力の代償
世界はまだ平和ではない。
それは現実も同じである。
「えーと…あなたが桜魏の母親ってことですよね?」
「はい。名前はアリスといいます。」
和風建築の家へ移動するとアリスという女は茶色に濁ったお茶を出してくれた。
薄い湯気から落ち着いたひんのある香りがする。
「まさか桜魏に友達が出きるとは思わなかった。」
「違う。まだその段階じゃない。」
「そうなの?幸刃さん?」
「すみません。私が無理やり着いてきた感じなので…」
「そっか!ならこれから仲良くしてあげてください。わかってると思いますが桜魏は口下手で友達が少ないんです。」
「少なくはない。ただ多くないだけだ。」
言い訳にしか聞こえない。
すると縁側から何者かが突っ込んできて何かを振りかざしてきた。
「!?」
遅れて一つずつ理解した。
まず何者かは、少女だった。
白いセーラー服を着た高校生ぐらいの少女。
そしてその手に持っている何かは二メートルはあるであろう木刀だった。
恐ろしいことに細い片手で一切ぶれることなく持っている。
その木刀は桜魏の目の前で止まっている。
あと数センチで直撃だ。
この少女も少女だが、桜魏も桜魏だ。
桜魏は一切動じることなく、お茶をすすっている。
「反応うっす!!せっかくドッキリ仕掛けたのにつまんないなぁ~。」
「ミカコ。何回やっても無駄だ。俺はお前の剣の腕を知っている。ミスって当たてるはずはない。」
「うーん。複雑だなぁー。」
浸しげに話す少女の目がこちらに向く。
それと同時に興味津々で顔をギリギリまで近かずけてきた。
「え!!なになに!桜魏の彼女さん?ついにできたんだ!!」
「違うわ!!」
全力で否定する。
「だよねぇ~こんな目が死んだ顔と剣だけが取り柄のやつに彼女ができたら世も末だと思うよ。」
「表に出ろ。稽古をつけてやる。」
□
木刀片手に向き合い少しずつ間合いを積めていく両者。
桜魏とミカコ、二人からは殺気に近い力を感じる。
両者の間合いに入った瞬間ほぼ同時に木刀が動いた。
凄まじい剣さばきが繰り広げられる。
桜魏は速く静かな動きで攻撃を交わし攻撃を繰り出し、ミカコは重く力強い動きで攻撃を弾き返して攻撃を繰り出している。
両者一歩も引かない攻防だ。
仕事柄、多くの剣士を見てきたがここまでの次元に到達したものは見たことがない。
アリスと肩を並べて、縁側に足をぶらつかせながら二人を眺めた。
「幸刃さんは型を極めた剣と型にとらわれない剣、どちらの方が強いと思いますか?」
「さぁ?私は剣士じゃないのでわかりません。師からは型を極めて我流に到達したやつが一番強いなんて教えられました。」
「なるほど。一理ありますね。」
「でも、私は少し違うと思います。」
「どう言うことですか?」
「流派というものは基礎は同じでも中身は全くの別物。それは剣術だけでなく刀鍛冶にも言える。だが、共通点は一つだけあるんです。それは先代が先代に伝えていくたびに進化していくこと。」
らちが明かないと判断したのか、桜魏は跳ねるようにミカコとの距離をとり、木刀を腰に構えた。
左手で刃の根っこ部分を持ち右手で持ち手を強く握る。
まるで抜刀する構えのようだ。
対してミカコは木刀を頭上に構え、刃に魔力を込め始める。
辺りが重い空気に飲み込まれ、本能的に危険を感じる。
素人目から見てもこれからとんでもない技と技が繰り出されるのは明白で、ここにいれば巻き込まれるのも明白だった。
「これってヤバイんじゃ?!!」
「なるほど。進化ですか。家のばか息子にも進化してもらいたいですね。」
桜魏とミカコが木刀を振りかざした瞬間辺り一面は吹き飛ぶ…… そう思ったが、さっきまで二人がためていた力はその場から一瞬で消え去っていた。
予想の真逆の出来事を起こしたのは化け物じみた二人を軽く凌駕する化け物の仕業だった。
「桜魏、ミカコ。庭で本気を出すなって言ったよね?」
「アリスさん!その刀は?!」
アリスの手には「魔王殺しの力『世斬り』」が握られていた。
「…………。」
「…………。」
笑顔のアリスが放つ、怒りの厚に二人は押さえつけられてしまった。
「罰として腕立て伏せ百回ずつやりなさい。」
「…はい。」
「…了解。」
□
さひほどとは、うって変わって桜魏とミカコが腕立て伏せで張り合っているのをアリスと肩を並べて眺めた。
桜魏はただもくもくとこなし、ミカコは負けじと桜魏をチラチラ見ながら腕を曲げ、伸ばしている。
「なるぼど!!謎が解けました!まさかアリスさんが『魔王殺しの英雄』だったんですね!!」
「言いふらさないでくださいね。」
「はい!約束します!!」
アリスはかつて戦乱の世を納めた英雄の一人だった。
なぜ世にしれわたっていないのかと言うと「普通の生活がしたかったから」らしい。
一目見たいと憧れた刀と教科書に乗るレベルの偉人が目の前にいることに感動を隠せずにいた。
「じゃあ『世斬り』って遺伝子と一緒に受け継がれるんですね!!」
「はい。だから桜魏も使えるし私も使える力なんです。まぁ使いこなせなきゃ不治の病で早死にしてしまうんですけどね。」
「なるほど。だから妖刀と言われてるんですね。」
桜魏もアリスも世界最強クラスの剣士だ。
そんな剣士が最強の刀を持てば鬼に金棒だと思っていたが、そうならなければ死ぬと言う逃げられないデミリットを乗り越えた結果、最強の剣士が生まれたのだとアリスは言う。
「私は桜魏を死なせたくないがために小さい頃から技を叩き込み、心身を鍛え上げました。あの子の自由を奪ってまでです。幸運と言うべきか、不幸と言うべきか……桜魏は私を恨むことなく成長しました。そして身につけた力を世界をただすために使おうとしています。」
アリスの表情から途方もない罪悪感を感じた。
彼女は戦争が終わり、家族を持った今なお苦しんでいる。
「いつか桜魏が夢を叶えて、自分のために生きるようになった時、どんな形でもいい。隣にいてあげてください。」
まっすぐと私の目をまっすぐに見てアリスは言った。
英雄としてではなく母親として。
私は純粋に彼女の期待に答えたいと思った。
「はい!! 任せてください!」
次がいつになるかわからん。