって私は、妹というより友だちみたいな感覚なのかも?
それで私たちはこれまで本当に双子か仲良しの友だちみたいに一緒に過ごしていたけれど、クルトのほうが一年先に学園生活が始まって、お兄様の創部したゲシヒテに入部した頃から、急にクルトに親友ができた。
私にはもともと親友のクリスティーナがいるし、クルトのほうは親友とまで呼べる友だちがこれまでいなかったから、クルトにも親友ができてよかったという話なんだけど──その親友というのが意外なことに、隣国カナールの王太子でありレオンハルトお兄様のクラスメイトでもある、カイル殿下その人だったのだ。
最後までお読みくださり、どうもありがとうございます!
本来なら弟であるクルトが抱きそうなレオンに対するコンプレックスを負けん気が強いレーナのほうが抱いちゃいました笑。
なお今回も一話だけにするつもりが思いのほか長くなってしまったので、明日までレーナ視点です。
明日も18時にアップ予定です。




