第16章 もう一度 〜楓サイド〜
彼女の瞳に映りたい。
大学3年の秋、周りの学生がチラホラと就職活動に本腰を入れる中、楓は何も決められずにいた。
叔母のツテで始めたモデル業も、この先続けていくのか決めかねたまま、なんとなく撮影に臨む日々だ。
その日のスタジオ撮影は、大手ではないけれど、はっと目を惹く企画で最近注目を集めているファッション誌のものだった。
専属モデルはなく、経験問わずで新人でも企画意図に適合すればカバーを飾れるとモデルの間でも評判が高い。
業界の事情を良く知る叔母も一押しで、
「あそこの会社は、やる気のある子達が揃ってる」
と言ってるのを聞いて、楓も今回に限っては少し気分が高揚していた。
スタジオに入って出迎えたのは、スラリと背が高く、彼女自身がモデルかと思うほどの美女で、楓は一瞬で目を奪われる。
「今回ディレクションを担当します、三崎と申します。どうぞよろしくお願いします」
良く通る張りのある声は、スタジオ内の空気をキュッと引き締め、やる気を引き立てる。
この人、すごい。
撮影が始まると、的確な指示出しと、テンポ感のあるスケジュールで、無駄な時間を感じさせないまま進んでいく。
楓の出番になった。
もう一人の女性モデルを背後から抱きしめ、振り返る彼女と視線を合わせる、というシーンだ。
撮影が始まってすぐ、理沙からのダメ出しが入る。
「ここは『友情が恋に変わる瞬間』を表現して欲しいんです。
それまで友達同士じゃれているだけだったのが、目を合わせた瞬間にお互いの瞳に友人以上の気持ちを感じるように表現して下さい」
理沙は手本を見せるため、
「背後から腕を回して下さい」
と楓に頼んできた。
「あ、はい」
楓はおずおずと腕を伸ばす。
「本番だと思って下さい。では最初から」
窓の外を眺める理沙に、背後から覆い被さるように抱きしめる。
理沙は楓の腕に手を添わせて振り向くと、自然と2人の視線が合わさった。
その瞬間、全ての時が止まったようにお互いしか見えなくなる。
瞳には熱がこもり、徐々に顔が近づいていって、、、。
「はい、ここまでで」
理沙の声で楓は我に帰る。
ここがスタジオで、自分は撮影のためにいることをすっかり忘れていた。
動悸が激しい。
これまでモデルとしても、プライベートでも、他人を抱きしめる場面は何度もあったはずなのに。
楓は、これまでに感じた事のない甘さが、胸に広がるのを感じていた。
その後はスムーズに撮影は進み、スケジュールもあまり延長する事なく無事終了した。
理沙とはあれ以来特に近くなることもなく、最後に定型通りの挨拶を交わしただけで楓はスタジオを後にした。
この日、楓は心に決めた。
モデルを辞めて、理沙のいる会社で一緒に働こうと。
そして、もう一度、あの瞳に自分を映してもらおうと。
「待ってて下さい、三崎さん」




