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プロローグ

 むかしむかし、あるところに、魔獣の住む森がありました。

 人は魔獣を怖れながらも、森の恵みを頼ります。

 森の奥深くに入らぬようにしながら、森から取れる木の実や果実、鳥などを求めます。

 魔獣を怖れながらも、森から離れきることができずに暮らしていました。

 ある日、そんな森の中で――


 暖かな日溜まりの中で横になる。日が高くなるとき、森の中で、ここだけ木は無い。日当たりの良いこの場所は絶好の昼寝場所になる。

 日差しの当たる身体がポカポカと心地好い。

 頭は木の影となるところに伸ばし、食後の後睡を楽しむ。


 うむ、木を何本か引っこ抜き、日が当たるようにするのは手間がかかったが、ナワバリにこの空間を作ったのは良かったようだ。

 風はゆるやかに流れ、木の葉の囁くような音がする。遠くで鳴く鳥の声。

 森の中の日溜まり、穏やかな時。


 こうして我は草の上に横になり、己の思考に没頭する。さて、この身を暖めるあの太陽とはなんだろうか? 遥か遠くからこの地を暖め、明るく照らし、草木と獣の生命を育む大いなる力、太陽。


 その太陽はなんの意図で遠く離れたこの地に恵みをもたらすのか? この身の翼で羽ばたいてみても、あの太陽までは遥か遠く届かない。

 直視すれば目が痛む程の明るさで、太陽は何を照らすのを目的とするのか? いや、これは推論が違うのかもしれない。太陽には意思も意図も目的も無いとすると、ただの現象でしかない。


 その現象に意思があるのではないか? と考えるのは、考えるという思考を持つ我が勝手に現象に馳せる妄想であるかもしれない。


 太陽の思考を知らぬ我、我の思考をおそらくは知らぬであろう太陽。しかし、太陽の恩恵でこのように安らかなときを過ごせることを、我は太陽に感謝しよう。


 ならばこの太陽の意図を思索する、という我は、あの太陽に何か感謝を示したい、ということなのだろうか? だから太陽の望みを知りたい、ということかもしれぬ。

 む?


「……ここまで来ればいいか?」


「あぁ、かなり奥まで来ちまったみたいだ」


 なにやら音が聞こえる。これは人の鳴き声か? 何やら話をしているようだ。

 人やゴブリンやコボルトなどは、独自の言語で会話を行う。ただの鳴き声では無く音の連なりの中に意味を込め、意思の疎通を行う。

 我の同族にも優れた言語があれば、我の兄姉に我の考えを詳しく伝えられたのだろうか?


「ここでいいか?」


「そ、そうだな。もうけっこう危ないところまで入り込んでいるし」


 ふむ、人がこの森の奥まで来るとは珍しい。この魔獣の住む森は奥に行く程に強く大きな魔獣が多い。弱い人は森の浅いところで、獲物を捕ったり木の実や野草を採ったりするが、ここまで入る人は少ない。

 煩わしさは少ないと、それでここに我が住むことを決めたのだが。


「じゃ、お前がやれよ」 


「俺が? なんで俺がやるんだ? お前がやれよ」


「なんだよ、ビビってんのかよ?」


「誰がビビってるんだよ。やるよ、やりゃいいんだろ」


 騒がしい。何を言い合っているのか。静かな森の中、微睡むように思索する我のひとときを邪魔するつもりか?


「や、やるぞ、やっちまうぞ」


「お、おお、あ、その前に、お前、何か言いたいことでもないか?」


「おい、やめろ。やりずらくなっちまうだろ」


「だってよ。なあ、お前、なんで逃げない? ここまで大人しくついて来るし、逃げる素振りも無いし?」


 人のオス二匹の耳障りな声。何をやっているのか知らないが、イライラしてきた。人のナワバリに入り込んで何をやかましく言い合いをしているのか。


 オスの声に応える声がある。おや? 音は高くオスの声より小さい声だ。


「逃げてもどうにもなりません。私ひとりでは、何処に逃げてもいいかわかりません。例えこの場を逃げられたとしても、それから私ひとりでどう生きていけばよいか、わかりません」


「だからってよ、」


「それに、私が逃げたなら、あなたたちが困ることになるのでしょう?」


「そりゃ、そうだけどよ」


「私も、死ぬのは怖いです。ですが、この先、苦しみ痛む目にあって死ぬよりは、ここで一思いに苦しまぬように死なせてもらった方が、良いことのようにも思えます」


 我に人の言葉は詳しくは解らない。しかし、同種の中でも精神感応の高い我は、音に含まれる意思は感じとれる。概念の解らぬ単語は推測するしか無いが。

 それもあって我は同じ種族とは離れて、ここで暮らすことにしたのだが。


 何やら話し合う人の思惑に興味が湧き、耳を立てて聞く。声からして、幼い人の子のメスが何やら話している。

 

「私がいることが無用の争いとなるなら、私を始末しよう、というのもわかります。あなたたちは命じられて逆らうことができない、というのも、ここまでの道中で聞きました」


「や、まぁ、それはそうなんだが」


「……私、死ぬのが怖いです。だから、あまり痛くしないようにして下さい」


「あ、お、おい」


 何やら声の感じからして、幼い人が一匹、死ぬ覚悟を決めているようだ。その幼い人に動揺する人の成体、オス二匹が動揺している。

 まったく、こいつら我のナワバリで何をしている?


「すまねえな、俺たちゃ奥様に逆らえねえ。あんたが生きてると、奥様には困ることになる」


「はい……、知っています」


「お前、恨んでねえのか?」


「私には誰を恨めばいいか、わかりません。不幸な出会いがあったというだけのことかもしれません。あなたたちは、あなたたちの仕事をして下さい」


「……やりづれえな」


 同種でも殺し会うことはある。だが、片方が逃げる(すべ)も無いから抵抗しない、というのは珍しい。威圧されて身がすくむにしては違うようだ。落ち着いているようだし。


 ハチはときに巣を守る為に自死を覚悟して敵と戦うこともあるが、どうやらそれとも違うらしい。

 何故、この人は森の奥に来てまで同種を殺そうというのだろうか? 興味が湧いてきた。音を立てぬように気配を消して、人の話すところにそっと近づいてみる。


「や、やるぞ」


「おい、さっさとやれよ」


「わかってる。わかってんだよ。いいか? やるぞ? もう言い残すことはねえな? ほんとにやるぞ?」


「あなたたちの行いを光の神々がお許しになりますように……」


 ふむ、ゴブリンやコボルトなどは、ときに生け贄といった儀式を行う。これは独自の信仰を持つ群れる者の儀式、の一種だろうか?

 

「や、や、やるぞ、やっちまうぞ」


「何びびってんだ。さっさとやれ」


「……」


「おい、なに震えてんだよ」


「……無理だ、できねえ」


「お前、なに言ってんだ。このヘタレ」


「じゃ、お前がやれよ! お前がやってみせろよ! ヘタレじゃねえって言うならお前がやれよ!」


「ち、仕方ねえ。どけよおら」


 ふむ、ひざまづく人の子一匹。その前に立つオス二匹。身体の大きいオスが金属棒を振り上げる。あれは確か、剣とかいう。手先の器用な亜人型魔獣が武器として使うものの一種。


 人はゴブリンやコボルトよりも多くの道具や武器を作り、使いこなすことで数を増やした種族だ。森の外で生きる獣の中では気をつけねばならない種族。知恵と魔術と群れでの戦闘技術は侮れない。中には意外と強いのもいる。

 そのオスは振り上げたその剣で、幼いメスを殺すつもりらしい。


 同種の幼体を殺すことは珍しいが、まるで無い訳でも無い。猫などはオスが己の血を引く子を残す為に、ときに他のオスの血を引く子を殺すことがある。子を産んだメスをなんとしても手に入れたいオスが、ときに行う手段だ。

 人の場合は如何なる理由で子を殺すのか? これも数が多い群れる種族ならではの行いだろうか? なにやら群れのボスに命じられたようなことを言っていたが。儀式にしては祭壇や祝詞も無いようだが。


 人のオスの顔に汗が浮かぶ。ふむ、人の子を殺して、それからどうするのだろうか? 人のオスは震えながらうつむき、ゆっくりと剣を下ろす。


「ダメだ、できねぇ」


「なんだよ、お前もヘタレじゃねえか」


「だってよ、お前、こんな膝をついて祈る女の子を殺すとか、俺にはできねえ。くそ、せめて逃げるとか抵抗するとかしてくれりゃ、勢いでやれるのによ」


「な? やりづれえだろ? お前もやれねえだろ?」


「だいたい、なんで俺たちがここでこいつを殺さないといけないんだよ、くっそ」


「でも奥様には逆らえねえしよ」


「だから、やるしかねえってのに。なんでこんなにやりにくいんだ、こいつ?」


「ここまで無抵抗なの相手にしたことねえしなあ。これまでの道中で世話してきて、なんか可哀想に思えてきたし」


「だってよ、死体を運ぶよりマシだろ?」


「それでどうすんだよ?」


「なあ、ここで置き去りにする、ってのはどうだ?」


「ちゃんと殺して、人に見つからない森の奥に捨てろって、奥様に言われたろ?」


「でも、ここからこいつ一人で森から抜け出すのは無理だろ? だったらよ、ここに置いていきゃ森の獣が代わりにやってくれんだろ。誰にもバレねえよ」


「だけどよ、もしも奥様にバレたらどうすんだよ」


 いつまでもペチャクチャペチャクチャと。やるのか? やらないのか? さっさと決めたらどうだ?

 だいたい勝手に我のナワバリに入り、やかましく騒ぎ、我の思索の邪魔をして、挙げ句にお前たちはいったい何がしたいのだ?

 言い合う人のオス二匹を見ているとイライラしてきた。

 ええい、騒がしい。

 お前ら、いったい何をしに来た?


「ひ、ひいい!?」


 木の影の中から前に進む。目の前に現れた我を見て、人のオスが驚き悲鳴を上げる。

 我を見上げる人のオスが、目を大きく開き怯えている。


「魔獣? い、いつの間にこんな近くに?」


 いつの間にも何も、随分と鈍いな、お前ら。


「し、白い狐竜?」


 ほう? 人は我を狐竜と呼ぶのか。

 ふむ、見た目は大きな狐に似ているとも言えるか。毛の生えた尻尾は狐っぽいか。これでも我はドラゴンに連なる者なのだが。


 我は有毛(フェザー)ドラゴン。鱗の代わりに体毛を纏い、皮膜の翼の代わりに羽毛の翼を持つ。ドラゴンよりは身体が一回り小さいドラゴンの亜種だ。



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