9・新たな住み処を探す、ファセの様子は?
ゆっくりと時が過ぎる。毎日、人の集落を見に行く。雨が降ると視界が悪く、だからと近づくと勘のいい魔獣狩りの男に気づかれる。あいつら、人のわりになかなか鋭い。
そのせいで近づき難いが、人にしては強い魔獣狩りがいれば、あの人の集落は守られているということか。ならばファセの安全に繋がるので、良しとしよう。
お前たち、しっかりとファセを守れ。
ファセは少し大きな建物の中で暮らしているようだ。ときおり杖を突いて建物の外に出る。他の人とは親しげに話をし、ファセのことを気遣う者がいる。
ファセはあの人の集落に受け入れられたらしい。遠くからだが、ファセの笑顔が見える。
少し大きな建物の側、そこでファセが笛を吹く。その周りには人の子達が集まり、ファセの笛を聞いている。
あの少し大きな建物には、何人か人の子が住み、他の建物からも、あの少し大きな建物に通う人の子がいる。
人は群れで生きる種。どうやらあの少し大きな建物は、人の子の面倒を見る役割の者が住むらしい。そこに子を預けた親だろうか、畑に出たり、森に出かけたり。
作業をする間、子を預ける。そこでファセは子の相手をする役目をしている、ということらしい。周りを囲む子に歌を歌ったり、何やら話をしたり。笛の吹き方などを教えたりもしているようだ。
ファセの笛に合わせ、人の子が歌を歌ったりしているらしいが、遠くてよく聞こえぬ。
寒い冬の季節、だがこの辺りは雪は降らず、晴れた日には外でファセが歌を歌い笛を吹く。
雨の日、寒さが厳しい日は、おそらくはあの建物の中で、ファセは同じことをしているのではないだろうか。
どうやらファセはちゃんと食べさせてもらっているらしい。痩せてた頬がもとに戻ってきている。これなら、またファセと共に暮らすことはできるだろうか?
ならば新たな我の住み処をどうするか? 良さそうな洞窟は見つけたが、そこにはブルーベアが住んでいた。この青い毛皮のクマを追い出して、洞窟を奪おうとケンカを吹っ掛けてみようとしたが、そのブルーベアの後ろに小さいクマの子が三匹いた。母クマの後ろから怯えた目で我を見る。
旨そうではあるが、小さい子クマの前に立ち、決死の覚悟を決めて吠えるブルーベアを見ると、なんだかやる気が失せてくる。
ううむ、あのクマの子が大きく育ってから、巣立ちをしてから、あの洞窟を我が物としてもいいか。それまで待ってもよかろう。
威嚇する母クマに背を向けて、他に住み処になりそうなところを探しに行く。
次にファセと暮らすところは、ファセが病にならぬようにしなければならない。なので人の集落を観察する。人はどのように暮らすのか? 人が暮らすのに必要なものとは?
天候の影響を受けないようにする、家という建物を作る人。ううむ、あのような四角い家など、我には作れぬ。人というのは器用なものだ。
こまめに服を洗って干している。毛繕いの代わりだろう。
魔獣狩りが森の獣を捕らえて持ち帰る。それを解体しなにやら料理?する。切り分けた大カニの足など、何かと交換している。あれが貨幣か? これが買い物というのか?
飼っている鳥に餌をやり、卵を運ぶ。誰もが何かをしている。それが群れ全体を支えたりする。その関係性などを眺める。これが群れで生きる工夫、人の知恵か。
ファセは昼下がりから夜が更けるまで、ときおり移動する。少し大きな建物、あれがおそらく教会の聖堂、なのだろう。そこから別のところへと出掛ける。
とある建物の中で何かしているらしい。耳を澄ませば微かにファセの笛の音。何やら賑やかな人の話し声。
ファセは酒場で歌を歌い、笛を吹き、それで暮らしていたという。ならばあの夕方になっても中から笑い声が聞こえたりする建物は、あの人の集落の酒場だろうか? 酒という気分の良くなる飲み物を飲み、人が語らい憩うところ。
暗くなると遠くはよく見えぬ。しかしあの集落は夜になっても誰かが見張り台に登り、森を見ている。森から現れる魔獣を警戒しているのか。なかなか用心深い。
見張りが警戒する森側の反対から集落の中を窺う。夜も更けた頃、ファセが杖を突いて建物の外に出る。白い服の上に毛皮を羽織った女が、ファセと共に教会の聖堂へと帰る。
ファセの顔が少し赤い。どうやら少し酒を飲んでいるらしい。杖を突きながら白い服の女と手を繋いで歩く。あの白い服の女は、ファセを迎えに来たらしい。ファセの今日の務めはこれで終わりなのか。
なにやら楽しそうにお喋りしながら、教会の聖堂へと帰るファセ。
うむ、ファセはあの人の集落で、なんとかやっているらしい。笑って話のできる者が側にいるらしい。
病も治ったようで良かった。
その側に我がいられないのが残念だが。
雨の降る日は困る。雨を凌げるところが見つからない。雨に濡れた程度で我がどうにかなったりはしないが、身体が濡れたままというのは不快だ。
巨木の根本に身を横たえて眠る。
見つけた洞窟のブルーベアの親子は元気だ。昨日、見に行ったときには、洞窟の外。青い毛皮のクマの子が三匹、まるでひとつの大きな毛玉のように戯れていた。
我も幼き頃は、あのように兄姉と戯れていたものか。我の気配に気がついた母クマが我の方を見て警戒していたので、そっと離れた。我はファセと会い変わったのかもしれん。昔なら子がいようと、あの母クマを追い出していただろう。
あのクマの子が巣立てば、あの洞窟は我がもらうことにしよう。それまで待てばいい。そして、ファセが暮らしても病にならぬように、人の住むところに近くなるようにしなければ。
服、服を洗うたらいや運ぶかご。料理の為の道具、鍋とか、包丁とか。ファセは盗みはダメだという。ならば我がヨロイイノシシなどを狩り、それを人の集落に運ぶ。これと交換で人の道具を手に入れる。これはいい案ではないか? そのためには人と意思の疎通ができねばならない。ファセがいればなんとかなるだろう。ファセに間に立ってもらえば上手くいくのではないか?
だが、あのブルーベアの親子は森に住む。人は人の集落、町に住む。
ファセにとっては、あの人の町に住む方が、我と共に森で暮らすよりも、幸せなのだろうか?
ファセを殺そうとしていたのは、ファセの言う奥様。そいつに見つからねば、ファセはあの町で人と共に暮らせるのか? 今のところ、あの町の人とファセは仲良くやれているらしい。
ツキリ、と胸が痛む。人は人。有毛ドラゴンは有毛ドラゴン。もとより共に暮らすことは、自然の理からは外れたことなのだろうか。
――ルル、ルルゥ――
雨に濡れながら歌を歌う。ファセの教えてくれた歌を。ファセ、胸の奥が痛むのだ。ファセ、また我に歌を聞かせてくれ。笛を奏でてくれ。ファセ……、
<……狂いが……、漏れたか……>
眠りの中で、暗く深い地の底から囁くような、声が聴こえたような。
ファセが側にいないだけで、何やら眠りが浅い。眠りの前、ファセの歌を思い出しては、歌うファセの姿を思い浮かべる。
――登る朝日が、闇夜を照らす
だからそれまで、静かに待って――
朝、雨はやみ、朝日が森を明るく照らす。
太陽は登り、太陽は沈む。地の上、森の中、そこで何が起ころうとも、太陽の動きは変わらない。もしも太陽が気を病み、今日は地を照らすのはやめよう、などと太陽が現れぬ日は無い。雲に隠されてもその向こうで、太陽はいつもの如く地を照らす。
うむ、太陽とはよほど図太いのか、それとも何かそうせねばならぬという理由があるのか。
身体を震わせ、雨に濡れた毛の水を弾く。太陽に当たれば乾くだろう。やはり太陽とは偉大だ。
冬が終わり、暖かな季節、春が近づく。ファセが教えてくれた、春の訪れを喜ぶ歌を思い出す。
雪の降らぬこの辺りでは、北より冬は短いようだ。日は長くなり、暖かくなると草も木も花も元気になる。
ファセも教会の聖堂の外に出るときが多くなる。すっかりあの町の子の面倒を見るのに慣れたようだ。白い服の女の手伝いなどもしているらしい。
暖かな季節になれば、ファセを連れて行こうと考えていた。しかし、町の中で暮らすファセを見れば、その考えが揺らぐ。
ファセの幸せの為には何が良いのか?
遠く離れたここではファセの声は聞こえない。ここからファセに呼び掛けても、我の心の声はファセに聞こえぬようだ。
ファセはどうしたい?
ファセを連れ去る決心がつかぬまま、悩むうちに時が過ぎる。
魔獣住む森に異変が起きた。




